刺客
頭にはこうしたいと思うのですが、そこに至る過程を書くってホントに大変ですね。
業務レポート書くのも結構すきなんですが、ゼロからモノを書くのって本当に面白い。
こんな妄想を勝手に書いて発表できる場があるって感謝です。
ムタロウ達がブクロを経って10週が過ぎた。
ブクロを発った時はまだ暑い夏の盛りであったが、旅を続けるうちに暦の上では秋に入り、そして標高1000メートルを超えるナマナカ盆地では昼夜の寒暖差が激しく夜から朝にかけては肌寒くなってきていた。
イーブクロへ続く街道を進む途中、猫種の集落に立ち寄り食料や猫種が自身の体毛で作った防寒具(耳当て)を購入し、朝晩の冷え込みに備えていた。
ムタロウは猫が好きらしく猫種の集落に入ると、口には出さぬものの明らかに歩く速度が速くなり、積極的に集落を回り猫種の子供達に話しかけ、意味もなく子供たちの頭を撫でたりしていた。
一歩間違えれば猫種の子供を攫おうとする不審者とみられかねず、ムタロウの様子を見ていたクゥーリィーは、はらはらしていた。
「ムタロウは獣人族が嫌いなのかと思っていたけど、そうじゃないんですね。」
普段見ないムタロウの様子を見て、クゥーリィーはムタロウに問いかけた。
「そうだな。俺は別に獣人族が嫌いという訳は無くて、豚種が嫌いなだけだ。ああいう意地汚く、自分の欲求を満たすためならば手段を選ばない気質が生理的に無理なだけだ。」
猫種の子供たちとコミュニケーションを取っていた表情とは打って変わって、豚種の事を口にしたムタロウは嫌悪感を隠そうとしなかった。
「そういえば、猫種はブクロの町でも殆ど見たことがありません。こんなに沢山の猫種の見たのは初めてです。」
「猫種は臆病で、騒々しい場所を嫌うからな。」
ムタロウの言う通り、猫種は静かな場所にいる事を好むため、人間族のいる町で生活をする個体は少数であった。
また、猫種の美しい体毛を皮ごと剥がし密売する輩が後を絶たず、自衛の為、他種族と生活空間を共有することを嫌っていた。
「さあ、この集落での用件は済んだ。イーブクロまではあと僅かだぞ。」
「えっ。この集落で一晩休んでいかないのですか?」
あれっという表情をしてクゥーリィーがムタロウに質問した。
「猫種は臆病で俺たちの様な人間族の余所者が町に長居することを嫌うんだ。用件が済んだら早々に集落を出るのが礼儀というものなのだよ。」
なるほど。種族によってベストな振る舞いというものがあるのかと、クゥーリィーは感心していた。
しかし、この人の猫種に対する気遣いの半分でも、ほかの人たちに示してくれれば、もう少し人間関係も上手くいくのではと思い、いつかムタロウには人間関構築の機微を教えてやろうと思うのであった。
◇◇
ナメコンド国中央に所在する王都ナメコンドは王都という名を冠するのに相応しく、ナメコンド国最大の都市である。人口は23万人程であり、都の面積は200キロ平米にも達する巨大都市であった。
付近にはナメコンド国最大の河川であるハズレ川が流れ、水運が発達して陸路からの農産品はもとより、ハズレ川を伝って周辺国の交易品や、海産物など国中のありとあらゆる物資が集まり、王都に住む人々はその豊かさを享受していた。
町は最奥部にナメルス王が居住する王居住区とナメコンド城があり、城の両端を軍部省が城を守る様に並んで建っており、そこから手前側に商業区、行政区、更に手前に上級居住区が並ぶという階層別の構成となっていた。
そしてナメコンド軍部省の隣に矯正委員会の本部が存在していた。
先にも述べた様に、王都ナメコンドは王都入り口を起点に奥へ進めば進むほどに上級国民が居住する住居区や商業区という構造となっていることから、最奥部…しかも軍部本部の横に所在しているという事は、ナメコンド国における矯正委員会の権勢を示しているといえた。
その矯正委員会本部の中にあるとある一室に、矯正委員会の最高幹部と称される9人が一同に会していた。
委員長ウーマ・ヨーコを中心とした円卓に残り8人の委員が着席し、活動報告を行っていた。
「……ビクンの差別勢力は調査の結果、構成員を全員特定し民間団体の協力を得て解散に追い込んでいます。組織の責任者は矯正員会の教育施設で平等教育を受講したのですが…申し訳ありません。責任者は自身のしでかした事の罪深さを認識し、死んで償うと言ってそのまま自死を図りました。」
「了解しました。責任者が自死を選んだのはとても残念な事ですが、大衆の浅ましい差別心を刺激して社会的弱者たる獣人族を苦しめた罪に目覚め、反省した上で自死を選んだと大衆も知れば、他民族への差別はとても愚かな事であると知性が無い彼らも理解するでしょう。」
ウーマは委員の報告に対し、差別勢力の責任者の自死は平等思想の殉教者として世の役に立ったと言わんばかりに論評を加えていた。
種族間の平等を説きながらウーマの論評内容は選民思想そのものであった。
「次、ミーズゥー・ボゥ委員。南東エリアの報告をお願いします。」
ウーマの横で着席している副委員長レンポゥ・ニィが、ミーズゥという委員の報告を促した。
「わかりましたですぅ。」
レンポゥに報告を促されたハブゥと呼ばれた委員は語尾を甘ったるく伸ばす特徴的な話し方で返答をした。
見た目は特に特徴のない小太りの中年の女であり、強いて特徴をいえばベリーショートの髪型であるという程度に特徴のない中年の女であった。
「報告させていただきますぅ。私の管轄エリアであるナメコンド南東エリアでは三か月ほど前にブクロで豚種が5人惨殺された事件があったですぅ。」
委員会はミーズゥーの第一声を聞いてざわついた。
ナメコンド国内においては矯正委員会の厳しい監視・管理によって豚種が他種族に殺害される事件は近年殆どん無かった為、5人もの表立って豚種が殺害されるという事案は滅多にない事であった。
「南管理局としては、この豚種大量殺害事件に豚種差別の疑いがあるとして、事件との関連性が高いと思われる参考人に事情を聴こうと、民間協力団体に協力を申し込んで、参考人との接触を図ったのですが、この参考人に民間団体関係者が全員殺害されてしまったのですぅ。」
続いてのミーズゥーの報告は、委員会に少なからず衝撃をもたらした。
矯正員会のいう民間団体は、民間と言うものの実態は矯正委員会の息のかかった窃盗団や強盗団、民間団体を装った反社会組織であり、一般人が反抗をするなど出来るものではなかった。
「ミーズゥー委員の言う参考人は総勢何人でしょうか。豚種を5ひ…5人殺害し、民間団体の構成員も全員殺害したとなるとかなりの勢力であると想像しますが。」
ウーマはミーズゥーのいう参考人の勢力に興味を持った。
5匹の豚種を殺害し、更に追撃する民間団体も返り討ち出来るとなるとそれなりの人数であるはずとウーマは考えた。
今は5匹の豚種と民間団体を返り討ちに出来る程度の規模で、国を揺るがすような勢力ではないが、何かの切っ掛けで無視できぬ存在になる可能性がある。将来の禍根は早いうちに摘み取らねばウーマは考えた。
「はいぃ。参考人は三人で、剣士と老婆と子供の女なんですぅ。」
委員会は二度目の衝撃を受けていた。
剣士、老婆、子供の女という組み合わせで豚種を5人屠り、そして民間団体も返り討ちしたとなると相当な手練れと思わざるを得ない。
委員会のいつもの手では社会的に抹殺できない。
矯正員会はその建前上、平和裏に種族間の差別を無くすという理念を掲げており起用する下部団体や民間団体の構成員では手練れを逮捕・拘束するには力不足であった。
「私たちはぁ、平和的に差別をなくしていく機関なのでぇ、このような暴力的な人たちとからぁ話を聞く上でぇ、特別にぃ、専門の方にお願いをしようとおもいますぅ。」
ミーズゥーが会議室入り口扉付近に立っている事務員に目配せすると、事務員は承知と言わんばかりに頷き、扉を開けた。
「テカールさん、お願いします。」
ミーズゥーが促すと、かつかつと足音を立てて、全身黒色に包まれた男が入ってきた。
身長は180センチ程あり、髪の毛は漆を塗ったように見事な黒色で瞳は黄金色に、そして瞳の中の瞳孔はアーモンドの様に形作っていた。
体型はネコ科の猛獣の様にしなやかな体つきで瞬発力を強みとした戦い方を得意とする事が一目で想定できた。
テカールと相まみれた委員会のメンバーは今日何度目かのざわめきを起こした。
「テカール・イヴという。魔族だ。委員会のミーズゥーどのより差別主義者の捕縛を依頼された。」
テカールは簡単な自己紹介と依頼内容を述べ、沈黙した。
「豚種有志の方々では拘束の際に犠牲が出る可能性があるんですぅ。なので、少々お値段が張りましたが魔族の方にお願いをしたんですぅ。依頼にあたって30万ニペスを使ってしまったので、事後承認で申し訳ないのですが、承認をお願いしたいんですぅ。」
魔族はこの世界では竜族と並んで人間が集まるコミュニティでは殆ど見る事が出来ない希少種族である。
その性質は好戦的でかつ、誇り高い戦闘民族であり魔導や戦闘術に非常に長けていた。
このため、魔族は竜族を以外の種族は下等なものとして見ており、国の権力者という事を差し引いても、人間族の依頼を受けるという事は極めて珍しい事であった。
「ミーズゥーさん、面白い人たちと交流を持っているのですね。誇り高い魔族の方に我々委員会の理念を理解して頂くことはとても意義ある事です。良いでしょう。30万ニペスの件、承認します。」
ウーマは表情を変えず、ミーズゥーの申し入れを承諾した。
「ありがとうございますぅ。ウーマ委員長、とても感謝していますぅ…。では、テカールさん、契約は正式に発効しましたので、現在、イーブクロに向かっている参考人3人…ムタロウ、ラフェール、クゥーリィーの確保をお願いしますぅ。」
ミーズゥーはテカールに身体を向けてムタロウ達の捕縛の依頼を発した。
「分かった。しかし、人間族は非常に脆い。抵抗されると力加減が出来ないゆえ、無傷で確保とはいかないがその辺り、承知願いたい。」
テカールは禍々しい笑みを見せながら、捕縛対象を五体満足で引き渡さない事を暗に伝えた。
「問題ないですぅ。」
「そうか。では早速イーブクロに向かい、対象を確保する。」
テカールはそう言うや否や一礼することなく真っすぐ部屋を出ていった。
「さて、現時点で最強の刺客を放ったんですぅ。どうやって凌ぐのか楽しみですぅ。」
ミーズゥーは劇場の脚本家、演出家の気持ち…いや、人の運命を左右する神の気持ちにとはこういうものかと思い高揚して顔を紅潮させているのであった。
いつも読んでくれてありがとうございます。