この世界
追記・修正をしました。
男は何かに耐えている事を眉間に皺を寄せる事で表現しながら、町に入っていった。
小さな町だった。
町はブクロと呼ばれていた。
人口は1,000人程度。
種族構成は人間族が約8割程度であり、残りは獣人族を占めていた。
主な産業は一次産業であり、人間族の大半が農業に従事していた。
所謂、辺境の田舎町であった。
そんな田舎町で唯一の商店街に男は向かっていた。
男は身長170㎝程。
年齢は30前後。
右腰に古びた剣を下げていた。
剣は、長年使い古されたためか、柄の部分が摩耗により艶を放っており、長年連れ添った女房の様に男の身体の一部の様になっていた。
そして、男の右手には豚族の頭が握られていた。
「おお、やったのか!ムタロウ?」
「まじか!!よくやった!」
町の人々はムタロウと呼ばれる男が持っている豚族の頭を見る度に、賞賛の声をあげた。
咎める者はいなかった。
ムタロウは、町の人々の賞賛の声を無視し、「シュラク亭」と看板が掲げられた酒場に入った。
「いらっしゃい・・・おお、ムタロウ!その豚の首は・・・あっ!」
シュラク亭のマスターと思われる小太りの男が叫んだ。
「ぶった切られる直前まで差別差別と喚いていたよ。本当に胸糞悪い。」
「たまげたなあ…確かに差別差別とうるさい奴だったが、それなりに出来る豚だったはず。ここまで綺麗に首を刈れるって…たまげたなあ。」
シュラク亭のマスターは、信じられないといった表情で何度もたまげたと呟いていた。
「たまげるのはそこまでにして、早く報酬をくれ。」
ムタロウは不機嫌そうに言い放った。
「ハイハイ。分かったよ。しかし、幾らカネを稼いでもお前のその呪いはカネじゃ解決できんよ。稼いだカネを治りもしない呪いの解除の為じゃなく、酒でも飲めばいいじゃないか。」
マスターは酒のメニューを持ち出し、それをムタロウの顔に突き出していた。
「俺のカネの使い方なんてお前には関係ないだろ。早く金を渡せ。」
ムタロウはそんなマスターの挙動に不快感をあからさまに出し、右手でメニューを払いながら、報酬を要求した。
「…たく。わかったよ。」
マスターは無駄な事を言ったという表情を隠さずにカウンターから1,000ニペス分の銀貨を渡した。
ブクロの様な辺境の町には、ナメコンド直属の警察組織は存在していなかった。
町の治安は基本、町人が組織する自警団が維持する役割を担っているが所詮は農民主体の組織であるため、人間族より遥かに力が強く、戦闘経験豊富な獣人族には一般人では到底太刀打ち出来ないというのが実情であった。
そのため、戦闘経験の豊富な「冒険者」の需要は高いのであった。
ブクロにも冒険者は20名程おり、ムタロウもそういった冒険者の一人であった。
冒険者はムタロウの様に凶悪犯の討伐や、農場に現れる魔物の駆除をする者や、家の修繕や夫婦喧嘩の仲裁、家庭教師など様々な生活に密着した便利屋業の様な事をして生計を立てているものまで幅広かった。
「しかし、ここの所、「差別差別」と騒いで乱暴狼藉を図る輩がふえたァ」
マスターがため息をつく。
ブクロの町は「この世界」…コンドリアン大陸の南西に位置する国、ナメコンド領内にある。
このナメコンド王、ナメルス20世は王就任した直後に平等主義を掲げ、少数民族の保護を謳った。
これにより、言われなき差別の対象であった一部の獣人族は大いに喜び、熱狂的な支持をナメルスに
向けた。
一部の進歩的と呼ばれる(自称する)人間族もナメルスの施策を大いに賞賛し「獣人族の地位向上」を掲げ活動を活発化させた。
自らの行動を正義と強く思うものは、次第に寛容さを失う。
進歩的人間族と、獣人族の地位向上活動は次第に変質し、弱者を装った強者の振る舞いとなっていった。
獣人族の中でも特に知能の低い豚種は、差別を唱えれば人々は怯む・黙り込む事に味を占め、恐喝・暴行・婦女暴行が日常茶飯事となり、人々から忌み嫌われる存在となっていった。(これらの傍若無人な行動を行っても、差別無罪を縦に処罰されないのである!)
今回、ムタロウに斬られた豚種は6歳の少女を凌辱し、殺害していたにも関わらず、無罪放免となった豚に対し少女の父親が血の涙を流しながらシュラク亭に裏依頼したものである。
弱者を装う強者の無法に町の人々は怒りを募らせ悪党の処分という裏依頼がなされたのであった。
ムタロウはこの事件のことを知っていたし、日頃権利ばかりを主張して人に迷惑をかけ続けている豚種を嫌悪していた為、依頼を受けずともこの豚種を狩る腹積もりだった。
「気分の悪い連中だ。こんな連中と共生など出来る訳ないのは分かり切った話じゃないか。」
ムタロウはシュラク亭のマスターに豚種に対する悪感情を吐き出したのち、ミルクを頼んだ。
「ほんとに酒を飲まないよな、お前は…ここは一応酒屋なんだぜ。」
マスターは呆れた声を出しながらジョッキにミルクを注ぎ、ムタロウに差し出した。
「酒が飲めねえンだ。仕方ないだろ。」
ムタロウは差し出されたジョッキを取り、ぐびぐびとミルクを飲み始めた。
「ほんと変わった呪いだよなあ。酒が飲めないなんてよう。」
マスターはムタロウのミルクの飲みっぷりを眺めながら同情の言葉を掛けた。
「それを治すためにもカネが必要だ。また、良い仕事があれば回してくれ。特に豚種討伐の話しだったらばいつでも乗る。」
ムタロウは、ミルク代を支払い、帰り支度を始めた。
「分かったよ。なんかあったら、年上女房に話を通しておくよ。」
マスターは茶化す様に軽口で返事をした。
「あれは女房ではないが、お前が言いまわっているのか? 無責任な噂話を面白がって言い触らしていると、どういう結末になるのか教えてやろうか?」
ムタロウは、マスターを睨みつけながら、あからさまに害意をぶつけた。
ムタロウとマスターの周囲の空気が明らかに悪くなり、周囲で思い思いに騒いでいた客がその空気の変化に気付き、黙り込んでいた。
「ひいっ…わ、悪かった。軽い冗談のつもりだったが、気を悪くしたならば謝っておく。す、すまなかった。」
マスターはムタロウの害意をもろに受け冷や汗をかいていた。
ムタロウがその気になれば自分の首など一瞬で飛ぶ腕の持ち主である事を思い出したのだ。
「分かればいい。仕事の件、頼んだ。」
そう言うとムタロウはカウンターの椅子から降り、店を出て帰宅の途につくのだった