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悪党狩り  作者: 伊藤イクヒロ
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冒険初日

ムタロウから任命された「メシ係」だが、クゥーリィーは食事を自分で作った事がなかった。

このため、ムタロウからメシの支度をしろと言われても何をどうしたらいいのか分からず、食材の前で立ちすくんでいた。


「何をぼーっとしているんだ、とっととそこにあるモノでメシを作れ。」


ムタロウは顎で食材を指し示し、食材の調理に入る様、促した。

ムタロウが顎で示した先には、昼間の戦闘で倒した草原赤犬一匹と、移動途中の沼地で採った甲長30センチ程の亀のが2匹、裏返っておいてあった。亀は甲羅から四肢出し、もぞもぞと空を漕いでいた。


クゥーリィーは目の前に置いてある犬の死骸と意味もなく四肢を動かしている亀を一瞥した後、怪訝な表情を浮かべながらムタロウの顔を見た。

「これをどうしろというのだ?」と顔に書いてあるなとムタロウはクゥーリィーの顔を見て苦笑した。


「赤犬は血抜きと内臓は取ってある。赤犬は皮を剥ぎ剥いた肉に塩とその辺に生えている香草を塗して焼け。亀は〆て甲羅を剥がして中身を鍋に入れて煮込め。詳細はラフェールが教えてくれる。」



「あの、皮を剥ぐとか亀を〆るって殺すってことですよね?甲羅を剥がすとか、やった事ないのですが。」


冗談でしょ?と言いたげな表情でクゥーリィーはムタロウに質問した。

死体を触るのも嫌だし、生きた亀を触るのも嫌だった。

ましてや殺して甲羅を剥ぐなど、何故そんな残酷な事をしなければならないのだと、クゥーリィーはムタロウに怒りすら覚えていた。


「お前がこれら食材の調理経験が無い事は承知している。だからやり方をラフェールに訊けと言っているのだ。早くやれ。」


「…!」


ムタロウの反論を許さない様子にクゥーリィーは息を飲んだ。

いや、抗議をしようと頭の中では言葉を形成したのだが、身体が言葉を発するのを拒んだ。

頭より身体が、それ以上言うなと抑え込んでいるとクゥーリィーは感じたのであった。


「分かりました。ラフェールに聞きながらやります。」


クゥーリィーはこれから行う作業が苦痛過ぎて嘔吐しそうなるのを懸命に堪え乍ら、ラフェールに食材の捌き方について教えを乞うていた。



◇◇◇


そんな二人のやり取りから4時間後、3人は夕飯についた。

ムタロウとラフェールはがつがつ目の前の肉を食べ、スープを飲んでいる。

クゥーリィーは顔を真っ青にして目の前の食料に手を付けていない。

赤犬の皮を剥ぐ過程で3回嘔吐した。

できませんと泣いた。(無視された)

クゥーリィーにとって赤犬の皮剥ぎよりもきつかったのは亀の処理だった。

生きたまま甲羅を剥がすべきだというラフェールと〆てから甲羅を剥がすべきというムタロウの意見の対立が発生した、やがて、二人はこのまま意見を言い合っても並行線で埒があかないので、どっちが味が良いか実際に比べてみようという結論となり、2匹の亀をお互いの主張する処理方法でやれとクゥーリィーに言ってきたのだ。

クゥーリィーは勘弁してくれと泣きながら懇願したが、聞き入れてもらえず、無理矢理亀の処理から調理までやらされていた。

料理を作った達成感は無く、ミチミチミチと甲羅を剥がす際に生じた音や、亀を〆る為に甲羅の中に潜り込もうとする亀の頭を無理やり引っ張り出し、刃を当てた時の感触。

首を斬る寸前、緩慢だった四肢の動きが急に激しくなった光景など、五感に訴えかけてきた生理的嫌悪感が引き起こす嘔吐反応が波の様に襲ってきていた。


「気持ち悪いので少し吐いてきます。」


そういって、クゥーリィーは席を外した。


「流石に初回からきつすぎじゃないかのぅ?」


ラフェールは心配そうにムタロウにやりすぎであると責めた。


「確かに亀の甲羅剥がしは俺も嫌いだ。気持ち悪い。」


クゥーリィーが聞いたら真っ青な顔が真っ赤になるほど激怒するであろう事をムタロウはしれっと言った。


「ただ…あいつが思う程、この世界は優しくないし、この生活を続ける以上、見たくない現実は何度も訪れる。命は助かったとは言え、豚に凌辱された過去は消えないし心の傷も治らないだろう。」


「そうじゃのぅ…」


「自分たちはあいつの心の傷を治すことは出来ないが、この理不尽な世界で生きていく術を教える事は出来る。あいつは、14歳という若さで豚種に凌辱されるという絶望を味わっている…。」


ムタロウは話している内に豚種に対する憎悪がこみ上げてきたのか、声に力が入り始めていた。


「あんな経験をすれば自ら命を絶つ事を考えても仕方ない…が、あいつは、それでも生きたいと思い、今に至っている。ならば、厳しい様だ俺としてはあいつの為に、生きる力を身につけさせないといけないと思っている。人の命を助けるというのはそういうものだと俺は思う。」


「頭が悪いなりに、お前さんも色々考えているのだのぅ」


「頭が悪いは余計だ。この糞ババアが。」


ムタロウは照れ臭さを誤魔化すために悪態をついた。


「しかし、夕飯係のみというわけにもいかないだろう。クゥーリィーが生きていくためにはのぅ。今のままでは旅を進めていく上で足手まといになる。」


ラフェールの言う事は尤もであった。

豚種に襲われた事はさておき、それでもブクロの中と外とでは危険度合いが違う。

街の外を歩くという事は、獣のみならず盗賊からの襲撃の可能性も跳ね上がる。

外の世界で生きていくには、強くなければならない。

亀を捌くだけで嘔吐するというのでは駄目なのだ。


「それは俺もどうしたものかと悩んでいる。あいつは剣を扱うには華奢すぎる。」


ムタロウもどうしたものかという表情を見せる。


「あたしが魔導を教えようかのぅ。火の初級魔導書ならば手元にあるからのぅ。」


ラフェールは回復魔導専門であるため、攻撃魔導は使えないが魔導書を読む事は出来る為、読み聞かせは出来るとムタロウに提案した。


「そうだな、焚火の火起こしでも出来るようになれば大分楽になる。火魔導の訓練をして身を守る位迄成長してくれれば、生存率も上がるだろう。」


ムタロウもラフェールの提案に賛成をし、クゥーリィー火起こし師育成プランが成立したのであった。


◇◇


クゥーリィーは空に広がる星を眺めながら、ここに至るまでの経緯を思い返していた。

思い出したくない記憶だが、勝手に記憶の再生をしてしまう。

つい先日の記憶が鮮明に蘇り、気分が悪くなり嘔吐し、そしてしくしくと泣いた。


「大丈夫ですかぁ?」


暗闇から女の声がした。

クゥーリィーはびくっと身体を震わせ声のする方向に顔を向けた。


「そこにいるのは誰ですか?」


クゥリィーは警戒しながら声の主を探った。


「私ですよぉ、以前あなたを豚種から助けたじゃないですかぁ。」


草木を踏みしめる音が聞こえ、足から膝、膝から肩、そして顔の輪郭が見え始め、最後に容貌が視認出来る迄に声の主はクゥーリィーに近づいてきた。


クゥーリィーはその顔を見て、あっと声を出した。

声の主はベリーショートの中年女だった。

クゥーリィーに薬を盛り、豚種に引き渡した女だった。


「なッ、何の用ですか?何故ここに居るのですか?何故、あのような真似をしたのですか!」


クゥーリィーは突然の事で気が動転し言葉を荒げた。


「あのような真似って、失礼なものいいですねぇ。あなたを助けたじゃないですかぁ。そのあと豚種に捕まったのはクゥーリィーさんの不注意が招いた自己責任ですぅ。自分が悪いのに、それを私のせいだと責めるはおかしいですぅ。」


女は薄笑いを浮かべ、クゥーリィーが動揺している事を楽しんでいるかのようであった。

女は続けた。


「いえねぇ、クゥーリィーさんと一緒に行動している転移者を観察しているんですぅ。見ていてとっても面白いのですぅ。観察のし甲斐があるんですぅ。あなたのような豚とまぐわった汚れの女で、なおかつ料理ひとつ出来ない足手まといを連れて、どうやってあの人に罹った呪いを解くのか、私、たのしみなんですぅ。」


クゥーリィーはなぜ、この場に現れたか、何が言いたいのか理解できなかった。

しかし、目の前の女の話し方に抗いがたい嫌悪の念を感じていた。

この女は排除すべきだと、クゥーリィーの頭の中の誰かが、囁いていた。

気付くと、クゥーリィーはナイフを抜いて女に刃先を向けた。


「これ以上不快な言葉を連ねるのはやめてください。やめないのであれば刺します!」


クゥーリィーは人に刃物を向けた経験は無論の事、他人と口論すらした事のなかった。

そんな自分がナイフを人に向け、危害を加えると口に出した事に自分自身驚いていた。


「こわいですぅ。武力による争いごとはよくないですぅ。話し合いで解決するですぅ。」


中年女は口を尖らせながらクゥーリィーに抗議をしていた。

その目は刃物を向けられたという恐怖の色は無く、寧ろ現状を楽しんでいる様な表情を見せていた。


「うるさいッ!」


クゥーリィーは中年女の挑発に乗せられ、飛び掛かっていた。

中年女に対する憎悪で頭の中が真っ黒になっていた。


「あぶないですぅ。」


「暴力反対ですぅ。」


「話し合いで解決ですぅ。」


女はクゥーリーの攻撃を避け、暗闇に身を隠しながら人を小馬鹿にする口調で平和主義を唱えていた。

その発言を聞いたクゥーリィーの感情は爆発し、中年女を罵っていた。


「馬鹿にしてッ!!」


女は続けた。


「これからもあなた達一行を見続けますぅ。そのうち私が誰だという事も分かると思いますぅ。」


「分かった時、あなた達は何もできない無力さ加減に地団駄を踏むんですぅ。」


「うるさいッ!黙ってッ!」


クゥーリーは暗闇の中で絶叫した。

女の気配はなくなり、辺りはしんと静まり返った。


「何があった?」


ムタロウが血相を変えて駆けつけきた。

クゥーリィーの叫び声がただならぬものと察したのであった。


「何があった?」


ムタロウは再度問うた。


「すいません。とても不快な輩が現れました。詳しい話は野営地で話します。」


クゥーリーは怒りと恐怖の混じった声で答えていた。


「分かった。話はお前が作ったメシを食いながら話を聞こう…。兎に角怪我も無く無事でよかった。」


ムタロウはクゥーリィーの状態を見て、外傷がない事を確認したのち、ひどく興奮状態にあるクゥーリィーを落ち着かせる必要があると判断し、食事の提案をした。


「ご飯の前に話したいです。今の精神状態で調理された亀を見ると気分が悪くなって食べる気も喋る気も失せます!」


クゥーリィーはそう言うと、野営地に向け一人でずんずんと歩いて行くのであった。







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