名誉を狩る
早く寝なければ…
ノーブクロにおけるムタロウの拠点は郊外にある同地の農夫が居住していた木造の平屋であった。
ムタロウがこの平屋を拠点として選んだのは、背後が切り立った崖となっていた事(背後からの急襲を受けにくい)と、この平屋が地下室並びに外へ続く地下通用道が存在したからであった。
地下室は魔導師によるアウトレンジからの魔導攻撃から身を守る上で有効であり、外への地下通用道は敵に気付かれずに屋外に逃走もしくは敵の背後に回って奇襲を掛ける事が出来ると考えた。
地下室には先刻の戦闘で拘束されたニョドン騎士団のペロシと仲間の魔導師ニュリンが両手首を荒縄で縛られていた。
ペロシとニョドンを捕えている荒縄はそれぞれ天井に据え付けられている滑車を経由して地下室入り口のフックに引っ掛けられていて、二人は縄の張力によって爪先が接触するかしないかの高さで吊られていた。
ペロシは三十分程前に覚醒していたが、自分の置かれている状況が呑み込めず、暗く、湿気っぽく、そして黴臭いこの部屋に何故自分がいるのか、ここは何処なのか分らず思考停止していた。
やがて、暗闇に目が慣れてくるにつれ、内部の輪郭が浮かび上がってくると、左となりニュリンと思しき女の魔導師が自分と同様に吊るされている事に気付き、自分がムタロウとの戦いで敗北し、囚われの身になっている事を理解した。
「ニュリン!? おい!ニュリン!!生きているよなあ? なあ、ニュリン!!」
ペロシは自分と同じく吊るされているニュリンが意識を失い、首をだらりと下げていたのを見て、心配になり大声で声を掛けていた。
「キャンキャンキャンキャンうるせえなあ。ニョドン騎士団は犬の様にキャンキャン鳴く事も教練にはいってンのか?」
うんざりした表情をしながら地下室にムタロウが入ってきた。
「隣の魔導士のおねえちゃんは生きているよ。心配するな。」
ムタロウはペロシの声があまりにも大きく五月蠅くてかなわなかったので、ニュリンの無事を伝える事でペロシを静かにさせようとした。
…が、ムタロウの目論見は見事に外れた。
「お前、ムタロウか!俺をこんな目に遭わせてただで済むと思うな。俺はニョドン騎士団の団員であり、ニョドン騎士団を統べるバキム・カップの八男…ぐぼぉ!」
ペロシの鳩尾にムタロウの爪先がめり込んでいた。
ムタロウは、ペロシの口上に我慢ならず、取り敢えず手っ取り早く黙らす事とした。
鳩尾を蹴られたペロシは呼吸が出来ず、声にならない悲鳴をあげていた。
「お前がカタイ・コンドの騎士様という事は分かった。お前がカタイ・コンドの王の分家の息子で、お前をどうにかしたら外交問題になるぞ…と言いたいんだろ?」
ムタロウは先刻ペロシが言わんとした事を要約した。
「そ、そうだ…。俺に何かあればお前は、両国の関係を壊そうとした重罪人として追われる身になるぞ…。そうなりたくないならば、早く俺たちを解放しろ。そうすれば、俺が父上の取りなしてやる。」
ペロシは如何に個人の技量が優れていたとしても国家の力の前では蟷螂の斧であり、蟷螂たるムタロウが手出しした相手がカタイ・コンドという軍事大国である事を知れば、保身に走ると思い、自らの現状について一顧だにせず、高圧的な態度で自身の解放を迫った。
「ラフェール、ちょっといいか?」
ムタロウは暫く考え込んだ後、一階でニュリンの火柱で破損した箇所周辺の片づけをしているラフェールを呼んだ。
「なんじゃ?ムタロウ?」
掃除を邪魔されてあからさまに不機嫌な声で返事をしながらラフェールが、地下室に入ってきた。
「このニョドンの坊ちゃんが、解放しろと五月蠅いんだ。」
「ほう…」
「この坊ちゃんが言うには、自分はニョドン騎士団の棟梁の息子でこの坊ちゃんをどうにかしたら外交問題になると言うのだが、どうしたらいい?」
「なんじゃ、そんなことか。」
「そんな事とはなんだ!このババアがぁ!貴様の様な卑しく醜いババアとお俺は別種の人間なんだ!俺はバキム・カップのはち…ぐぼぉっ!あぶっ!!」
ペロシの口上に再度苛ついたムタロウは、力加減せずに鳩尾に爪先を入れ、更に鼻面に拳骨を打ち込んだ。
いちいち人の癇に障る奴だとムタロウは思い、腹の虫が収まらなかったので、更に鳩尾に爪先を入れた。
「これでしばらく静かだろう…で、そんなことと言う位なのだから、何かあるんだな?」
ペロシがべしやべしゃと胃の内容物を口から吐き出し、更に吐しゃ物の上に鼻血のソースを掛けている様子を見て、ムタロウは衝動に任せた自らの行いを後悔していた。
「簡単な事じゃよ、わしらが悪党どもにいつもやっている事をやればいいんじゃ。お前がこのお坊ちゃまに言ったのじゃろう?」
ラフェールの言わんとする事がイマイチ呑み込めず、「どういうこと?」と表情で訴えた。
そんなムタロウの表情を見て、ラフェールは溜息をついてから口を開いた。
「お前の名誉と命を助けてやる!」
ムタロウは、ラフェールの答えを聞いて「ああ!」という納得の顔をラフェールに見せた。
「分かったのならば、わしは片づけの続きをやるぞ!片づけが終わったらその坊ちゃんの処置じゃ!!」
片付けを中断させられた事が余程腹立たしい事だったらしく、ラフェールはぶっきらぼうに答えると地上に上がっていった。
二人のやり取りの間、痛みが引き、呼吸が出来るようになったペロシは、彼らが自分の素性を知った上で、やる事があると事も無げに言い切った事に初めて言いようもない不安に襲われていた。
◇◇
ズールは、竜門会は恐怖の象徴であり続けなければならないと考えていた。
その為には、高レベルの冒険者であろうが、一般人であろうが歯向かう者に対してはどのような手段を使っても叩きのめす力と行動が必須であると常日頃口にしていた。
竜門会の収益の源泉は冒険者の管理を名目とした竜討伐に係る登録費用やノーブクロの飲食店の酒の独占販売権だった。
何故冒険者が依頼を受けて竜の討伐に向かうのに、ギルドに登録料1万ニペスを払わなければならないのかと、反対表明をした地元の冒険者は、未明に自宅を襲撃され、組員や傘下の豚種達によって家族共々拉致監禁された上、本人の目の前で妻と子供を豚種に犯された上、本人含め全員全身に油を掛けられた挙句、火を放たれ焼き殺された。
酒の独占販売では、竜門会を通さずノーブクロの飲食店に酒を販売しようとした他の町の卸売業者を拉致し、灰竜の生息する谷に投げ込み灰竜の生餌にされた。
そして、当該業者から酒を購入した店並びに自宅は、組員によって放火され、絶望した店主は自死を選んだ。
こうして自らの意にそぐわない者は暴力を以て邪魔者を排除し続け、ズールはノーブクロの裏社会の王者となっていった。
矯正委員会の幹部であるキュアが竜門会に接触してきた事はズールにとって渡りに船であり、念願であった竜門会の表社会への進出に向けた絶好の好機であった。
ズールは矯正委員会のキュアを目論見通り愛人とし(本人はそう思っている)、当局の後ろ盾を得て、表・裏両面でのノーブクロの支配者の最終コーナに入ったと確信していた。
ムタロウとかいう剣士がいたが、ズールにとってみれば所詮路傍の石ころであり、数日前に依頼したカタイ・コンド出身の冒険者達がムタロウ達の死体を引きずって報告に来るだろうと考えていた。
「ふふふふふふ……ははははははははははははは!!!」
ズールはノーブクロ支配者として、ノーブクロの人々から尊敬され、畏怖される姿を想像し、町の人間に次期支配者はズールであると判らしめたい誘惑に負け、配下組員30人程を従えてノーブクロの中心街を練り歩く事を組員に宣言したのだった。
◇◇
次期支配者(仮)による気の早い行幸は宣言した翌日に実行された。
先頭に前捌き役の組員3人、その後方に前方護衛組員が2人、そして先頭にズールとキュアが並んで歩き、後ろに30人の配下の組員が組事務所を出発して、ノーブクロの中心である行政庁の正門から南診療通り迄続く中央通りを練り歩く経路であった。
この中央通りは、行政庁を起点として行政区・居住区・商業区・そして医療区と続いており、町の運営から住民、商人、医師に誰がこの町の王であるか示す上でうってつけの経路であった。
「キュア、お前のお陰で俺は表の社会でもこの町の王になれた。皆が俺の事を恐怖と尊敬の目で見ているわ!」
ズールはご満悦であった。
わが世の春とはまさにこのことと思っていた。
「ほんま、ノーブクロのお父ちゃんは立派やで。わたしは最初からお父ちゃんがこうなると思ってたからお父ちゃんの女になったんやで。」
聞くに堪えない茶番であった。
彼らの後に控えて歩いていた部下も顔を伏せ、誰にも表情を見られないようにしていた。
行幸は順調に行われ、居住区を過ぎ商業区に差し掛かった所で異変が生じた。
前捌きの組員が途中で中央通りを右に曲がると言い始めたのである。
商業区はまだ中途であり、医療区にも到達していない。
「なぜ直進せずに右に曲がろうとする?俺は経路計画を伝えた筈だよな?」
凄みを効かせた声でズールは前捌き役の組員に対し詰問した。
「いや…この先は…工事をやっているみたいで通れなさそうなので…ぐあっ!」
ズールの護衛が気を利かせて言い訳をした組員を斬り捨てた。
いきなり斬られた哀れな組員は右肩口から心臓まで斬られており、どうしてという表情をしていたが、やがて口から血の泡をぶくぶく出しながらばたんとひっくりかえり絶命した。
「よくやった。王の行幸を止める者は王しかいないのだ。」
ズールの言葉を聞いてさすがのキュアも権力に酔っぱらい過ぎだと思ったが、
「(アホは木に登らせるだけ登らせればええんや)」
と思い、しゃあしゃあと「お父ちゃんの言いはる通りやわ」と答え、ズールを喜ばせていた。
ちょっとしたトラブルはあったものの、行幸は継続され、一行は商業区で最も人が集まる大広場に到達した。
大広場は常に多くの人で賑わっているが、この日は特に人が多く、通常の倍の人で溢れ返っていた。まるで今日が祭りであるかの様な人出であった。
「目ざとい住民が俺の行幸を耳にして次期王たる俺を一目見ようと集まってきたみたいだな、キュアよ。」
「ほんまですね。心なしか町の人たちもお父ちゃんが来ることを待っていたかの様な顔をしてますわ。」
そうは言ったものの、キュアは町の人間の自分達を見る目に違和感を覚えた。
「(町の人間のあの目は、うちらに対する尊敬や畏怖やない。あれは…)」
ズールとキュアは、大広場でも特に人が集まっている箇所に何かかが吊り下げられ居る事に気が付いた。
二人は吊り下げられている何かが、何であるか確信の度合いを深めるにつれて、血の気が引いていった。
吊られている何かは、ペロシとニュリンであった。
ニュリンは素っ裸にされた上、後手縛りで身体を拘束されたまま、荒縄で3メートル程の高さまで吊るされていた。
口には長さ30センチはある張形を突っ込まれ、吐き出さないように固定されていた。
ニュリンは公衆の面前で裸を見られるだけではなく、下品な大人の玩具を口に突っ込まれ人々の見世物にされている羞恥と屈辱に涙を流していた。
涙を流している女魔導士を見て発情した豚種が自慰行為を始め、辺りは騒然となっていた。
ペロシはM字開脚の体勢に荒縄で身体を拘束され、ニュリンと同様3メートル程の高さまで吊るされていた。
股間のモノはラフェールの回復魔導により強制的に屹立させられており、その屹立した肉柱に全長2メートル、幅60センチ程の垂れ幕が引っ掛けてあった。
その垂れ幕には次の様な文言が記されていた。
「コノ者、隣国ノ軍事大国デアル、カタイ・コンド ノ ニョドン騎士団総帥デアル、バキム・カップノ八男、ペロシ・カップト自称スルモノ也。カノモノヲ使役セシメタ、イキリハゲとデッパ女ニ告グ…次ハオ前ラガコウナル。」
ペロシは怒りと屈辱でニュリンと同様、涙を流していた。
ナメコンド大陸一の軍事強国、カタイ・コンドのニョドン騎士団の団員であり、王家の一員でもある自分が、隣国の町でM字開脚の格好で荒縄で吊られ、しかもこの態勢で強制的に勃起をさせられている。
更に屈辱的なのは勃起したモノを垂れ幕をひっかけるポールとして扱われ、また、その垂れ幕で自身の素性をも暴露されている。
「(アイツが名誉を殺すと言ってたのはこういう事か…ムタロウ、殺してやる!絶対に許さない!絶対に殺してやる!!)」
絵面の変態度合いとは裏腹に、ペロシの心はムタロウへの復讐の思いでどす黒く塗りつぶされていた。
一方、ペロシとニュリンの身体を使ったズールとキュアに対する宣戦布告は、二人の天まで舞い上がっていた心が地面にめり込む位に二人の心に強烈な打撃を与えていた。
「俺が依頼した時、あいつらは4人だった。残り2人がいないとなると殺されたと見るのが妥当だ…俺が見る限り、あの4人はかなり出来る奴だった…それを2人殺して2人は生け捕りだと?生け捕りなど余程実力差が無い限り出来るものではない…」
ズールはここで考えるのを止めた。
正確には考えるのを止めたのではなく、自分が狩る側でもなく、王者でもない狩られる側である事に気付き、恐怖の感情に呑まれてしまっていた。
「(あの重騎士がニョドンの御曹司やて…?これは不味い。御曹司を他国で辱めた原因を作ったのが私だと知られたら、矯正委員会での私のポジションが無くなる…それはあかん、めちゃめちゃヤバい。」
キュアは自身の委員会での立場の悪化を考え、どうやったらズール一人の責任に出来るかを必死で考えていた。
この辺りがキュアの愚かな所で、本来ならば矯正委員会の立場の悪化よりも明日のペロシやニュリンに自分自身がなる事を考えなければならないのだが、他人をけしかけて自分は安全な処にいる人生を続けてきたキュアは、自身に危害が及ぶなどという思考回路を持ち合わせていなかった。
ムタロウ達は、人込みに紛れながら、真っ青な顔になっているズールとキュアの様子を見て満足気な顔をしているのだった。
「さ、仕上げだ。」
ムタロウはそう言って、郊外の拠点に戻っていった。
ラフェールとクゥーリィーも後に従った。
王の行幸はムタロウが引き継いだのであった。




