外出
第1部とこの話は加筆修正しました。
この世界、コンドリアン大陸には四つの国が存在していた。
その四つ国の一つ、ナメコンドはコンドリアン大陸南西に領土を有していた。
ムタロウは、ナメコンドの首都である王都ナメコンドから南西に1,800キロメートル離れた辺境の町、ブクロを拠点としていた。
ブクロは人口1,000人程の小さな町であり、この町の中心から離れた長屋の一室にムタロウは住んでいた。
ムタロウの部屋は広さにして約40平方メートルほどだった。
調理場と風呂場もあり、一人で暮らしていくには十分な広さであった。
そんな部屋でムタロウは一人、部屋の南側に据え付けたベッドで横になっていた。
日は既に昇っており、人々が活動を開始する時間であった。
そんな中、部屋の扉が開く音が部屋中に響いた。
ムタロウは視線のみ扉に向けたが、身体を動かそうとはしなかった。
「ムタロウ!」
甲高く、耳に刺さる大きな声が部屋に響いた。
「ムタロウ!仕事じゃ!デカい仕事じゃ!!!」
声の主はムタロウが寝ているのか起きているのか確かめもせず言葉を続けた。
ムタロウも声の主の振る舞いが今日に限ったものではなく、いつもの事であると承知しているようであった。
「うるさい、もう少し小さい声で話せ!」
耳障りの悪い、耳に刺さる声というのがある。
声の主は、正に当該のカテゴリに入っており、寝起きのムタロウにとって不快以外の何物でもなかった。
「やかましいわ、これが地声じゃ!いい加減慣れろ!!!」
ムタロウの抗議など意にも介さず、声の主は慣れないお前に問題があると言わんばかりの物言いであった。
ムタロウは苛立ち乍らも抗議の継続を諦め、発言内容について質問をする事で話題を切り替えようとした。
「デカい仕事ってことはそれなりのカネが貰えるってことだな?」
「当り前じゃ、儲からん仕事がデカい仕事とどこの世界でいうのじゃ!相変わらず頭が悪い奴じゃ!」
声の主はそんなムタロウの言葉に対して露骨に呆れた顔をし、大袈裟に溜息をついて見せた。
ムタロウはそんな声の主の態度にむっとしながら、起き上がり、ベッドから出た。
ベッドの前に声の主であろう老婆が立っていた。
老婆はぱっと見年齢は60過ぎに見え、身長は160センチほど。
髪は銀髪で、伸びた銀髪を一つに結わえていた。
服装は紫色の麻の服と膝丈のパンツ。
古い杖というよりも枯れ木の枝の様な杖上の棒を右手に握り、ムタロウの顔を見ながらニヤニヤしていた。
おでこは前に飛び出て広く、笑うと歯茎がむき出しになり、さながらオランウータンの様な容貌であった。
美醜を問われれば、特殊な趣味でなければ大半の人の意見が一致するアレであった。
「ラフェール、どうでもいいが勝手に人の部屋に入ってくるんじゃねえ。」
「ひっひ、そう言うが、わしがいないとまともに生活出来ないじゃないか。少しは感謝の気持ちを示してもバチは当たらんじゃろ。」
ラフェールはそう言いながら、ムタロウの股間に左手人差し指を押し付け、そのまま指を下から上に撫で上げた。
不意を突かれたムタロウは思わず体をびくっとさせていた。
「ひひ、よい反応じゃ。性格はアレだが身体は素直じゃのぅ。」
ラフェールは自分の左手人差し指をさすりながらニタァと笑っていた。
「気安く触るな!次触ってきたら斬るぞ。」
ムタロウはオランウータンの様な容貌の老婆に陰部を触られ、不覚にも反応してしまった事を指摘され赤面していた。
「おお、恐ろしい・・・しかし、それは斬るものではなく突くものじゃ。全く…頭が悪いから言葉のやり取りで愉しむ事は出来ぬの。実に残念じゃあ。」
ラフェールは心底残念そうに呟いていた。
「要件を早く言ってくれ。朝から疲れる。」
ムタロウは全身紫色の服装をした銀髪のオランウータンに股間を触られ、しかも反応してしまった事に苛立つも、分が悪かったので、話題を変えた。
ラフェールと口論をしてもほぼ100%卑猥な行為を想起させる返事しか来たためしがなく、ラフェールに対して本気になった時点で負けである事を思い起こしたのであった。
「おう、そうじゃった。詳しい話は依頼主の所に行ってからなのじゃ。」
ラフェールは膨らんだムタロウの股間を凝視しながら答えた。
「おい…依頼内容も知らずによくもまあ、デカい話と言ってきたな。ほんと毎回毎回いい加減な奴だ。」
実際、ラフェールがでかい仕事と言われて話を聞きに行くと話が全然違っていたというケースは幾度となくあったのだが、さりとて、先刻のラフェールの指摘通り、この老婆による仕事の紹介が無い限り、生活資金の調達が出来ない事実をムタロウは常日頃苦々しく思っていた。
「(もう少しこいつに仕事の目利きあって、下品でなければ…)」
ムタロウはこの残念な老婆に、せめてこれだけは…と思ったが、そんな事を考える事自体が無駄であるし、無いものねだりはストレスの元と自らを叱っていた。
「依頼主はこの町の代表者であるコンジローどのからじゃ。」
「あ? あの都会かぶれの感じの悪いオヤジか?」
「そうじゃ。依頼内容が人に知られたくないものらしく、口が堅くてかつ、腕が立つ人を紹介してくれと話があったのじゃ。それで、でお前さんの所に来たというわけじゃよ。光栄じゃろ?」
「ハイハイ。光栄、光栄。」
ムタロウは適当な相槌を打ちながらも、コンジローの依頼内容について考えていた。
通常、冒険者への依頼はシュラク亭の掲示板を通じて行うものであったが、掛かる方法を取らず、そして人に知られたくない依頼内容となると、少なくとも簡単な話ではないと考えた。
シュラク亭の依頼を請ける事もあったが、シュラク亭の依頼の大半は逃げた犬の捜索や、草むしり、どぶ攫いなど報酬が少ない割に骨が折れる仕事であったため、依頼内容と報酬のバランスから先日の豚種狩りの様な治安維持に関する依頼を請ける事がもっぱらであった。
掛かる依頼を請けるには、然るべきルートから話を受ける必要があり、そのルートをラフェールが有しているのであった。
そんなラフェールは、粘っこい視線をムタロウの膨らんだ股間に向けていたが、見ているだけでは我慢が出来なくなってきたのか、じりじりと距離を縮めていった。
ムタロウは、そんなラフェールの怪しい挙動を敢えて無視し、着替えを続けていた。
ムタロウの着替えが終わった時、ラフェールの顔はムタロウの股間から10センチ程の至近距離にあった。
ラフェールの荒くなった鼻息が、ムタロウの膨らみに当たっていた。
「おい、婆ぁ!さっさとコンジローの所に連れていけ!」
あと少し着替えが遅れたら、顔にめり込んでいたなと、何とか股間の危機を脱することが出来たことに心底ほっとし、ムタロウは勢いよく玄関に向かっていった。