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悪党狩り  作者: 伊藤イクヒロ
29/86

狩り前夜

「(何故こんなことになっているのか…)」


コンジローは未だ自身が反社組織に拉致され、縁もゆかりもないノーブクロで差別主義者と糾弾を受けている状況が理解できなかった。

ブクロの豚種殺害はムタロウが勝手にやったことで自分は関係ない。

そもそも自分は娘のクゥーリィーの救出を依頼しただけだ。

何故、こんな目に遭わなければならないのか、腸が煮えくり返る思いであった。


「コンジロー・イマラ、お前はブクロで起きた豚種の大量殺害事件の首謀者であるにもかかわらず、表ではブクロの代表者としてナメルス王の種族平等の考えに賛同する事を声高に叫んでいた。」


「私はブクロの豚種大量殺害事件には関与していない!」


「しかし、貴様は捜査の網が自分に近づいてきたと感じると、ブクロの代表者という重要な職を辞し、そして、この差別とは無縁の町、ノーブクロに入り込み我々の同胞を殺害した。」


「だから私はお前らのいう話には一切関係ないと何度言えばわかるのだ!」


ズールはコンジローの反論を悉く無視して話を進めた。


「その殺害方法は凄惨であり、死んだ者たちは手足を切断され身動きが取れない状況で近づく死の恐怖と、四肢を切断された事による痛みに苦悶しながら死んでいった。命を奪う行為に変わりはないが、まだやりようがあるだろう!」


ズールの演説は特に同胞である豚種の心に深く刺さった。

自分の普段の振る舞いの為に皆から嫌われているにも関わらず、自分たちは差別されていると駄々っ子の様に喚き散らし、自身の要求が通すためには手段を問わない彼らが、不当な差別によって同胞が惨殺されたと想像し、勝手に激高していた。


「謝罪と賠償をしたのちに八つ裂にしろ!」


「それだけで済むか!謝罪した処で1000年は許さない!」


「同胞がどんな思いで死んでいったか…それを思うとこいつには死んでもらうしかない!」


聴衆…といっても騒いでいるのは豚種であるが…がヒートアップしているのを見て、ズールは手のひらで制止するポーズを取って聴衆を制した。


「お前らの気持ちは痛い程分かる。俺も目の前にいるこの差別主義者を今すぐ叩き斬ってしまいたい!」


ズールは演説を途中で切って、大袈裟にコンジローを睨みつけた。

そして、再度聴衆に向き直り


「だが、俺たちがこの差別主義者と同じ様に感情に任せて私刑に走ってはいけない!仮にも俺たちはナメルス王のもとに法に従って生きている文明人である。差別主義者と同じ立場に立ってはならん。」


ズールのこの言葉をきっかけに場は再び怒号が飛び交い始め収拾がつかなくなっていた。

豚種は基本的に感情の制御というものが苦手であり、その行動様式は極めて短絡的である。

私刑は駄目だと言われ、自らの内に湧き出たストレスを処理できず、失神している者もいた。


「ではどうするんだ!」


「この差別主義者を赦すのか?」


「同胞の無念はどうなるのだ!無駄死にではないか!!」


怒りでヒートアップする豚種共の怒号が一瞬途切れたタイミングを見てズールは再び大声で語りかけた。


「そこでだ!俺はこの差別主義者に対し法の下での処遇を決めようと、矯正委員会の最高幹部であるキュア・ビーティー殿にきていただき、この罪深い差別主義者の処遇をどうしたらいいか、決めて貰う事にした!」


ズールのこの一言で、怒りの渦のさなかにあった豚種たちは怒声を浴びせるのを止め、ざわついた。

彼ら豚種にとって、矯正委員会は自分たちの身分と安全を保障してくれる力強い政府機関であり、キュア・ビーティーは同委員会の最高幹部の一人として知らないものはいなかった。

そのキュアがここにいるという驚きと、彼女と直接やり取りが出来るズールと矯正委員会の関係の深さに豚種は無論のこと、この一連のやり取りを冷ややかに見てい人間族や他の獣人族も驚きを禁じ得なかった。


「それではキュアどの、ご裁定をお願いします!」


ズールが促すと簡易舞台の階段をすたすたとベリーショートの小太りの中年女性が昇ってきた。容姿は美貌からは程遠く、各パーツの一つ一つが大きく、粗雑な顔立ちであった。

権力者に恃み、表では平和・平等と公言しながら裏では反社やマスコミを使って、敵対者を排除する卑しさが顔に染みついていた。

「矯正委員会役員のキュア・ビーティーです!私は委員会役員としてあなたたちがこれまで受けてきた不当な差別を無くそうと戦ってきたんやけど、なかなか良くならへん!

今回の件も話を聞いて、私は情けなくて悔しくて涙がでたってん。」


立て板に水とはこのことかと思う程に、キュアの弁舌は滑らかであり、聴衆に語り掛ける馴れ馴れしい言葉遣いはまともな人ならばげんなりしてしまう胡散臭さであった。

しかし、愚かな豚種はキュアの言葉に感じ入り、キュアの次の言葉に期待していた。


「私は憎しみの連鎖はあかんと思ってん。せやから、この差別主義者が多数の殺人を犯していたとしても、死で返したらあかんと思うとる。」


豚種の期待していた内容と違う言葉が出て来た事に豚種はざわついた。


「私は、差別主義者に反省をしてやり直しを与える機会を与えるべきやと思う。せやけど、差別主義者から弱い者の心の痛みをちゃんと分かって貰わんとあかんと思っとる。」


そうキュアが言い、ズールの配下組員に目配せすると、下で待機していた組員が、恭しく彫金が施された木箱を持ってきた。

キュアは木箱を開け、木箱の中に手を入れ棒状の物体を取り出した。

それは、長さが30センチ、直径が15センチ程の張形であった。


「差別主義者には差別を受けた側の悔しさ、悲しさとという心の傷を分かって貰わないとあかん。それを知った上で初めて自らの過ちを心から反省するもんや。せやからこの差別主義者にも弱きものが受けてきた辛さを分かって貰う事で、みんな赦してもらえへんか?」


最初、キュアの発言の意図を図りかねていた豚種きょとんとしていたが、時間が経ちキュアの発言の意図を理解すると醜悪な笑みを浮かべ、そして地を鳴らすが如く歓声が噴出した。

やはりキュアの意図を理解したコンジローは真っ青になり、悲鳴を上げていた。


「やめろ!やめてくれ!!!俺が悪かった!豚の殺害に関与していたと認める!認めるからやめてくれ!頼むからやめてくれ!!!」


コンジローは涙と鼻水、そして涎を流しながら声の限り許しを求めた。

今置かれている状況が理不尽とか正義はどこだ?とか、そんなものはどうでもよかった。

これから起こる醜悪で屈辱的な劇の主役の座を降りる為になりふり構っていられなかった。

泣き叫ぶコンジローのもとに、キュアがつかつかと近寄ってきた。


「その屈辱がこれまで弱きものが受けてきた思いやで。しっかり体感してや。」


背後からズールの配下2人がやってきて、コンジローの服をはぎ取り、元から用意した材木に縄で手足を縛りつけ四つん這いの体勢にした。

キュアは張形を持ちコンジローの無様な格好を愉しんでいた。

コンジローは何とか逃げようと藻掻くが手足はがっちりと縄で固定されており、コンジローは芋虫の様に惨めに波打つだけであった。


「さ、はじめよか!」


コンジローの背後に回ったキュアがつかつかとコンジローに向かって歩いていく。


「や、や、やめろぉおおおおおお・・・・!!!」


◇◇


わたしは悪夢を見た。

父がたくさんの人の前で服を剥がされ、四つん這いにさせられ長大な棒をお尻に無理矢理入れられる夢だ。

父の泣き叫ぶ姿を初めて見た。

父の許しを請う姿を初めて見た。

私刑が終わった後の生気のない父の目を初めて見た。

3日後、父は自ら命を絶ったと聞いた。

世間の目を絶えず気にしていて、なおかつ、誇り高い人だったので、衆人環視の下であのような姿を見せてしまった事が耐えられなかったのだろう。

そのあと、ムタロウさんが私に謝ってきた。

矯正委員会と竜門会が報復してきたのだろうと言っていた。

そう、父は何も悪くない。

ただ、私たちの行動のとばっちりを受けただけだ。


父と私の関係性は普通の親子関係と比べると遥かに希薄だったと思う。

父は仕事で毎日帰りが遅かったし、そもそも私に対して興味もなく、物心ついた時には、父という存在は家族の生活費を稼いでくれる人という印象でしかなかった。


そのせいだろうか?


あの日、父が理不尽極まりない私刑を受けていた時、父を助けようという気は起きなかった。

ただ、あの場に居てヒートアップしていた豚とそれを煽っていた矯正委員会の女と竜門会の男に生理的嫌悪感を持っただけだった。

それなのに時間が経つにつれて、父が泣きながらなりふり構わず助けを求める姿がふとした時に頭の中で蘇り、その度に私はひどく動揺した。

なぜ、あの人はあんな目に遭わなければならないのだろうと考えていると、何故か涙が零れた。

暫く涙を流していると涙は枯れ、胸の内にどす黒い感情がこみあげてきた。

先刻、父との関係は希薄と言ったが、多分それでもわたしは父が好きで、ブクロの代表者であった父を誇りに思っていたのだろう。

そんな父を、あのような形で辱め、自死に至るまで追い込んだ矯正委員会のあの女、竜門会の禿げ、そして豚共…あいつらは制裁を受けないといけないという気持ちが沸き起こっていた。

何とか抑え込もうと努力したが、ダメだった。


わたしは、あいつらを心底殺したいと思っている。

あの悪党どもは殺さないといけないと思っている。


あの場で父を嗤った豚共、竜門会のズール、矯正委員会の女…こいつらは全員狩る事にした。

ただでは殺さない。

父と同じように徹底的に辱めた上で苦しみながら死ぬようにしてやる。

私は今日から、あの悪党を狩る「悪党狩り」になってやる。







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