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悪党狩り  作者: 伊藤イクヒロ
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見せしめ

ノーブクロの裏社会で何かあったらしい。


ノーブクロの住民達からこのような噂話がちらほら聞こえてきたのは5月なかばの頃だった。

とある日の夜、10人程の人間族と豚種の集団が怒声を浴びせながら誰かを追い立てている様子を多数の住民が目撃していた。

目撃者はこの集団が「この差別主義者が!」と怒鳴っていたと証言しており、その話を聞いた町の人々は、矯正委員会から依頼を受けた竜門会が逃げている者に嫌がらせの追い込みを掛けているのだろうと口にしていた。


ところが、翌朝、灰竜討伐帰りの冒険者がノーブクロ手前の平原で多数の人間族と豚種の死体が転がっているのを発見してから刀傷沙汰には慣れっこであるノーブクロの住民もただ事ではないとざわついたのである。

死体は両手両脚を切断されたまま放置され、出血多量で死んだものと思われた。

死体の顔は苦悶と恐怖の表情で固まっており、苦痛でもがき、苦しみながら命を落としていったと容易に想像できた。


「竜門会のチンピラが纏めて殺されたみたいだな。」


「いい気味だ。あいつら、酒場でも飯場でもうるさくて本当にうっとおしかったんだ。」


「おい、聞いたか?ブクロの豚種や、ナマナカ峠の強盗団の殺され方と同じらしいぞ。」


「マジか!ひょっとして今回の件も、同じ奴がやったのかもしれないな。」


町人達の間では、町のチンピラを纏めて一掃した者は一体どういう目的で殺しをしているのかに興味が集まっていた。


◇◇


「一体どうなってるんだ!」


怒鳴り声と、テーブルが蹴飛ばされてひっくり返る音が、竜門会の事務所内で響いていた。

怒鳴り声の主は竜門会会長のズール・ムツケだった。


「俺はお前らに狩りの時間だと言った筈だ。」


ズールは集まった組幹部を一人一人睨みつけながら見回した。

怒りで禿げ頭の天辺まで紅潮し、血管が浮き出ていた。


「なんで俺たちが狩られているんだ!」


ズールは、極限までたまったフラストレーションを爆発させ、喚き、周囲の物を蹴ったり、物を投げつけたりし怒りが落ち着くまで半狂乱で暴れていた。

幹部はどうしたらよいのか分からず、会長の狂乱の様子を只々見ているだけであった。


「どうしたんや?ズール?」


人を不快にさせる甲高い下品な女の声が部屋中に響き渡った。


「姐さん!」


「会長を落ち着かせてください!姐さんだけが頼りなんです!!」


暴力で一般人を威圧する位しか取り柄の無い組員が、情けない声で部屋に入ってきた女にすがっていた。

キュア・ビーティーだった。


「ズール、もうその辺りでええやろ?組員の皆さんが怯え切っとるやないの。」


ズールはキュアの声を耳にして、動きを止めた。

怒りを抑えようと、努力している様で肩で息をして何とか怒りの高ぶりを鎮めよう試みているようだった。


「ズール、相手は数に恃んでどうにかなる相手やないで。もう少し頭を使っていかなあかん。」


キュアはいつの間にかズールの懐に入り込み、体重をズールに預け甘えた。


「…どうしたらいい?」


キュアの体重と体臭を感じ、漸く落ち着きを取り戻したズールはキュアに助言を求めた。

ズールにとってムタロウの捕縛はキュアからの依頼事ではなく、竜門会のメンツの問題になっていた。

たった1人の人間に、自分の子飼いの手下10人が惨殺されたのだ。

ここでムタロウを見せしめで殺しておかないと自分の暴力によって作り上げてきた威信が揺らぐと内心焦っていた。


「ムタロウの連れに赤髪の女がおったやろ?アレはブクロの代表者であるコンジローの娘や。アレをやな…。」


キュアの話を聞いているうちにズールの憤怒の表情は落ち着きを見せ始め、話が終わる頃には満面の笑みを浮かべていた。


◇◇


8月のある日、ラフェールとクゥーリィーは夕飯の食材を買いに商店街を歩いていた。

クゥーリィーは初等魔導学校の課程を6月の段階で全て修了し7月から中等魔導学校に編入していた。

1年前にブクロを出た時は、種火係として枯草に着火をしていたのだが、今や立派な火魔導師であった。


「うちらと旅を始めてから丁度1年になるし、たまにはわしがお祝いのごちそうでも作ろうかのぅ。」


ラフェールはクゥーリィーといる時は本当に娘思いの普通の老婆であった。


「ほんとですか?ていうか、ラフェールは料理出来るんだ?初めて聞いた。」


「ひひ、わしは秘密の多い女だからのぅ。ムタロウもわしの事は知らないことが多いぞ。」


ラフェールが意味深な物言いをしてきたので、クゥーリィーは少し引っかかった。


「それは、どういう…」


クゥーリィーがラフェールの物言いについて意図を聞こうとしたその時----。


「町の者よ!聞くがよい!」


よく通る高い男の声が響き渡った。

何事だと、商店街を行き交う人々の足も止まった。

いつの間にか、可搬式の台が商店街の通りに置かれ、そこに、でっぷりとした禿げ頭の男が台に立ち、町の人々を見下ろしていた。


「あれ、竜門会のズールじゃね?」


「ええ・・・あっ、ほんとだ!」


竜門会の会長であるズールは、ノーブクロの町では有名ではあったが裏社会の住民であるため表立って町で演説ぶるなどとは、誰も想像だにしておらず通行人は皆面食らっていた。


「ひと月ほど前にあった、豚種の惨殺事件をお前らも知っているかと思うが…俺たち竜門会は矯正委員会よりブクロから俺たちの町に逃げてきた差別主義者の捕縛を依頼されていた。」


人々はズールの言葉を聞いてざわついていた。

矯正員会と竜門会が繋がっているという噂はあったが、まさか本人が委員会との関係性を認めるとは思ってもいなかったのだ。


「察しはついたと思うが、あの殺された奴らは、わが竜門会の仲間である!」


話を聞いていた住民は再度驚きでざわついた。


「しかし、俺たちとしては仲間を殺されたまま泣き寝入りは決してしない。泣き寝入りはありえない!

だから、このため、仲間の仇打ちを果たすために犯人を血眼になって探した!」


「そして!俺たちは犯人をようやく見つけ、捕縛した。」


ズールの発言の中でも最も大きな住民の反応はこの日、最大の興奮に包まれた。

ラフェールとクゥーリィーもまた、同様に驚いていた。

ムタロウが捕まったのか?と。


「俺はこの犯人を絶対に許さない!死んだ仲間と同じように苦しみを最大限与えたい!」


そう言うとズールは顔に麻袋を被せられた男を壇上に引き上げ、被せていた麻袋を取り払った。


「なんと…!!!」


ラフェールが心底驚いた様子で口を開けっ放しであった。


「お、お父さま…」


ズールに引き上げられた男は、クゥーリィーの父であるコンジローだった。

なぜブクロにいるコンジローがノーブクロに居るのか?

クゥーリィーは状況が全く理解できなかったが、チンピラに囲まれ、ぐったりうなだれているコンジローの姿を見て、少なくともこれが現実であるという事を嫌でも認めざるを得なかった。


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