イーブクロ初日
カゼをひきました。
去年は夏にコロナ感染して大変でしたし、夏は鬼門ですね。
ムタロウ達がブクロを発って10週と3日。
一行は漸くイーブクロに到達した。
猫種の集落を出てからの行程は極めて順調で危険な魔物に遭遇する事も盗賊に出逢う事もなかった。
イーブクロ入りするとムタロウも流石に気が抜けた様で珍しくムタロウからまず休息をしたいと要望があった。
一行は最初に目に入った宿に入り、久しぶりにベットでの就寝を堪能した。
特にムタロウは夜間における敵の襲撃に備えて連夜警戒しながらの浅い睡眠を強いられたため、ベットでの睡眠は肉体のみならず精神面の疲労回復にも覿面であった。
翌日、ムタロウ達はイーブクロにおける定住先を確保すべく貸家斡旋所へと向かった。
イーブクロ訪問の目的は、イーブクロのポーションを買い求める仲買人から医師の転移者の情報を収集する事であった。
仲買人は薬屋・道具屋にポーションを販売するほか、特定の医師向けにポーションを定期的に届ける契約を締結し一定の利益確保をしているものが多かった。
彼ら仲買人に医師でかつ、転移者という人間はいないか、聞き込みをする事がベストな方策であるというムタロウの考えだった。
聞き込み調査は、長期化する可能性が高い為、拠点の確保が最優先事項であった。
ムタロウは、部屋の選定に当たり、①コスト、②セキュリティ、③利便性、④清潔さの中で、②のセキュリティと①のコストが最優先であると主張したが、④の清潔さは譲れないと頑に主張するラフェールとクゥーリィーに押し切られて、渋々清潔でセキュリティの高い(と思われる)部屋の賃貸契約を結んだ。
次にムタロウは、役場に出向き、初等魔導学校が無いか問い合わせた。
クゥーリィーを魔導教育の基礎から勉強をし直すためであった。
ナメコンド国内の魔導教育は、周辺国と比べて突出しているとは言えなかったが、一定水準の教育機関は揃っており、特に初等教育機関であれば、ある程度の規模の町ともなれば、必ず1校は存在していた。
初等魔導学校へ入学するよう、クゥーリィーに伝えると、クゥーリィーは一瞬ぱっと表情を明るくさせたものの、すぐに神妙な面持ちとなり、学校へは行かないと言い出した。
ただでさえパーティーのお荷物なのに、この上、学校まで行かせて貰うのは申し訳ないとの事であった。
ムタロウとラフェールは、魔力量を増やし、且つ、より高位の魔導技術を習得する事が、今後の旅の成否に大きな影響があると諭し、クゥーリィーを説得した。
「今後の旅で私が役に立つ為に必要だと言うのならば。」
と、クゥーリィーは嬉しさを堪えようと口を歪め乍ら仕方ないという言い方で魔導学校に通う事を了承した。
「よし、それじゃあ明日はクゥーリィーの入学手続きだ。お前はさっさと寝るんだ。」
クゥーリィーが魔導学校に通う事を了承した事で、ムタロウは安堵の表情を見せたのち、「ああそうだ」と独り言を言いながら洗面所に走って行き、鼻歌交じりに無精ひげを剃り始めていた。
「今無精ひげ剃っても明日の朝にはまた生えてくるのだから…意味のない事をやるのぅ。」
ラフェールはひひと笑いながらムタロウに聞こえぬ声でボソッとクゥーリィーに声を掛けた。
クゥーリィーは機嫌よく髭を剃っているムタロウを見ていた。
クゥーリィーの口角が上がっていた。
翌日、ムタロウとラフェールはクゥーリィーを連れてイーブクロ魔導初等学校に出向いた。
ムタロウは、学校長に対して、これまでの経緯を説明し、少なくとも3か月間はイーブクロにいるので、その間に魔導の基礎を教えて欲しいと頼んでいた。
「魔導の素養のあるものが基礎軽んじ我流で魔導の修練をった結果、折角の才能を無駄にした者をこれまで沢山見てきました。」
学校長は残念そうな顔をした。
「初等魔導教育を学ぶことは、魔導を極める上で最短の近道なのです。」
学校長は言葉をいったん切ったのち、クゥーリィーに視線を向けた。
「クゥーリィーさん、あなたが使える魔導術はなんですか?」
学校長は柔和な表情を変えずにクゥーリィーに質問した。
「は、はい!使える魔導術は火線です。」
クゥーリィーは緊張した面持ちで学校長の質問に答えた。
「火線の火力制御は出来ますか?」
学校長は特に表情を変える事なく事務的に淡々と言葉を続けた。
「そうですか。では、最小火力の火線を見せてください。そうですね…」
学校長はそう言うと、席から立ち上がり自分の机の脇に置いてあった30枚程の紙の束を両手で大事そうに運び、クゥーリィーから5メートルほど離れた棚に紙の束を立て掛けた。
「この紙に向けて火線を最小火力で撃ってもらえませんか?」
学校長はそう言うと、紙の束から2メートル程後ずさりする形で離れ、両腕を組んで、「はい」とクゥーリィーに目配せした。
「は、はい。」
「自分は品定めされている。」
クゥーリィーはそう思った。
緊張から下腹部からさあっと何かが抜けていく感覚に襲われた。
緊張でじょろと小便が少し漏れていた。
自分の魔導が他人と比較してどうなのかなど考えた事もなかった。
自分の魔導がどの程度なのかなど考えた事もなかった。
ムタロウとラフェールに恥をかかせてしまったらどうしょうと思った。
「落ち着け、クゥーリィー。いつもの通り種火をつける気持ちでやればいい。」
ムタロウが声を掛けてきた。
クゥーリィーの緊張を解そうと彼なりに気を遣ったのだろうと思った。
「は、はい…!」
ムタロウの言葉でクゥーリィーは落ち着きを取り戻し、ゆっくりと右手人差し指を紙の束に向けた。
「行ってください!」
クゥーリィーの右手人差し指から青白い炎の雫が溜まり、そしてぴしゅっと音を立てて、納豆の糸の様に細い火の意図が指先から弾けた。
火線はゆっくりと紙の束に向けて直進し、着弾の直前にくるりと上部一回転してから着弾した。
「……。」
恐る恐るクゥーリィーは学校長に伺い立てていた。
「ど、どうでしょうか?」
「これは…火線というより火糸ですね。これほどまでに繊細な炎の糸を見たのは二十年ぶりでしょうか。」
ムタロウとラフェールは、それくらいで驚いてもらっては困ると言わんばかりにに得意げな顔をしている。
「クゥーリィー、この火糸を何本出せるの?」
学校長の目は親に誕生日プレゼントを貰った時の子供の様に目を輝かせながら質問を投げた。
「えっ…あ、はい。5本は出せます。ただ、2本以上出すと蟲さんの操作が出来なくて真っすぐしか進みません。」
自慢の娘を披露している両親の気持ちであったムタロウとラフェールは、クゥーリィーの言葉を聞いて今度は驚きでのけぞっていた。
二人は、クゥーリィーが火線の操作に長けている事は知っていたが、火線を5本同時に出せるというのは初耳であった。
「分かりました。クゥーリィーは魔導センスは極めて高いレベルですが、魔力総量は平均的ですね。魔導術が稚拙なので、消費魔導量が多く、長時間戦闘が出来ません。」
「なるほど、燃費が悪いという事か。」
「そうです。なので、魔力総量を引き上げる修練は無論行うとして、魔力量のコントロールについても学んでもらいます。彼女の持つ課題は我流で魔導を学んだ者が陥る典型的なケースですね。」
「まあ、火打ち石代わりに火魔導を覚えさせていたからな」
「これ以上独学で修練をしても彼女の能力は頭打ちだったでしょう。あなたたちが彼女を初級魔導学校に連れてきたのは正しいと言えます。」
学校長は言葉を続けた。
「3か月と言わず、最低1年は通って貰って欲しいですね。魔力量の増加と魔力量調整が出来るようになれば、火線以外の他の応用魔導の習得課程にいけますから。」
良いおもちゃを見つけたと言わんばかりに、学校長は饒舌であった。
「分かった。出来るだけ善処したいと思う。では、クゥーリィー、学校が終わるタイミングで迎えに来る。しっかり勉強して来い!」
「分かりました。勉強してきます!」
◇◇
「さて、クゥーリィーを学校にやったら、次はカネ稼ぎだな。」
ムタロウはラフェールに話しかけた。
「そうなるよのぅ。何せ学校に通わす費用が思っていた以上に高かったからのぅ。」
「まったくだ。まさか、また教育費に困るとは思いもしなかった。」
ムタロウはやれやれという顔をした。
「なんじゃ、元の世界でも子供を学校通わすのにカネがかかるのか?」
ラフェールは興味深そうにムタロウに訊いた。
「ああ、学校に入れる為の塾代に毎月悩まされていた。厄介なのはカネを掛けたからって、子供が期待通りの成績を出さないことだ。それで嫁さんと子供が喧嘩をして俺が仲裁を毎日していた。」
懐かしそうにムタロウは語った。
「…まあ、クゥーリィーは魔導の勉強に対して意欲的なようだし、同年代の生徒と交流を持つのもいい事だろうと思う。楽しい体験もさせてあげたい。」
「確かにそうじゃのぅ。彼女のこれまでの経験は、ある種一生消えない呪いのようなものじゃからのぅ。」
そうラフェールが言うと、二人は黙り込んでしまった。
そしてそのまま、ハッシャ亭に向かい、店の壁に貼り付けてある依頼票を見ていた。
話を更新する為に読み直しをしています。
追記・修正をかなりかけてしまいました。
これは時間が掛かるな…