隣国の挑戦者
30部書いて、話を整理しなきゃなーとムタロウ達の行動やら、設定やらメモをエクセルに写していました。
シワに対する私刑を終えたクゥーリィーはシワの死骸の隣に座り、呆けていた。
最初からシワを標的にしていた訳ではなかった。
豚種がいる町を一人で歩けば何かしら引っかかってくるだろうと思っての事であった。
豚種を殺すことに躊躇いは無かった。
寧ろどうやって標的を苦しめた上で命を奪うか思考し、試行していた。
それは、自らの仕事として遂行し、自らの行いに対する心の葛藤はなかった。
「もう戻れないなあ。」
クゥーリィーはひとり、呟いた。
思えば、ブクロで豚種に拉致され、拉致された場所で豚種達に凌辱された時点で、こうなる事は決まっていたのだろうと、クゥーリィーは考えた。
「そうだな。」
路地の向こうから声がした。
聞き覚えのある声だった。
「帰りが遅いから探したぞ。町の人に聞きまわったら豚種が赤い髪の女を担いで裏路地に走って行ったと聞いたからな。」
クゥーリィーは声の主の方向に顔を向けた。
「心配をかけてしまってごめんなさい。」
クゥーリィーは消え入りそうな声でムタロウに謝った。
「いや、お前ならば襲ってきた豚種など簡単に返り討ちにすると思っていたから心配はしていないよ。」
ムタロウはクゥーリィーの横に座りながら笑顔を向けた。
ふとムタロウの額を見ると汗が大量に噴き出していた。
ここに来るまでに町中を走り回っていたのかなと思った。
クゥーリィーは小さい声で「ごめんなさい」と謝った。
「ノーブクロにきて、人間族と仲良く談笑したり、皆で協力して仕事をしている豚種達を見て、俺の知っている豚種はひょっとして一部なのかなと思ったんだ。」
ムタロウは右手人差し指で地面をなぞりながら、クゥーリィーの謝罪には触れず、話し始めた。
「そんな思いも、お前の父親の一件を経て、間違いだと認識した。」
「……。」
「あいつらに信義や正義という感覚はない。あるのは損得勘定と強い者に靡く主体性のなさだった。今回それを痛感した。」
ムタロウは一息ついてから言葉を続けた。
「この浅ましい種族である豚種を利用して町…というか、国なのかな?今の社会の実権を握ろうと矯正委員会と彼らのいう民間団体が画策していると俺は確信した。」
「わたしは難しい事は分からないけど…矯正委員会と竜門会、そして父に対する仕打ちを嗤っていた奴らを許せません。」
張形を父に挿しているキュア。
悲鳴をあげる父の姿を見て興奮で紅潮させていたズール。
張形が入った箱を恭しく渡していた竜門会の連中。
父を見て罵倒・嘲笑していた豚種
一生忘れられない光景は、クゥーリィーの事情など関係なく、突然クゥーリィーの脳内で勝手再生を始める。
その度にクゥーリィーの心は憎悪に染まるのであった。
「俺もあいつらを許さない。やった事に対する責任は必ず取ってもらう。」
ムタロウは立ち上がり、2歩歩いた後、振り返ってクゥーリィーを見た。
「クゥーリィー…」
「はい。」
「お前、手伝ってくれるか?」
何を手伝うの?といった疑問は湧かなかった。
「はい!」
返事をしたクゥーリィーの顔は半分泣いていた。
◇◇
「まだ捕まらんのか!」
竜門会の事務所ではズールの怒声とズールの癇癪の犠牲となった調度品が壊れる音が断続的に続いていた。
ノーブクロの裏社会の王であるズールに公然と宣戦布告など、これまでなかった事だった。
しかも豚種の身体を使ってハゲ呼ばわりされ、それが町の住民の物笑いの種にされている事がズールには我慢ならぬことだった。
シワを介した宣戦布告を受けてから2週間経つ。
ムタロウ一味の拘束を何度試みても返り討ちに遭い、その度に竜門会の構成員は減り続けるといった状況に陥っていた。
竜門会の息のかかった豚種は更にひどい有様で、この2週間で殺害された豚種は30匹以上に達していた。
「治安委員は何をしているダニ!何故犯人を捕まえないダニ!!」
同胞を殺された…というより、明日は我が身という恐怖心から豚種は治安委員に乗り込み抗議をしていたが、矯正委員会と竜門会を後ろ盾にしての豚の乱暴狼藉に町の人間の反感は凄まじく、寧ろ消極的な協力者の様相を呈していた。
(治安委員もノーブクロの町の人間である事を矯正委員会も豚種も理解できないのだ。)
「組員では腕の差があるいうなら、冒険者を使えばいいんちゃうか?」
苛立つズールを宥める様に、キュアが部屋に入るなり提案をしてきた。
竜門会の中でズールを制御できるのはキュアだけであり、組員はキュアに泣きついたのであった。
「町の代表者すらウチらの力を使えば簡単に名声を地に堕ちる事を目の当たりにしながら、それでも歯向かうアホやが、それでも相手は剣士と魔導士やからなあ…チンピラや豚では歯が立たんよ。」
殺された豚種や組員の死体の状態から察するに、剣士は両脚を切断、魔導士は手足を吹き飛ばし、時間を掛けて殺していく手口だった。
二人とも相当な手練れであり、普段、一般人を相手にして悦に入っている連中では相手にならないのはこれまでの実績から明白であった。
「ならば金を積んで、ギルドで依頼を掛ければいいんだな!?」
「そうや。40万ニペスとか積めば、カネに目が眩んだアホな冒険者が飛びついてくるやろ。」
キュアは冒険者をカネと虚栄心の盲者と見做していた。
40万ニペスの依頼となれば、依頼内容の確認と称して興味を持つ連中は何組か来るだろう。
その中で一番出来そうな連中に魅了を掛け、操り人形にすればいい。
40万ニペスは釣り餌であった。
前の世界では、こうして自分の手を汚さず、他人を使って悪事を働き続けてきた結果、人々の恨みを買い、路上で撲殺されたのだが、この女には反省という概念が一切なく、転移先でも性懲りもなく同じことを繰り返していた。
こうして、40万ニペスに目が眩んで依頼内容を聞きに来た冒険者をキュアは魅了を使って操り人形にした上で、ムタロウ一味の拘束を命じたのであった。
操り人形となった冒険者は、隣国カタイ・コンドから武者修行の為に来たという騎士と魔導士、射手師、治癒師の4人だった。
重騎士の鎧に身を包んだ騎士ならば火魔導への耐性や関節の切断を好む剣士の攻撃を無効化出来、また戦闘に於いて厄介な魔導士を射手師が遠距離から攻撃できるというキュアの見立てであった。
「さあ、ムタロウさん、これまでのアホなチンピラや豚とは違うが、どこまでやれるかな?」
◇◇
カタイ・コンドはナメコンドの南に位置する軍事大国であった。
王は御三家と呼ばれる3つの王家から選出され、現在はオーナ・カップ3世が王である。
同国の最大の特徴は、御三家が有する騎士団の選りすぐりが選ばれた王直属騎士団のニンシン騎士団であった。
この騎士団はコンドリアン大陸最強と言われており、この名声がカタイ・コンドをして、軍事大国であると大陸内外に知れ渡る理由のひとつであった。
キュアからムタロウ捕縛の依頼を受けた騎士ペロシ・カップは、御三家のうちのカップ家保有の騎士団ニョドン騎士団に所属しているのだが、今回武者修行と称して、仲間3人とナメコンドに入国していたのであった。
「しかし、ちょろい仕事だな。豚種相手に暴れているおっさんを捕まえたら40万ニペスとは美味しすぎるだろ。」
「矯正員会と竜門会が表立って手を組んで依頼してくるのでしょうから、只者ではないと考えた方がいいですよ。ペロシさま。」
魔導士の女がペロシの発言を窘めた。
女はブラウンのローブで顔から足まですっぽりと全身を覆い、先端に青白い宝玉を固定した魔導丈を右手に持っており如何にも上級魔導士の雰囲気を醸し出していた。
「そうかあ?豚とチンピラを惨殺した位しか実績がない輩だぜ?ナメコンドのヌルさを見れば、如何にもらしいじゃねえか。」
「そうは言いますが、依頼してきたキュアとかいう女、我々に魅了を掛けてきましたよ。当主から貰った犠牲のアミュレットが無かったら危なかったですよ。」
呑気なお人だという表情をしながら、女はキュアが仕掛けてきていた事を報告した。
犠牲のアミュレットは、持ち主の代わりに大抵の呪いを受けてくれる魔道具であり、ペロシが旅に出る時に当主バキムから持たされたのであった。
「だからかー!竜門会のハゲ、あんな不細工なババアにデレデレしていたのは、魅了のせいだったかあー」
横で聞いていた治療師の女が甲高い声で口を挟んできた。
カタイ・コンドの国らしい、分厚い木繊の聖衣服を着用した赤茶色の髪のショートカットの女だった。目元は鋭く、顔の輪郭も細いため見ようによっては美人と言えなくもないが、見るからに性格がきつそうで近寄る男もいなさそうであった。
「まあ、魔導士もいるみたいだし、警戒に越したことはないだろう。ペロシよ。」
射手師の男もやんわりとペロシに油断はするなと窘めた。
ペロシを除く3人は、ペロシを腕は立つものの典型的な名門家の息子で世間知らずと評価しており、彼の軽率な言動や行動、判断がパーティーの危機を招きかねないと危惧していた。
「お前ら、心配過ぎだよ!俺がムタロウとかいうおっさんを殺るから、お前らは赤髪の魔導士と治癒師のババアを殺れば、40万ニペスよ。お前らの腕を考えれば楽勝だろ!
それによお、あの俺に話しかけてきたキュアとかいうおばさん、やたら俺の目を見てきたけど、普通に気持ち悪かったぜ!魅了?俺がそんな呪いにかかる訳ねえだろお。」
三人の懸念を知った上で煽っているかの様なペロシの発言を聞いて、三人は溜息をついていた。
◇◇
ムタロウ達はノーブクロの中心から離れた一軒家を仮の住処としていた。
シワを殺した日の夜、3人は夕飯を取りながら今後の事について話し合っていた。
「前からすごく不思議だったのですが。」
夕飯での会話は主にラフェールとムタロウが主導であり、クゥーリィーは黙って会話を聞いている事が大半であったが、珍しくクゥーリィーが話を切り出してきたので二人は、「ん?」と思って、クゥーリィーの方に顔を向けた。
「ムタロウが竜門会のチンピラや豚を返り討ちにしたのが5月頃ですよね。そして私が豚を処分したのが、ええっと…17日前の8月25日。当然、彼らは私たちがここにいる事を分かっているはずなのに、何で襲ってこないんでしょうか?」
ムタロウがこの町に来てから地元の反社といざこざを起こしていたにも関わらず、何故奴らは夜襲をするなりクゥーリィーが魔導学校に行く処を狙って襲くるなりしないのか不思議に思っていた。
「それはな、クゥーリィー…奴らはわしらを襲ってこなかったのではなくて、襲ってきたけど毎回返り討ちにされていただけなんじゃよ。」
えっ…とクゥーリィーが驚いた表情をした。
「竜門会のチンピラや豚種は堅気の人を相手にした喧嘩しかしないから、俺たちの様に魔物の討伐を職業としているものにとっては、気配・戦力…まあ、これは数だな、あと戦闘力は分かってしまうんだよ。」
ムタロウがラフェールの言葉を続けていた。
「あいつらは豚含めて所詮は町の喧嘩自慢程度じゃからのぅ…あいつらがこっちに来る気配を感じたら、こっちから出向いて出鼻を挫いていたんじゃよ。」
「そういう事だ。だから、迂闊に手が出せなくて、身内への嫌がらせを始めたわけだ。」
「ひょっとして、わたしが寝ている間にですか?」
信じられないといった表情でクゥーリィーは二人に訊いた。
すると、ムタロウをラフェールはお互い顔を見合わせた後、クゥーリィーを見てにやりと笑っていた。
「(この人達はいったい、どういう修練と経験を積んできたのだろう)」
クゥーリィーは二人の強さの凄まじさよりも、むしろ二人の過去に何があったのか興味が湧いていたのだった。
「とはいえ、あのハゲと中年女もお前の宣戦布告で自分の身の危険を感じて慌てているだろう。次は切り札を出してくるだろうな。」
ムタロウは真剣な表情に戻り、難敵の襲来を予想した。
「ま、そうじゃろうな。配下のチンピラと豚では駄目だと分かったら、金を積んで職業人に拘束もしくは殺害の依頼をするだろうかのぅ。」
クゥーリィーは自分の行為によって、お互いに引けぬ所まで来ている事を認識し、思わず手元にあったコップを手に取って、ごくんと一気に水を飲み干すのであった。




