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悪党狩り  作者: 伊藤イクヒロ
21/86

刺客②

体調崩して今日は昼間寝てました。

ムタロウ達は夕飯を食べに外食にイーブクロの郷土料理屋を訪れていた。

これまで、クゥーリィーの生活力向上のためというもっともらしい理由で自炊の毎日であったが、折角イーブクロにいるのに同地の名物料理である「ターレスの鹿肉包み」食べてないとラフェールが騒ぎ出し、急遽外食になったのである。

ターレスの鹿肉包みは、イーブクロではごく普通の家庭料理であった。

それは、ナマナカ盆地に生息するナマナカ鹿をミンチ状にし、やはりナマナカ盆地に自生しているスソシュウ草という香草を混ぜ込んだものを棒状にして焼き上げ、ターレスで包み上げたものであった。

スソシュウ草が高原の冷涼な気候でしか育たないため、イーブクロでしか食べれない料理とナメコンドでは評判であった。


「うまいのぅ!ハフ!うまいのぅ!ハフハフ」


ラフェールが素手で棒状の肉包みを掴んで歯を立てずにハフハフ食べている姿を見たクゥーリィーが同じ様に食べようとしたので、ムタロウはクゥーリィーの手をはたいて食べ方を指導したり、クゥーリィーの学校の話を聞いたりと、久しぶりの外食はそれなりに楽しいものであった。


「ところでムタロウ、気になる話をきいたのじゃが」


ターレスの肉包みを食べ終わり人心地つけたラフェールは真顔になって仲買人から聴取した情報の報告を始めた。


「デルンデスという王都に本拠地を持つ仲買人から聞いたのじゃが、ノーブクロに変わり者の医師がいるとらしいのじゃ。なんでも自分は転移者で元の世界では医者だったと言いまわっているとか。」


「ほぅ。」


ムタロウは食べかけた肉包みを更に置き、ラフェールの言葉を待った。


「その医師が言うには、魔物との戦闘で大怪我をした場合、治癒師によって表面的な治癒を施しても後日体調を崩して死に至る者が後を絶たないのは傷口から人体に入り込んだ「さいきん」というものが悪さをするのが原因だと言うのじゃ。この「さいきん」を叩くことで主に外傷を治す治療師と人体の内部を治す医師と補完関係を結べるとの事らしいのじゃ。」


ラフェールの言葉はムタロウがこの世界に転移してからずっと悩まされてきた呪いを解き放つ希望を彼の心にもたらした。


「ラフェール、そのデルンデスという仲買人は何処にいるんだ。もっと詳しく話を聞きたい。何処にいる?

すぐ行こう!今いま行こう!!」


ムタロウの剣幕にラフェールとクゥーリィーは驚き、思わず顔を見合わせていた。


◇◇


この世界に来る前、俺は大阪に事務所を構えるインフラ系の会社でサラリーマンだった。

新入社員の時から20年間勤務していた東京のオフィスから大阪に異動してから5年経っていた。

大阪で働いていた5年間、上司からの苛めを受けて鬱になり休職したり、後輩社員がいつの間にか俺の上司になったりと、まあ色々あったが東京に較べ大阪の方が遥かに生活しやすい事もあって、俺はそれなりに大阪での生活を楽しんでいた。


ある日、得意先の課長に夜の誘いを受け、船場の居酒屋で酒を飲んでいた。

会社の話や妻や子供の話をしていたら、思いのほか話が盛り上がってしまい気付いたら終電が終わっている時間になっていた。

仕方ないのでタクシーで帰ろうと店を出て歩き始めると、目の前の景色がぐるぐると廻りはじめ、気付いたら地面にひっくり返っていた。

飲み過ぎたらしい。

これはいかんと、立ち上がったらそのまま前転してしまい再び地面にひっくり返り大の字になっていた。

地面はひんやりとしいて大変気持ち良く、家に帰らなければという思いが急速に薄れてきた。

そして急激に襲ってきた睡魔に身を委ね、目をつぶった。


目が覚めると、そこは見慣れた船場の街並みではなく、辺り一面、何も無いだだっ広い平地だった。

目の前の状況に頭の処理が全く追い付かず、とりあえず今何時かとスマホを取り出そうと鞄を探したが、スマホが無い。しかも、着ている服がスーツではなく、見慣れない薄汚れた布の服だった。


とにかく、ここは船場でないようだった。

先ずは落ち着け。俺が今持っている所持品は何か確認しなければと考え、身の回りを見渡すと、手元に薄汚れた革袋が落ちている。

袋の中を漁ると見た事もない硬貨や、青果市場で漂う半分熟れた果物の様な臭いのする小麦粉の塊のようなものが入っていただけであった。

恐らく食い物なのだろうが、如何にも不味そうであった。

恐る恐る立ち上がってみると、右腰が重かったので視線を腰に落とすと剣がぶら下がっていた。

剣…??

なんで剣が腰にあるの?

ていうか、剣をぶら下げて歩くような危険な場所なの?


今度は恐怖で思考がまとまらなくなった。

おいおい、どうなっちまってんだ。

色々やばい状況なんじゃないか?

俺はこの期に及んでも間抜けにも革袋の中や服廻り、周辺の地面とスマホを探していた。

時間を見るためだった。

当然、そんなものはなかった。


うわ、やばい…これは詰んだ。


俺がこの世界…コンドリアン大陸に転移した事を始めて認識して最初に浮かんだ思考であった。


◇◇


ラフェールとクゥーリィーは明日、デルンデスに会って詳しい話を聞こうと興奮しているムタロウを宥め、帰宅の途についていた。

イーブクロは北東の岩から染み出す湧水を起点として町が展開されており、源流付近にポーション製造所が集まっている薬造区、中流域が飲食店や仲買人の宿泊施設が集まる商業区、源流から最も離れた東南部が居住区となっていた。

源流の湧水は途中で東と西南方向に別れ町の中を流れており、この川に沿って先に述べた各エリアが構成されていた。

ムタロウ達は、そのうちの東に流れる川沿いの道を歩いていた。

当たり前だが街灯など無いので夜道は明かりは月明りと星明りが頼りであったが、その日は生憎昼間から曇天模様でこれらの光もあてにならず、辺りは真っ暗であった。

興奮しているムタロウを宥めるのに結構な時間を要した事もあって夜も更けており、川沿いの道は人の気配がなかった。

クゥーリィーも疲れ切っており、半分意識を失いながら歩いていた。


「ラフェール、クゥーリィー、これから2つ数えたら、商業区まで走れ。」


突然ムタロウが低い声で2人に指示を出した。

ラフェールはムタロウの声の調子で状況を察し、クゥーリィーはムタロウの表情を見てただ事ではないと理解していた。


「1…2…ッ!」


二人が回れ右して後方に全力で走り始めた時、ムタロウは剣を抜いて前方に走っていた。

2秒前までムタロウが立っていた所に左右両方から2本の火線(ファイアービーム)が刺さり爆せた。

ムタロウは後方の状況を無視して、火線(ファイアービーム)を放った者の影を見出し、突きをいれた。

しかし、影は攻撃を予測していたかの如く軽々と後方に避け更に火線(ファイアービーム)を正面に2本放った。

突きをいれた勢いがまだ落ちていないムタロウは、正面からくる火線(ファイアービーム)を避ける事が出来ない。

影は勝利を確信していた。


じゅっ。


しかし、火線(ファイアービーム)で顔を貫かれる筈だったムタロウが顔面に着弾する寸前に身体を僅かに右に傾け2本の火線(ファイアービーム)を避けると同時、身体を左回転させ火線(ファイアービーム)の先端を剣で斬っていた。

そして回転して火蟲を斬った勢いで影に向かって右上から斬り付けた。


「!!」


ぶしゅっと影の右肩から血が噴き出ていた。

影の表情は先刻の余裕の雰囲気が消え、驚きと焦りの空気がにじみ出ていた。


「左右の火線(ファイアービーム)で先制してからの正面への火線(ファイアービーム)か、連続攻撃としてはなかなかだった。」


ムタロウは間を取るために敢えて影の攻撃を評した。

実際、未来視(命の選択)の発動が無ければ確実にムタロウは火線の餌食になっていた。

影が攻撃に入る5秒前に火線(ファイアービーム)による攻撃を視ていた為に初撃は余裕を以て躱せたが、ラフェール達が後方に走りした直後に再度未来視(命の選択)が発動してしまい、2撃目はギリギリのところで回避したのであった。

この短時間に2回ムタロウに命の危機が訪れていた事を意味していた。

手練れであった。


「驚いた。吾の攻撃を避け、しかも反撃を加えてくるとはな。見事と言うほかない。」


影がムタロウの論評に対して答えた時、雲の切れ目から月が顔を出し、影の顔を照らし始めていた。

髪の毛は漆を塗ったように深い黒髪であり、肌の色は病的に白い。

目は金色に輝き、瞳孔はアーモンド形をしている。


「魔人族か。何の用だ?」


ムタロウは、敵の様子を観察する為に直ちに攻撃には移らず、敵に対し呼び掛けを続けた。


「ふん。お前達を確保しろという依頼を請けてな。確保の方法について指示はなかったので、殺してから運んで行こうと思っていた訳なのだよ。」


「矯正委員会の連中か?」


「さあなァ。」


「最後に…お前の名前を聞こうか。」


ムタロウは目の前の魔人族が矯正委員会から派遣された刺客であると確信し、この魔人族を殺す事とした。



「テカール・イヴ…お前等を殺す魔人族の名だァァァ!」


テカールは己の名を名乗るや否や左手の5本の指に火線(ファイアービーム)を灯しながらムタロウに飛び掛かった。

同時に、右手から火線(ファイアービーム)を2本放った。

殺意のこもった必殺の火線(ファイアービーム)は獲物であるムタロウを目掛け直進していくが、ムタロウは左に跳び火線(ファイアービーム)を避けた。


「単純だなァ!人間ッッ!!」


ムタロウが跳ぶ方向を予測し、テカールは左手の指先に生やした5本の炎の刃を振り回してムタロウの身体を斬り付けた。

ムタロウは更に左に跳ぶことでテカールの攻撃を辛うじて回避し着地と同時にテカールの左手首を斬り落とした。


「くッ…」


テカールは斬り落とされた左手首に右手で火魔導を当て止血すると同時に斬り落とされた左手を拾ったのち、後方に跳んでムタロウから距離を取った。

ムタロウも無傷ではなく、テカールの斬撃が右上腕部を掠り、出血していた。


「普段馬鹿にしている人間に手首斬られた挙句、斬られた手首拾って距離取るとはなぁ。」


ムタロウは挑発した。

テカールの白い顔が怒りで紅潮しているのが暗闇でも分かった。


「お前の・・・名は?」


怒りを押し殺しながらテカールは問うた。

怒りを堪えるために噛みしめている歯ぎしりの音が聞こえそうな勢いであった。


「ムタロウ…ムタロウ・チカフジ…だ。」


「そうか、ムタロウ…。吾は、お前の名前と顔を覚えた。お前は今から依頼対象ではなくなった。」


テカールは言葉を発する毎に憎悪を増幅させている様に見えた。


「お前は…吾の処理対象だ…。必ず殺してやる!必ずだッ…!!」


テカールが増幅された憎悪を爆発させた時、テカールの目に映る風景が90度縦に反転した。

同時に、テカールの両脚膝下に激痛が走っていた。

テカールは自らの脚に視線を移すと膝から下は何もなく、そしてテカールは地べたに這いつくばっていた。


「で、いつ殺すンだ?」


テカールは、自らが陥っている今の状況を信じられないという表情で、目だけを声のした方向に動かした。

月夜に照らされたムタロウはテカールにとって月夜に降臨する死神そのものであった。


「処理出来なくて残念だが俺は一期一会という言葉が好きでな。まあ、ゆっくり死ね。」


ムタロウはテカールの両腕を斬り落とし、所謂達磨にすると魔人族の回復力の高さを警戒して致命傷にならないよう急所を外しながら背中を6回刺した。

更に念のため魔導詠唱が出来ぬよう舌を斬り落とした上で蹴飛ばして川に捨てた。


「今回は差別差別と言わなかったな…豚よりは幾分マシという事か。」


川に流されていくテカールを見て一言感想を述べたのち、ムタロウは部屋に戻っていくのであった。




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