イーブクロ2日目②
歴代校長の肖像画が並ぶイーブクロ初等魔導学校の校長室は、様々な粒子が入り混じっていた。
突如学校に押し掛けてきた怪しい冒険者に対する嫌悪と猜疑。
見られているだけで、下半身が不安になる圧。
そして、わずかに滲み出る喜びと安心。
教頭のシコタは、眼鏡を外し手で顔を拭ってから眼鏡を掛けなおした。
「では、クゥーリィー・イマラの編入試験を始めたいと思います。よろしいですか?校長」
「はい。お願いします。」
「では、皆さん…私についてきてください。」
シコタは、腰を上げ、校長室を出ていった。
ムタロウ達も後に続いた。
校長のシャセーリと、シコタ、そしてムタロウ達は、校舎前の運動場に出た。
ムタロウ達に気付いた子供たちが駆け寄ってきた。
無自覚な言葉の暴力が流れてきた。
「あのおじさんと婆さん、怪しいね。」
「あの子の服、皺と染みだらけで汚いね。」
子供たちの声を聞き、シコタの眼鏡に嘲りの光が鈍く灯った。
シコタは振り返り、クゥーリィーの顔を覗き、口元を歪めた。
シャセーリとシコタは雲梯の前に立った。
シコタは大きく身体を回転させて、ムタロウへと向き直った。
「これより、クゥーリィー・イマラの魔導適正について試験を行う!」
シコタの声は校長室でのそれとは打って変わって、明瞭で声量も大きかった。
集まってきた子供たちはざわめき、好奇の視線をクゥーリィーに向けた。
「あんな汚い女が、うちの学校に?」
「たまにいるね。貧乏人が。」
クゥーリィーが目を吊り上げて、子供たちを見た。
クゥーリィーの反応を面白がった、子供たちの声に遠慮がなくなっていた。
ムタロウは腕を組み、黙って様子を見ていた。
「では、クゥーリィー。火線を出して、この雲梯のバーの間を縫わせなさい。」
「あっ、あの…どういうことでしょうか?」
シコタは大袈裟にかぶりを振りながら手を額に当てた。
「これだから貧乏人は、頭が…。先ほど、火線を使えると言ってましたよね?」
「あっ、はい。」
「開始場所から終点まで、バーの間を縫えと言っているのです。理解しましたか?」
「は、はぁ…。」
「出来るだけ早く…だ。」
「あっ、はい…」
クゥーリィーは怪訝な顔をムタロウに向けた。
ムタロウは、小さく頷いた。
クゥーリィーは人差し指を雲梯に向ける。
人差し指の周りがちらちらと瞬き、白く光る球が浮かんだ。
「行ってください。」
かすれた音が鳴ると、球を起点とした線が雲梯のバーの間を縫った。
線は脈動を光で表現していた。
「…ええ。」
シコタは、目の前で起きた事への理解が追い付かず、言葉を失ったまま、固まっていた。
「だからなに?」
「あんなの、俺でもできるよ。」
子供たちは変わらず、煽り立てている。
ムタロウはシコタと子供たちを見回し、軽く息を吐いた。
「しょうもないのぅ…。」
ラフェールが腕を組んで隣にやってきた。
失望の粒子を目に浮かべていた。
「…こんなもんだ。」
「まぁ…そうじゃが。」
ラフェールは口への字にしながら、クゥーリィーを見た。
クゥーリィーは、シコタからの指示がないため、恐る恐るシコタの顔を見た。
「あっ、あの…火線、散らしていいですか?」
クゥーリィーに声を掛けられ、シコタは意識をこちらに戻した。
「散らす?」
シコタが雲梯に目を向けると、白色の火線は変わらず脈動していた。
「の、残っている…火線が。」
シコタは眼鏡を外し、レンズを拭き始めた。
シコタの瞳から力が抜けていた。
「わっ、分かりました。それはもういいです。次の…適正確認を行いますので付いてきてください。」
シコタは、クゥーリィーと目を合わせる事なく次の指示を出して、運動場の中心へ歩き始めた。
クゥーリィーは、雲梯を縫う火線を散らして、シコタの後を追った。
子供たちもぞろぞろと付いていった。
「…さすがに、あいつは分かったようじゃのぅ。」
ラフェールは黄色い歯を見せた。
ムタロウは、耳裏を搔きながら、線から点へと崩れていく火線を見ていた。
「…分からなかったら教職なんて辞めた方がいい。」
「…まったくじゃな。」
ムタロウとラフェールも運動場の中心へと歩いていった。
◇◇
シコタとクゥーリィーは、運動場の中心にある鋼の柱の前にいた。
柱は五本あり、それぞれに訓練で歪んだ凹凸の的が掛けられていた。
「この柱に掛かっている五本の的を同時に当てなさい。」
「えっ…あっ、はい。」
「但し…正面から直線に撃つのではなく、先ほどの雲梯を経由してから当てなさい。」
シコタの指示を聞いた子供たちが反応した。
「いや、むりでしょ。」
「あんな曲げられないって。普通。」
ムタロウは、鼻で嗤った。
ラフェールは子供たちに侮蔑の視線を送っていた。
「火線で犬を駆除していたのでしょう?嘘でなければこれくらいは、ね。」
シコタの瞳に加虐の粒子が戻っていた。
口元の歪みを隠そうとしない。
「あいつ、性格悪いのぅ…。」
「…。」
ムタロウは、ラフェールの顔を見やってから、クゥーリィーに顔を向けた。
クゥーリィーと目が合った。
クゥーリィーは微笑を浮かべると、身体を雲梯へ向け、右手を上げた。
乾いた音が五回、空に響いた。
クゥーリィーの指から放たれた白線は、粒子を切り裂く音を立てて雲梯へと直進した。
五本の白線は超高速で難なくバーを縫い、抜けると、火蟲を散らしながら、右方向に急旋回した。
白線が鋼の柱と接触すると、金属がひしゃげる音と閃光が起きた。
閃光のち、白線は火蟲と火花を放射状に開花させた。
遅れて、鼻腔に刺さる臭いをまき散らしていた。
飛び散った火蟲と火花に思わず身を引く者もいた。
その場は一瞬、ざわめきに包まれた。
一部始終を見ていたラフェールは、腹に両手を当てて、屈みこんでいた。
ムタロウは腕を組んで様子を見ていた。
「いや、凄いですね。クゥーリィーさん。」
声の方向にムタロウが顔を向けると、シャセーリが手を挙げながら近寄ってきた。
「火蟲の制御に火線の威力…独学でここまでやるとは。」
「…生きるために、必死だったからな。」
「白色の火線なんて、良いものを見させて貰いました。」
「…。」
「ところで、あの子は火線の色を変えられるのですか?」
「…一度、感情を昂らせて青白くなったことはある。」
「…なるほど。そういうことですか。」
「…ああ、そういうことだ。」
ムタロウとシャセーリは、運動場で尻もちをついているシコタを見ていた。
「独学では、頭打ちになりますな。」
「…ああ、その辺りをお願いしたいと思っている。」
「一年あれば、かなりのところに行けますね。」
「三か月で頼む。」
「無理を言いますな…まぁ、やってみましょう。」
シャセーリは歯を見せて笑い、右手を差し出した。
「…頼む。」
ムタロウも右手を出した。
「…しかし、あの子も驚きですが、人を壊せる治癒師がいるとは。」
シャセーリはラフェールを見た。
ラフェールは顎が外れるかと思うほどに大口を開けて欠伸をしていた。
「…あれは、規格外だ。」
「そのようですな…そして、あなたも。」
「…俺は大した者ではない。」
ムタロウは、シャセーリから離れ、クゥーリィーのもとへ向かった。
19話の改稿だったのですが、どうしても書かなければならず、3回に分けて新規で起こしてしまいました。
話を進めなくて本当にすいません。




