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悪党狩り  作者: 伊藤イクヒロ
35/86

仇を狩る

なろうルールとかいうのを読んでいたら、文頭はひとます空けるのがルールと書いてあったのを見て、この回からひとます空けてみました。

今回の話は長かった。

 竜門会のズール・ムツケと矯正員会のキュア・ビーティーがノーブクロの人々によって私的制裁を受けた事件は後に、「ノーブクロ張形事件」と称されるようになった。

 ノーブクロで長年ノーブクロ市民の医療活動と、生活習慣に伴う疾病の変遷について研究をしている医師ケーチン・ガシラは、この事件を境に市民の性的嗜好が明らかに変化したと論文で発表している。


「あの事件は、何から何まで異常でした。全裸でV字開脚で吊るされた反社組織の頭目と、矯正員会という国家機関の最高幹部が同じく全裸で四つん這いの格好をされているだけでも異常事態なのに、市民がこぞってこの二人の肛門に張形を挿し入れ、木槌でトントン叩いているのです。市民参加型の性的虐待とでも言いましょうか…」


「先程、市民参加型と言いましたが、この私刑に6歳から12歳くらいの子供が参加しているのです。あれくらいの子供は面白いと思うと善悪など関係ないですからね。加減を知らない分、子供による加害は酷いものでした。」


 ケーチンの言う通り、吊るされたズールとキュアに対する性的加害参加者は日が経つにつれ、子供による参加の割合が高くなり、それに伴い、木槌で叩く張形は張形ではなく、近所の森で拾った木の棒など、相手の身体に対する配慮に対し一切考慮していない素材が用いられるケースが増えていった。


 ズールは、ノーブクロに住む10歳の男児に長さ1メートル、直径20センチの曲がりくねった木の枝を無理矢理肛門に挿れられ、その際に腸が破れてしまい、腸内で感染症を引き起こし、もがき苦しんだ上で死んだ。


「あれから10年経ってあの時の子供たちが大人になったあたりから、私の病院にお尻に異物を入れて取れなくなったと言う患者が増えました。統計を取ってみると患者のほぼ9割はあの事件の参加者でした。やはり幼少期の経験が少なからず大人の性思考に影響をあたえているということなのでしょう。」


 ムタロウの取った行動は、子供におかしな性的嗜好を植え付けた点でノーブクロの人たちに批難されても仕方ないことなのかもしれない。


 ズールに先立たれたキュアは、何とかこの窮地を切り抜けようと驚異的な精神力で拷問の日々を乗り越えていた。

 キュアもズールと同様に肛門や膣に異物を突っ込まれ嗤われたり、キュアの格好に発情した豚種に公で犯されても、精神に異常をきたす事もなく、生き抜いていた。

 キュアがノーブクロの人々に拘束され性的拷問を受け初めてから11日後、人々の心境に変化の兆しが見えた。

いくらキュアがノーブクロの人々を苦しめたとは言え、このような性的加害は如何なものか?下品な野蛮人と同じ行為は慎むべきという声が上がった。


(キュアの視点から見て)勇気ある発言をしたのは、銀色の髪の毛をした老婆であった。


「このお方はもう十分に罪をつぐなったんじゃないかのぅ。」


 老婆はそう言って、老婆の拘束をもう外し、更生の機会を与えるべきだと主張した。

 町の人々は、キュアの拘束を解くことに難色を示したが彼の力の源泉である竜門会は壊滅し、同会の子飼いの豚種はムタロウに狩られ、数が減っており拘束を解いても力を脅すとは考えにくかった。


「確かにこれ以上いたぶると、事情を知らない人が見たらこの町はおかしいと評判になるかもしれないな。」


 群衆の中に紛れていた中年剣士が発言した。


「いくら悪人とは言え、ここまで執拗に性的加害を受けているのを見ると気分が悪いです。」


 十四から十五位の赤毛の少女が勇気を振り絞って…震える声で抗議をした。

 この三人の声がきっかけで、これ以上の加害はまずいという空気になり、面白がっていた若者、子供などは居心地が悪くなり、引いて行った。


「本当に苦しかったじゃろう。酷い怪我じゃあ…」


 そう言うと老婆はキュアの下腹部に手を当て、治癒魔導を発動させた。

 治癒をもたらす柔らかい白色の光がぐじゅぐじゅになっていたキュアの性器と排出器官を治していく。


「おばあちゃん、ありがとぅ。」


 キュアは異物によってつけられた裂傷の痛みで顔を浮かべながら、老婆の治癒魔導に感謝と感激をしたようで、ずっとお礼を言い続けていた。


「そんな恰好では寒しい、外も歩けないだろう。ぼろだがこれを着ておきなさい。」


 中年の剣士は持っていた大きな麻袋の中から男物の服を取り出し、キュアに渡した。

 キュアは見ず知らずの男性の親切に対してもお礼を何度も言ったのち、自宅に帰ろうと歩き始めたが、足がもつれて地面に倒れ込んでしまった。

 治癒魔導によって下腹部の傷は回復しても連日の性的暴行と屋外に何日も放置(食事は出されていた)されていれば、身体の衰弱は激しく、一人でまともに立っていられない状況だった。

 キュアはそれでも自力で立ち上がろうと肘を地面につけ、上半身を支えて立ち上がろうとした時、先刻の赤毛の少女が駆け寄り、キュアの肩を支えた。


「とても衰弱しています。まず病院で体力を回復しましょう。」


「ありがとぅ。ありがとぅ。」


「いいのです。それよりまずはお身体の回復を優先させましょう。再起の機会はあります。

何かございましたら、こちらに連絡ください。」


 少女は周りに聞こえぬよう、キュアにささやきかけ手を握った。

 キュアの手には小さなメモが渡されていた。

 キュアは少女の顔を凝視し、そのまま黙り込んだ。

 二人は診療通りを通り、数ある診療所の中でも石造りのひと際立派な病院に入った。

 少女は病院の責任者とみられる医師とやり取りをしていたが、しばらくしてキュアのもとに駆け寄り、病院長に掛け合って、この病院で療養してもらう事を伝えた。


「ありがとぅ。ほんと身内でもないのに、ここまで良くしてもろうて…」


「いいのです。私の父も公衆の面前で性的加害を受けて、それが原因で心を壊して亡くなったので、キュアさまを見ていたら、父を思い出してしまって。」


「それは、ほんまに気の毒やったね。弱い者を集団で嬲る事はほんまにあかん。私が回復したら、そういった人間の屑がいなくなる世の中作ったる!まけへん!」


 キュアはキュアが言う人間の屑と言う行為を行っている側であったことを棚に上げて、しゃあしゃあと言い切った。

 いつの世も恥知らずというものは、自分の行為は全て正しいと考えている為、自省という言葉を知らないものだった。

 こうして町の人の助けもあり、1週間もするとキュアも体力も回復し、自力でノーブクロの自宅に帰れたのだった。

ノーブクロの自宅は幸い泥棒や略奪者の被害を受けておらず、キュアは帰宅するとすぐに旅の準備を始めた。

 今思えば、定例役員会でのウーマのキュアへの裁定は町の人たちによる私刑を見越しての事だったのだろう。

 と、なると私刑を免れてキュアが生きている事を知った矯正委員会は自分に刺客をよこす可能性が高かった。

 一刻も早く、矯正委員会の力の及ばないナメコンド国外に出なければならないと思っていた。

 

「あの坊ちゃんが本当にカタイ・コンドの御曹司やとしたら、私の魅了(チャーム)が効いているはずや。カタイ・コンドに逃げ込めばあの坊ちゃんに保護してもらえる可能性があるな。」


 そう独り言を言いながら、キュアは荷物を纏めるのであった。


◇◇


 一週間後、キュアは頭から体まですっぽり隠せるフードを纏って、ノーブクロを出た。

 深夜にノーブクロを発つことも考えたが、護衛に雇った冒険者達が夜は灰竜が生息地の山岳部から平地まで出てきて危険と言われた為、昼間に出発する事にした。

 ノーブクロを北に通じる街道を北上し、セントコンド~シマルとウーマ砂漠沿いの町を経由して中央カマグラ山脈を越え、カタイ・コンド入りする事にした。

 ノーブクロから中央カマグラ山脈まで二千四百キロに及ぶ長工程であり、道中に出現する魔物や追手の事を考えると護衛は必須であった。

 護衛は腕の立つ剣士、魔導士、治癒師の構成と考えた。

 腕さえ立てば、自分への揺るぎない忠誠は自分の能力(魅了)を使えば解決する話だったからだ。

 その点、キュアには心当たりがあった。

 町で囚われ、公衆の面前で晒されていた時に、キュアの解放を主張した三人。

 中年の男性と老婆、そして赤髪の少女だった。

 少なくとも男性と老婆は剣士と治癒師である事は確認している。

 赤毛の少女もおそらく、何かしらの術師であろう。

 キュアは、赤毛の少女に手紙を送り、亡命を図る上で護衛人の手配を依頼したのであった。


 キュアの護衛依頼を受けたのは、目論見通り中年の剣士と老婆の治癒師、そして赤髪の

少女…魔導師だった。

 一行は、キュアの乗る馬を囲む形で街道を北上し始め、途中遭遇する灰竜を始めとした魔物を排除したり、盗賊を撃退したりとそれなりに戦闘はあったものの、苦境に陥るような事もなく、順調に北上していた。

 

 「よし、この辺りで休憩としよう。」


 ノーブクロを出て四日目。

街道の両脇は人の手による開発が入った平原から、少しずつ昔からある木々が目立つようになり、死霊街と異名をもつ、森林地帯が近い事を暗示していた。

 老婆と少女が手際よく周辺の岩を集め、かまどを作りマイという穀物を鍋に入れ水に浸したのち、やはり周辺から採取した枯れ枝に火を点けて昼食の準備をしていた。


 「ほんと、よう働きはるな。」


 キュアは、赤毛の少女に声を掛けた。

 ノーブクロを出て、少女を含め護衛とは事務的な用事以外は殆ど言葉を交わさず、キュアは護衛の名も知らなかった。

 今回の旅の性質上、お互い込み入った話をする事は避けた方が無難であり、止む無しとキュアも納得はしてい たが、元とは言え、矯正委員会の最高幹部であった自分に全く興味関心を持たない事に自己顕示欲そして自己愛が人並以上に強いキュアはストレスを感じていた。


 「わたしは、このパーティーでの昼ご飯係ですから。」


 「なんや?それは?歳が一番下やから、雑用をやれいわれとるんか?」


 「そういうわけではありませんよ。私がこのパーティーに入りたいと言って出された条件が食事係をやることだったのです。」


 「そらあかんわ。自分は魔導師なんやで。魔導師である自分がいなくなったら、パーティーは窮地に陥るんやで。あの剣士も剣士やわ、女子供だからって足元見て、こんな子供に雑用やらせて…」


 「いえ、私はまだまだ力も弱いですし、足を引っ張ってばかりなので、こういう事で仲間の貢献をしないといけないんです。」


「それやわ!特に男に多いけど、強いと思い込んでいる人は弱い者の気持ちをちいっとも考えへん。人の痛みが分からん奴が多すぎやわ。」


「はは、そうですね。」


「私は、一度この国を出るやけんども、必ず戻ってくんねん。そしてこの国にはびこる種族別や女性差別、そして権力を欲しいままにしている王族やそれに近い貴族を打倒するねん。

人前で裸にひん剥かれようが、張形突っ込まれようが、豚に犯されようが、負けへん!

へこたれへん!」


 キュアは少女が話を聞く素振りを見せたので、嬉しくなってぺらぺらと自分の野望やこれまでの委員会での実績などを話し始めた。

 4日間、殆ど喋らず仕舞いだったためか、一度開いた口は止まる事を知らなかった。


「キュアさん」


 四日間、話すことなくいた鬱憤を晴らすかのように気持ちよく話していたキュアの言葉を少女は切った。


「なんや?」


 話の腰を折られたキュアは少々むっとしながらも、少女に目を向け、問い返した。


「8月頃にこの前のキュアさまの様に町の人の前で酷い事されていた男性がいましたよね。確か、コンジローとかいったかた。あのとき、キュアさまは近くにいた記憶があったのですが、あのかたは何をしたのですか?」


 赤髪の少女はかまどの中に枯れ枝を入れ、ぱたぱたと風を送りながら、コンジロー総括事件について聞いていた。


「ああ、あれな。あのコンジローってやつは実はブクロって町の指導者やってん。

でもな、その娘が差別主義者の剣士といっしょに、豚を殺しまくってん。

そいでな、剣士の身内を調べてみたけど、親も親戚もおらん転移者やったから、仲間の魔導師の親を制裁する事で報復してってん。」


「なんでそんなことをしたのですか?」


「そら、強者は弱者の虐げられる気持ちがわからんから、簡単に豚を傷つけたり、殺したりしはるんよ。せやから、そういう人間には虐げられる弱い者の気持ちを知ってもらう為に協力してもらったんよ。」


「でも、コンジローというかたはあの日から3日後に自死されましたよ。」


 赤毛の少女は心なしか、声が震えている様にキュアは思ったが、その震えが何からきているのか分らず、無視して言葉を続けた。


「そら、あれやろ。弱い者が請けてきた理不尽さに気付いて、自分が行ってきた事の罪深さに耐えきれなかったんやろな。ほんま弱い心やで。」


 その瞬間、キュアの大きな大雑把なつくりの口に、赤毛の少女の足がめり込んでいた。


「ぷぐゅっ」


 キュアの上唇は、自らの犬歯が突き破った事によって血まみれになり、キュアの立派な前歯2本は折れていた。


「ぶわっ、なんやの!? ブゲッ」


 キュアが抗議の声を発した瞬間に赤毛の少女はキュアの側頭部狙い蹴りを入れていた。

 蹴られたキュアは左に倒れ、頭から地面に叩きつけられた。


「ほんとにお前は莫迦だな。」


 キュアの背後から、剣士と老婆の治癒師がやってたが、赤家の少女の蛮行を咎めることなく、キュアを莫迦呼ばわりした。


「いつも他人に手を汚させて自分は一切リスクを取らずに実現性のない絵空事ばかり言ってるから、こんなことになる。」


 そういうと剣士は地べたに貼りついていたキュアの顔を蹴り上げた。


「ぶぎゅっ」


 キュアの身体は蹴られた勢いで反り返り、そのまま蛙がひっくり返るような体勢になった。実に無様な格好だった。


「お前、ここにいる連中の名前と顔を一致してないんだな。ホント駄目だわ。」


 剣士はキュアの胸倉をつかみ、そのままぐいと引き上げた。

掴まれた衣服がキュアの喉を絞め、キュアは呼吸が出来ず顔をみるみる赤くさせていた。


「???」


「おれは、お前の上司であるウーマ・ヨーコが捕縛命令を出したムタロウだよ。

それと、ここにいる赤毛の魔導師はお前が辱めたコンジローの娘だ。」


 キュアは、間抜けにも自分の敵であるムタロウと、クゥーリィーとラフェールに護衛をお願いしていたのだった。他人を傷つけるのは他者に依頼すれば万事解決するという思考回路であるキュアは、ムタロウ一味の顔を知らなかったのだ。

 キュアは自分の置かれている立場が危機的状況にある事を悟り、預言者でなくても100%的中させる事が出来る未来図を見て顔をひきつらせていた。


「堪忍しといてや!悪気があったわけやない!分かって欲しかったんや!」


「何をだ?」


「弱い者の気持ちや!!!あっ」


 ムタロウはかっとなって無造作にキュアを投げ捨てた。

 キュアの身体は三度バウンドして転がり、岩にぶつかって止まった。

 キュアの全身に痛みが走り、身動きが取れなくなっていた。


「お前には名誉とか恥という概念が無い様だ。だから、平気で恥知らずな言動が出来るし、たとえ人前で何をされようが、全く恥と思わん。」


 ムタロウはキュアに近付きながら話し始めた。


「だから、名誉を殺すのはやめた。お前にはシンプルにいくべきだった。」


 そう言いながらムタロウは抜刀した剣を一閃した。

 キュアの無意味に大きく、粗雑な鼻が吹き飛んだ。

 キュアの顔が血まみれになる。


「あぎゃああああああ」


 キュアは両手で鼻があった場所をおさえて転げ回った。

 その絶叫は、ムタロウ達の耳に刺さる位の不快な音であり、ムタロウに居たクゥーリィーは感情を爆発させた。


「飛ばしてください!」


 鼻があった部分をおさえている手の甲に赤い紋様が浮かんだ瞬間に火柱が二本出現し、キュアの両手が吹き飛び、消し炭となっていた。


「飛ばしてください!」


 もはやどこが痛いのか分らず絶叫をしているキュアの両眼に赤い紋様が現れ、次の瞬間に両目に火柱が噴き出し、キュアの両目が消滅した。


「ぎゃああああああああああああ」


「飛ばしてください!」


 次にキュアの舌に火柱が現れ、キュアは痛みによる絶叫すらできず、灼熱の激痛にのたうちまわっていたが、次第にその動きが鈍くなり、そして動きを止めた。


「消してください!」


 キュアの胸に赤い紋様が現れた瞬間、直径2メートルほどの火柱が上がり、キュアの身体は消滅していた。

 キュアがあった場所は火柱によって焦げ付いた下草と、キュアの肉体であった炭が散乱していた。

 クゥーリィーはそれを凝視しながら、今自分の胸に去来する達成感と寂寥感の入り混じった気持ちをどう理解したらよいか分らず、放心していた。


「仇はとれたな。」


 ムタロウはクゥーリィーに近寄り、頭をぽんぽん叩き、労った。


 「これで、やっと一区切りつけたと思います。」


 クゥーリィーはぽつりと言うと、ぐっと空を見上げて言葉にならないなにかを大声で発していた。

 そんな様子を見ていたムタロウは、自分の取るべき道がなんであるのか、ぼんやりと形が出来つつある事を自覚するのであった。


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