キュア
前の話は早く書きたいという気持ちが先行して、後から読んだら誤字脱字だらけ、表現が脳みそについていけてなくてひど過ぎたので、かなり直しました。
ちゃんと推敲しないといけませんね。
「君も本当に大変だったんだね…。」
ムニューチンはムタロウの話を聞いてこれまでのムタロウの苦労を労った。
「確かに、僕たちのような転移者は身の回りの世界の激変と、この世界の命に対する軽さを目の当たりにして少なからず動揺してしまう。その動揺を利用して転移者を食い物にしている奴を僕は何人も見てきたよ。」
そう語るムニューチンの表情は暗く、食い物にされた転移者がどういう結末を迎えたのか想像できた。
「しかし、何度聞いてもお前さんが呪いを掛けられる下りの話は理不尽じゃのぅ。」
ラフェールは嘆息をつきながらムタロウに同情の目を向けた。
「俺も軽率だった。こうなったのも己の甘さが招いた事なので、彼女たちに恨みはない。」
ムタロウも嘆息をついた。
「ただ、この痒みだけは何とかしたい。そのために10年間、血眼になって医師の転移者を探してきた。」
ムタロウはそう言い終えるとムニューチンに身体を向けた。
「先生。デルンデスから聞いたのだが、先生は体内に入った細菌を殺すためにカビを培養しているそうじゃないか。それは、つまりは抗生物質を作ろうとしているという事だよな。」
ムタロウは真剣な眼差しでデルンデスに問うた。
ムニューチンは、一瞬目を大きく見開き、しばらく何かを考えてから、大きく息を吸って吐き出すように話し始めた。
「ムタロウ君の察しの通り、僕は今、青かびを大量に培養してペニシリンを作ろうと考えていた。このペニシリンが大量に生産できれば、魔物に襲われて怪我を負ったノーブクロの住民達の命をもっと救えると思っているんだ。おそらく、君の病気も治ると思う。」
ムニューチンの発言を聞いて10年来探し続けてきた希望をとうとう見つけたという嬉しさで顔が紅潮していた。
そんなムタロウの反応とは逆に、ムニューチンは淡々と言葉をつづけた。
「でもね、そうは簡単にはいかないんだ。ノーブクロは知っての通り標高が高くて冷涼な気候なのでカビを大量に培養するには向いていないんだよ。君も転移者ならば知ってると思うが、カビは温度と湿度が高い環境を好むからね…。」
ムタロウはムニューチンの言葉を聞いて、彼が言わんとしている事を理解した。
ペニシリンは青かびを大量に培養する必要がある。
この青かびが発生した培養液に溶け込んでいるペニシリンを活性炭に吸着させ、最後に酢などの酸性液で洗い流して取り出したものがペニシリンなのだが、ペニシリンを生成する青かびを効率よく大量に培養するにはノーブクロは気温が低すぎるとムニューチンは言ってたのだった。
湿度は何とかなるが、問題は温度である。
10日間程一定の温度を維持し続けるという事は、火の管理や燃料供給の問題も相まってなかなかに難しい問題であった。
ムタロウとムニューチンはペニシリンを生成する上での課題について議論したのだが、青かびの大量製造を進める上で最も高いハードルは温度管理である事を確認し、その日は終わった。
その夜、ムタロウはラフェールと昼間のムニューチンとの会話の内容について話し合っていた。
「カビなんてのは、基本ある程度の温度と湿度があればどこでも生えるものなのだが、大量に効率よくというのが肝で、ちょっとジトジトしていて不快だなと思う気温と湿度が奴らには最適なんだよ。」
「それならば火魔導で温度管理すればいいんじゃないかのぅ?」
「いや、火魔導で温度管理となると例えばクゥーリィーにカビを培養している部屋の隣か部屋の中で火線を出しっぱなしにして部屋を10日間温め続けるという事が必要になるので無理がある。」
「私もカビがたくさん生えている部屋で10日も引き籠るのは嫌です。」
「…なので、魔導や火を使わずに、発熱するモノがあればいいのだが…。油を燃料として使って火を焚き続けるのが確実なのだが、油は高いのでムニューチン個人の経済力で10日分の油を買うのは無理だろう。」
3人は黙り込んでしまった。
魔導や火を使わずに発熱する物質は、この世の中に一つを除いてなかった。
それを入手することは、3人にとって極めて難度の高い危険な事であった。
「やはり、アレしかないか…。」
意を決したようにムタロウが口を開いた。
「アレしかないのはわしも理解は出来るが、入手法については本当に慎重に考えるべきじゃな。」
ラフェールも、入手法は兎も角、それしかないという顔をしている。
「あの話って、やっぱり本当の話なのですか?赤竜のうろこ。」
クゥーリィーが二人に質問してきた。
「ああ、本当だ。しかし、どうやって無事に入手できるのか方法が全く思いつかない。」
ムタロウが溜息交じりにクゥーリィーの質問に答えた。
◇◇
ノーブクロの中心から西に外れた高級住宅街のひときわ豪奢な石造りの屋敷の一室で、女の嬌声が聞こえてきた。
「負けへん…あっ!ま、負けへんんんっ」
女は元々の地声が大きいせいか、行為に営んでいる声も気合を入れている様に聞こえ、その声を聞けば大抵の人が不快な気分になるだみ声だった。
相手の男は、髪の毛も眉毛も生えておらず、体重は100キロ近くある巨漢であった。
背中にはびっしりと赤竜の刺青が彫られており、堅気でないことを背中で雄弁に語っていた。
男は、女の秘部に中指を当てその風貌からは想像できない程に小刻みに肘から先を動かしていた。
女の絶頂が近づいてきた時、男は手を動かすのを止め、ごそごそのベッドの脇に置いてあった革袋から30センチ超の張形を取り出し、ずぶりと女の中に挿れた。
「あぁああぁ、負けへんッ…負けへんッッ!…へこたれへんッッ!!!」
女は屋敷の外まで聞こえる位の大声で絶叫ながら絶頂を迎え、ぐったりした。
独特の言葉使い、声量を担保する特徴的な口の大きさ。そして、ベリーショートの中年女。
矯正委員会のキュア・ビーティであった。
「相変わらず、イク時の絶叫は鼓膜が破れる程の絶叫だなァ、キュア!」
男はキュアの騒音と言って差し支えない絶頂を迎えた喘ぎ声すらもとても愛しく思っていた。
「こんな大きな声になってしまうンは、ノーブクロのお父ちゃん、ズールが上手いからやで。」
キュアはそう言うと、ズールという男の胸に顔を着けて甘えた。
ズールは、そんなキュアの振る舞いを見てとても愛おしいと思い、両手で抱きしめていた。
ズールはキュアの能力によって完全に骨抜きにされていた。
キュアの能力、「魅了」は対象となる異性が能力者に強制的に惚れてしまうというものであった。
キュアは、ムタロウ捕縛の任を受けた日に直ちにノーブクロに向かい、ノーブクロを締める反社組織「竜門会」の頭であるズール・ムツゲを彼女の魅了を使って愛の奴隷にしたのであった。
狙いは、この反社組織の構成員全員を使ってムタロウ一味を捕縛する事であった。
「ねえ、お父ちゃん。頼みがあんねん。」
お世辞にも綺麗とは言えないだみ声で甘えてくる様は、余程の好事家でない限りは嫌悪感しか湧かない地獄の光景であったが、愛の奴隷と化したズールにとって、キュアのそれは、愛の女神そのものであった。
「なんだ?頼みってのは?」
「あのな、この町にムタロウって冒険者がおんねん。でな、こいつを捕まえたいんや。別に生きてなくてもええねん。ムタロウと分かればええねん。お父ちゃんの力でなんとかならへん?」
キュアは、転移者だった。
元の世界では活動家だった。
元の世界でも、表では上滑りな正論を述べながら、裏では他人を唆し邪魔となる者を排除してきた。
そうやって元の世界で好き放題裏の権力を使って私利私欲を貪った結果、深夜、町を歩いていた所を対立する運動家に撲殺され、コンドリアン大陸に転移した。
そして、キュアは元の世界での振る舞いがどのような結果となったか自省する事もなく、強力な能力を得て再び同じことを繰り返しているのだった。
「分かった…ムタロウな。ムタロウと分かればいいんだな…。」
ズールの緩んだ顔が、凶暴な人相に変貌していた。
恐らくは、これが本来のズールの顔なのだろう。
「頼んだで!お父ちゃんだけが頼りなんや!」
キュアは能力を使って人を唆し、人を不幸に陥れる事に悦びを感じるようになっていた。
「(ミーズゥが失敗したムタロウ捕縛が上手くいけばレンポゥに次ぐ矯正委員会序列ナンバー3になる事も現実となる。そのためにもムタロウ一味は私の踏み台になってもらわんとな。)」
キュアは再度ズールの胸に顔を埋めながら、近い未来の自身の出世を思い描き、ほくそ笑むのだった。




