魔導
クゥーリィーは先刻自分の身に起きた出来事をムタロウ達に説明していた。
ムタロウとラフェールは厳しい表情でクゥーリィーの話を聞いていた。
「めんどくさい奴らに目をつけられたのぅ。」
ラフェールは少し困った顔で第一声を発した。
「そうだな…。」
ムタロウも同調した。
「どういうことですか?あの女はそんなに厄介な人なのですか?」
クゥーリィーは目を丸くして問い返した。
過去2回の遭遇で、まともな人間でない事は分かってはいたが、ムタロウ達が知っている程なのかとクゥーリィーは驚いた。
「ショートカットの中年女となると矯正委員会の連中の可能性が高い。奴らは弱者保護という建前をヒステリックに喚き、お抱えの情報屋を使って世論操作をして敵を社会的に追い込むのが常套手段だ。」
「更にヤツらは豚種と裏で繋がっておる。裏では豚を介して暴力による抑え込みもやってくるのじゃ。報復が怖くて皆、口には出さないがのぅ。」
「なッ…」
クゥーリィーは絶句した。
矯正員会の悪行の噂はクゥーリィーも聞いていたが、一部の差別主義者の偏った主張であり、クゥーリィーはその主張内容を一顧だにしなかった。
もし、あの女がムタロウ達が言う矯正委員会の一員であるとすれば、自分が差別主義者と蔑んでいた連中が正しかったという事になる。
あの下賤な豚の乱暴狼藉を後押ししていたのが同じ人間でしかも女とは。
豚によって陵辱され殺されていった女子供がどれだけいるのか。
豚の悪行を断罪する事なく、歪んだ平等感で被害者を更に辱めるとは。
「腹が立つよな。俺も豚は大嫌いだが、矯正委員会の連中はもっと嫌いだ。いつか全員皆殺しにしてやりたい位だ。」
ムタロウの言葉に怒気が篭る。
ムタロウが何故そこまで怒りを露わにするのか、ひょっとしてムタロウの呪いに関係しているのかとクゥーリィーは思った。
「そいつは俺に興味があると言ってたのだな?」
「は、はい。」
「そいつは俺のことを転移者である事を知っていたのだな?」
「はい。」
「どう思う?ラフェール?」
ムタロウはラフェールに問いかけた。
「そうじゃのう。奴らが監視しているというのは本当じゃろうが、どうやって監視をしているか皆目見当がつかないのぅ。街中は無論として、そこかしこに奴らの監視員がいるということかのぅ。」
「ま、そういうことだな。誰が監視者が分からないので、現状では単独行動を避けて行動するとしか言いようが無い。」
「それと、奴らがわれわれを監視する目的もよく分からないのぅ…。」
クゥーリィーの一言は、ムタロウもクゥーリィーも同意せざるを得なかった。
彼らは見ているだけであった。
その意図が、ムタロウ達にはどうしても分からなかった。
暫くの沈黙ののち、ムタロウはそろそろこの話は終わりと言わんばかりに、クゥーリィーに食事を促した。
クゥーリィーはうんざりしながら渋々草原赤犬の香草焼きを手に取り口にするのであった。
◇◇
ブクロを発って三週間が経った。
クゥーリィーは毎日の様に食材に亀と草原赤犬、時に蛙、得体の知れない幼虫を渡されていた。
当初は野営の時間になると憂鬱になり、夕飯の準備が嫌で嫌で仕方なかったが、3週間も経ってくると流石に感覚も麻痺し、これらの食材の処置の手際も良くなっていた。
食材の処置から料理の手際が良くなると、時間に余裕が出来た。
クゥーリィーはその空いた時間をもっぱら魔導の勉強に充てた。
勉強といっても、ラフェールが持っていた初級魔導書の読み込みであったが、獣の皮剥がし、亀の甲羅剥がし、幼虫の糞搾りといった作業の日々の中で唯一の楽しみであった。
クゥーリィー先ず水魔導を覚えようとしたが、ムタロウ達が強く火魔導を覚えるよう言ってきたので、言われるままに火魔導の項を優先的に読み、詠唱の練習をしていた。
「クゥーリィー、種火つけてくれ。」
「はーい。」
といった具合で、火魔導で料理の種火をつける事ができる様になり、火おこしの手間が減った事はムタロウとラフェールは大いに喜んだのであった。
ライターの様な扱いにクゥーリィーは内心、大いに不満であったが無邪気に喜んでいる二人を見て、(ま、いっか)と思うのであった。
◇◇
ブクロを発って六週間が経った。
平らな草原が続いていた街道廻りはいつの間にか起伏が増えてきて、先には壁の様に立ち塞がる山が見えてきていた。
「あれがナマナカ峠だ。あの峠を越えるとナマナカ盆地となり、更に東に進めばイーブクロになる。」
ムタロウのクゥーリィーに語り掛ける調子は、旅の始まりに比べ穏やかになっていた。
元々人見知りが激しく慣れないと不愛想な人なのかもしれないとクゥーリィーは思った。
また、ムタロウの股間を巡って毎朝じゃれ合っているラフェールも、ムタロウの股間を常に狙っている破廉恥な老婆という最初の印象から自分やムタロウに絶えず気を配っていると気付き始めていた。
「(あのしょうもない毎朝のやり取りは彼らのコミュニケーションの手段なのだな。)」
クゥーリィーは、自身が理解が出来ないしょうもない大人の行動をそうやって納得させていた。
「ナマナカ峠に現れる魔物は少々手ごわいのじゃ。クゥーリィー、自分で自分の身を守れる様に気をつけるじゃぞ。」
一人で思索にふけっていた処に突然ラフェールが声を掛けてきたので、クゥーリィーは思わずのけぞった。
「何を言ってるんですか。私は魔導と言っても種火をつける程度の火魔導しか出来ませんよ。あなた達に守って貰わないと困ります。」
クゥーリィーはお前は何を言い出しているのだと、やや憤然として言い返した。
「ひひ、まあそのうち分かるよのぅ。」
ラフェールはクゥーリィーの抗議などどこ吹く風の様子で聞き流していた。
「ラフェールの言うとおりだと思うぞ。そのうち分かる。その時、魔導とは何か?という事も分かるだろう。」
ムタロウもラフェールの言葉に同調してきた。
「魔導とは何か…とはどういう意味ですか?」
クゥーリィーはムタロウの言葉の意味を聞き返していた。
「お前が読んでいた魔導書は、蟲を手懐ける為の入門書ってことさ。お前は火の蟲に好かれている。お前が望むままに火の蟲は集い、お前の為に働くだろうということさ。」
この世界の魔導とは、空気中に存在する「蟲」なる存在を使役する事であった。
蟲は火蟲・水蟲・土蟲と3種類存在しており、この蟲を使役して攻撃魔導を行っていた。
このコンドリアン大陸では、「蟲使い」はそこかしこに居るが、「魔導師」と呼ばれるにはコンドリアン大陸の何処かにある魔導院で認定を受けなければならなかった。
魔導院で魔導師の認定を受けるとコンドリアン大陸中の各国から士官要請が来る程に、魔導師は稀少で貴重な存在であった。
「お前は蟲には好かれているが、正式な課程を踏んだ訳でもないので魔導師とは呼べない。しかし、種火師という訳でもないぞ。そのうち魔導院に行って正式な課程を踏めば3大魔導師まではいかずとも、そこそこの魔導師になれる素質はあると思うぞ。」
そりゃどうもとクゥーリィーは答える。
3大魔導師の話は父のコンジローから聞いたことがある。
・火のキツボ
・水のカントゥ
・土のクッスゥ
各属性の極みが三大魔導師との事だが、上には上がいて、三属性全てを極めている大魔導師がいるという話であった。
「(つい最近まで魔導書なぞ読んだ事もなく、今現在も種火要因として重宝されている自分に対して素質があるだと?馬鹿にして、このしょうもない大人たちが!!!)」
クゥーリィーはムタロウ達に茶化されたと思い、大いに腹を立てていたがそれを気取られないよう平静を装っていた。
クゥーリィー本人は上手く感情を隠せたと思っていたのだが、ムタロウやラフェールの目から見て、クゥーリィーが苛立っている事は見て取れていた。
そんなクゥーリィーを見て、ムタロウ達はクゥーリィーをとても好ましく思い、クゥーリィーの思いに乗ってあげていた。