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第8回 覆面お題小説  作者: 読メオフ会 小説班
7/10

君の秘密を知って世界の鍵を手にした件~Φまたはハンプティ・ダンプティの固茹で方法~

JOJO氏のエラリーシリーズの設定を勝手に使用しています。

ご容赦ください。

設定を拝借していますが、作品としては独立しています。




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主要人物




九院偉理衣:くいんえらりぃ。エラリーと呼ばれている。文学サロンには子供のときから通っている。大学生だけれど……?


J会長:文学サロンの管理人。エラリーが子供のころから青年であり、今でも青年である。ということは……?

これはまだ、彼女が今より未熟で、幼かった頃の物語。


 「お姉さまたち、どうもありがとう!大切にするわ!」

色とりどりの花が咲く野原で、女の子達が座り込んでいる。

その手にはシロツメクサを中心として作られた花の冠を持っている。欲張りすぎたのか、ところどころから水色やピンクの花が飛び出していて、半ば頭からずり落ちそうになっている。

「よかったらまた一緒に遊びましょう?九院さん……エラリーちゃんって呼んでもいい?」

「もちろんです!ロコお姉さま、周防さんも」

―――九院偉理衣(くいんえらりい)

この四月からクラスメイトになったばかりのオーラのある美少女もまた頭に花冠を被せて貰い、うれしそうに笑っていた。

―――キーンコーン、カーンコーン

「あ、チャイム。もう行かなくちゃ」

彼女が立ち上がる。

「本当だ、私達もいかないと」

「周防さん、塩谷さんも、待って」

ぱたぱたと上級生も立ち上がって走っていく。

その様子を彼女は見送ると、こちらへ向かって歩いてくる。

旧家の令嬢だともっぱらの噂の彼女は、高嶺の花そのもの。花の冠が本物の王冠のようで、素晴らしく似合う。

すれ違う一瞬、目が合ったような気がした。けれど、無言のまま彼女は歩いて行ってしまう。もう一度鳴り出したチャイムに、慌てて駆け出した。

***

放課後。いつものように図書館へ当番のためにやってきた。返却処理をした本を棚へ戻していると

「―――こんにちは」

後ろから声をかけられて振り返る。にっこりと笑った彼女は

「探してほしい本があるんだけれど、お願いできるのかしら?」

「うん、こっちへどうぞ」

貸し出し用のカウンターへ彼女を連れていく。お姫様のようにしずしずとやってきた彼女は

「『そして伝説へ』という本を探してほしいの」

そ、し、て、で、ん、せ、つ、へ

ぽちっとパソコンの検索ボタンを押してみたけれど、結果はゼロだった。

「うーん、その本はないみたいだ」

カウンターの向こうから身を乗り出している彼女にこたえる。

「読みたい本だったの?」

「いいえ。だって、私その本持っているもの」

「だったらどうして?」

「読んでほしかったの。―――あなたに」

「えっ」

恥じらうように頬を染めた彼女は何とも言えず可愛らしくて、僕は胸がドキドキと高鳴るのを感じた。

「私の本を貸しても良かったのだけど、学校に持ってきちゃダメでしょ?だから、図書室で読めたらと思ったんだけど……残念。もう一冊探してもらえるかしら?花言葉に関する本を読みたいんだけれど」

「あ、それならあると思う」

もう一度検索してみる。二件ヒットした。新しい方は貸し出し中だったので、古い方を本棚から持ってくる。

「どうぞ」

「ありがとう」

受け取った彼女はそのままカウンターでページを開く。

「読むなら読書室で」

「いいじゃない、ちょっとくらい」

ぷうっと頬を膨らませて、上目遣いにこちらを見上げてくる。

放課後の図書室を利用する生徒は多くなくて、常連だった女の子も新学期になってからあまり姿を見かけなくなってしまった。

「じゃあ、カウンター見てて。本を戻してくるから」

本棚へ本を戻す作業がまだ残っていたのを思い出した。

「お待ちどうさまーって?あれ?」

作業を終えて戻ってくるとカウンターを任せたはずの彼女はいなくて、代わりに司書の先生が用事を終えて帰ってきていた。

「ああ、用事があるからって帰ったわよ」

カウンターには本が一冊開いたままで残されている。貸し出しはしなかったようだ。

本棚に戻そうとして、何かがページとページの間に挟まっているのに気が付いた。

「花びら?」

キンギョソウの頁に、図鑑の写真と同じ同じ水色の花びらが挟まっていた。

***

 「ね、何を読んでいるの?」

翌日の放課後。今日も図書室に人は少なくて司書の先生も暇を持て余している。

カウンターの中で本を読んでいたら二日続けて彼女は訪れた。

「これは『こども自助論』」

「こどもじょじょろん?」

「自分を助ける、で自助論だよ」

「面白いの?」

「……自分にとっては」

そっと彼女に向けて何度も読み返した本を差し出す。受け取った彼女はぺらりとページをめくる。ふうむ、と読み始めた。何ページか読み進めたあとで

「これは貸してもらえるの?」

「うん。じゃあ、貸し出し方法を説明するね」

「先生がいるのに、あなたが?」

「そうよー。図書委員だからっていうだけじゃなくて、ほとんど毎日ここにいるからね。会長?図書館の児童会長みたいなものよね」

ポン、と僕の肩に手を置いて司書の先生も口出しをしてくる。

「貸し出しカードは持ってきてるかな?」

「あるわ」

「じゃあ、ここに本のタイトルを書いて。ああそうだ、それからここにも名前を書いて」

カウンターの中から代本板を取り出し、マジックでテープに名前を書いて貰う。

「これは何なのかしら?」

「今から説明するよ」

代本板を持って本棚へ彼女を案内する。

「本当はここに『こども菜根譚』がある。貸し出し中なことを他の人に教えたり、本を返したりするときにわかりやすくするために、これを代わりに差しておくんだ」

両手で本と本の間を開いて、そこに代本板を入れて貰う。

「おもしろいのねえ、文学サロンでもやってみたらいいのに」

「……?」

「ううん、こっちの話。なんでもないわ」

「貸し出しの時は代本板が必要だけど、図書室の中で読む分には必要ない。読み終わったらカウンターの横の棚に戻しておいてもらえれば」

よっこいしょ、と本を持ち上げて

「こうやって放課後に当番が戻しておいてくれる」

今日は授業で図書室を使ったクラスがあったのか、いつもより少し数が多い。

「私もお手伝いするわ」

彼女も何冊か本を持ってくれる。

本棚の間を行き来して、窓際の本棚までたどり着いた時

(あれは、なんだ?)

図書室の隣にあるプールに何かが浮かんでいるのが見えたのだ。

(木じゃないみたいだ。植物?……花?)

図書室は二階にあるから、細かいところまでは見えない。けれど、その水色の花びらは記憶が正しければ、それは昨日彼女が調べていた


「せんせいこんにちはー」

「調べ学習の続きを調べに来ましたー」

珍しい放課後の利用者が来て、大急ぎでカウンターへ戻る。

先生が対応して

「こんにちは、貸し出しが決まったら教えてね」

はーい、という返事とともに、何人かの足音が図書室の中で響く。

「あれ、エラリーちゃん?」

「ロコお姉さま!ごきげんよう!」

呼びかけられた彼女は返却処理の途中だった本を棚へ戻すと、キャッキャとはしゃぎながら一緒に本を探しに行ってしまった。

しばらく待っていると上級生たちが本を選んで持ってきたので、貸し出しの手続きを先生が始める。

「次の人どうぞー」

前はよく図書室に来ていた女の子も、久しぶりに姿を見せる。

「まだ借りている本が読み終わってないので、今日は大丈夫です。もう少し借りる事ってできますか?」

「大丈夫よ。返却期限は一週間後です。今度は延長できないから気を付けてね」

延長 ジンアイミと先生がパソコン上で処理をする。

そこで時間が来てしまったので、下校することにした。

「せっかくだから、一緒に帰りましょう」

彼女がそういうので、並んで校門を出る。

「九院さんは本が好きなの?」

「ええ、好きよ。なんでも好きだけど、特に好きなのは推理小説ね!」

「その割には、あまり図書室には来ないけれど」

「文学サロンで読んだり貸してもらったりしているから、あまり学校の図書室に行くことはないわね」

「文学サロン?」

九院さん曰くそこは読書好きが集う秘密の場所なのだという。静かにひとりで読書を楽しむもよし、誰かとわいわい本について語り合うもよし、時には小説企画と銘打って皆で小説を書いたり、おいしいものを探求したりするのだそうだ。まだ小学生の彼女はもちろん最年少のメンバーだが、そんなことはかかわりなく、一人前の意見として扱ってくれるのだと言う。

そこまで話を聞いて、ふと僕は彼女があまりクラスメイトと一緒にいるところを見かけたことがないな、と思い出す。大人に囲まれて、しかも一人前として過ごしていたら、なかなかクラスメイトと一緒に行動するのは退屈なのかもしれない。

「今度この『こども自助論』も紹介してみるわね!」

ランドセルではなく手提げにしまった本をポンポン、と叩いてみせる。

「うん。声に出して読んでみても面白いから、よかったら試してみて」

それじゃあ早速、と本を取り出そうとする九院さんを慌てて止める。なんとなくミステリアスで気になる!と話をしているクラスメイト達は彼女のこんな一面を知らないのだ。

「九院さんのお気に入りはやっぱり『そして伝説へ』?」

「ええ、そうよ!」

『世界最高の推理小説』だというその本のことを彼女は生き生きと語りだす。

理論と薀蓄と演繹の目くるめく物語のことが、僕もすっかり好きになってしまった。

「だからね私特訓しているの、『天上天下唯我独尊』を」

探偵の名台詞を?はて、と首をかしげる僕の前で、ふっふーんと彼女は得意げに笑って。

「まだ開発途中だけど、『そして伝説へ』を愛してくれているあなたにだけ特別に見せるわね」

行くわよ、と立ち止まった彼女は


―――天上天下唯我独尊!


掌をまっすぐ正面へ、掌底を突き出すような形で伸ばされた両手の先で

オーラのような何かが、

ぶわり、

と広がった、気がした。

九院さんの触れたらやわらかそうな髪が、一度だけ、

そよ、

と揺れた、気がした。


「………」

「………?」

「……………」

「かっこいい、決めポーズだね」

わーっと九院さんが顔を覆ってしまった。

「おばあさまにはまだまだって言われちゃったの。私も!もちろん私もねアデノシン三リン酸(ATP)の極大生成には課題があると思っているわ」

(ATPとは細胞の増殖、筋肉の収縮どの代謝過程にエネルギを供給するためにすべての生物が使用する化合物である。ATP分解酵素の働きによってATPが加水分解すると、ひとつのリン酸基(P)がはずれてADP(アデノシン二リン酸)になり、その際にエネルギを放出する。このエネルギを使って筋の収縮が行われる。しかし、筋繊維の中に蓄えられているATPの量はわずかなので、激しい運動では短時間で使い果たしてしまう。したがって長時間運動を続けるには、ADPからATPを再合成してATPを供給し続けなければならない。代々特殊能力が使える者を輩出する九院家の人々は酸素結合体による細胞への酸素運搬機能を上昇させることで、膨大なATPを瞬間生成。このATPを一点集中させることで外部へエネルギを放つことができる。)

「でも、一体どうしたらいいの?どうしたら第一の女王(ファースト)に、【狂女】に勝てる……?ないん……………【独尊先生】との約束は?たん、たんの……………格?」

顔を覆って俯いていた九院さんがへたん、とその場に座り込んだ。

大きな瞳に透明な膜が張り、あっという間にはらはらと涙がこぼれだす。

「【探を司る格】………………!」

意味深な言葉をぶつぶつと繰り返すその顔に表情はなく、さっきまでキラキラ輝いていた瞳の瞳孔が開き、暗黒物質(ダークマター)のような深淵がぽっかり姿を現す。

「九院さん!」

跪き、その肩を強く揺さぶった。

ランドセルが背中でカタカタと鳴り、はっとしたように九院さんがこちらを見た。

「大丈夫?立てそう?」

尋ねると、九院さんは困ったように首を振った。どうしよう、と呟きが零れる。

「おなかがすいて、立ち上がれそうもないの」

***

 「近くに文学サロンがあるの。そこまで連れて行って貰える?」

そう頼まれて、僕は九院さんに肩を貸して連れていくことにした。

猫の子みたいにぐんにゃりしている彼女を片方の肩に、もう片方の肩にはこれまた彼女から預かった手提げを下げている。

「そこへ、行けば、何か、食べ物が、あるんだね?」

一歩ごとに、ずり落ちそうな彼女の体を引き上げる。

「ココアならあると思うの……」

ココアか。カカオはテオブロマとも言って、その語源は「神様の食べ物」だ。古代では薬として使われたくらいだから、栄養価は高い栄養補給にはぴったりだろう。

「甘くてあったかいから、元気も出るだろうしね」

「あったかいけれど、甘いかしら?」

なんだか不思議なことを言っているけれど、お腹がすいて錯乱しているのかもしれない。

「お家へ帰らなくて、本当に大丈夫かい?」

こくり、と彼女はうなずく。

程無くして、彼女の言うところの文芸サロンに辿り着く。

「よかったら、お礼もしたいから一緒にいかが?」

落ち着ける場所に辿り着いて、安心したのだろう。九院さんの顔色はさっきより良くなっていた。

「寄り道はしちゃいけないって言われてるから」

「そう。残念。でも、よかったらいつか、来てほしいな。ここはとても素敵なところだから」

胸元から、古めかしい大きな鍵を取り出して、錠前に差し込む。

「忘れないうちに、これ」

図書室から借りた本だから、落とさないように預かってほしい。と何より先に彼女が頼んだ手提げを渡す。

「ありがとう」

そして、ゆっくりと彼女の姿が扉の向こうへ消えていく。その姿は確かに今まで見てきた何よりミステリアスで、好奇心をそそるものであったけれど。

これまた古めかしい看板を一度見上げ、唇をぎゅっと嚙み締めると、僕はくるっと振り返って、今来た道を急いで引き返した。

***

 翌日からも、九院さんは毎日図書室に顔を出した。『こども自助論』は読み終わってすぐ返してくれて

「勉強になったわ。また読みたくなる時もあると思うから、その時はよろしくね」

と感想を教えてくれた。

窓際の推理小説のおいてある棚がお気に入りで、本の返却作業が終わった後は、その上によじ登って本を読んでいることが多い。ハンプティ・ダンプティみたいにひっくり返って落っこちてしまうのではないかと心配しているのだが、窓には鍵もかかっているのでひとまずは大丈夫そうだ。子供向けのシャーロック・ホームズやミス・ジェーン・マープルを楽しそうに読んでいる。大人向けの本でとっくに読了済みだろうに尋ねると

「新しい訳と古い訳を読み比べるのも面白いもの。それに、短くまとめてある分さわりがわかりやすくて、どこを作者が大切にしていたのかよくわかるわ」

さも面白そうに答えてくれる。

僕は僕で、あの日九院さんが言っていた「ATP」という言葉が気になって、司書の先生に頼んで資料を探して貰って読むことにした。

図書室の閉室の時間まで同じ部屋で過ごして、昇降口でさようならをする。司書の先生もすっかり九院さんと仲良くなったようだ。

 そして、彼女が図書室に通うようになって一週間がたった頃。

いつものように二人での本の返却作業もすっかり慣れて、彼女が窓際の本棚へ向かったその時だった。

 窓の外から、争う声が聞こえたのは。

 「お願い!もう返して!大事なものなのよ!それは!!」

まだ使われていない春のプールサイド。

女の子の三人組が二対一に分かれている。

二人組は手に本を持っていて、もう一人の女の子がそれを返して欲しいと叫んでいる。 

「あ―――!」

二人組が本をプールに向かって高く放り投げた。

大きな放物線を描いて、本がプールの真ん中に沈む。


ガラリ。


窓が開く。

「―――真の勇気とやさしさは、共に手を携えて進んでいく」

小さく呟く声。

「天上天下」

その声はすぐに、凛として揺るぎないものにとって代わる。

窓枠に足をかけた彼女がぐっと空を睨む。

「唯我」

可憐な肢体が光に包まれる。

「独尊―――!」

躊躇いなく、窓を蹴って空中に体を躍らせた。

長く燐光を後ろに引きながら彼女は宙を舞う。幾重にも光が広がり、それはまるで天使の羽のようであった。

咄嗟に手を伸ばして、わずかに触れた光は熱のない冷たい光。

生物発光(バイオルミネセンス)―――!

ルシフェリンールシフェラーゼ反応と呼ばれる化学反応。ATPに由来する化学エネルギが光エネルギと変換され、光が放出される。

「使いこなせてるじゃん……」

二階の窓から飛び出した彼女はありえない距離を飛んでプールの真ん中へと着水する。

どぼん、ばしゃんと上がる水しぶき。

脱ぎ捨てられた制服のシャツとスカートが彼女を追従する。それがプールサイドにへにゃりと落ちて、はっと我に返る。

おたおたとまろび落ちそうになりながら階段を下りて、上履きのままプールサイドまでひた走る。


「九院さんーーーエラリー!」


既にプールに落ちた本を回収してプールサイドまで泳いでいた彼女はこちらを見てチェシャ猫のようににしし、と笑った。

「はい、これをどうぞ」

そして回収した本を女の子へ手渡す。

「あなたたち、何やってるの!」

「どうしたんですか、一体!」

騒ぎを聞きつけて先生たちがやってきた。

プールサイドの僕らと、びしょ濡れのエラリーと、女の子の手の中のやっぱりずぶ濡れの本を見て、おおよその事情は察してくれたようだ。

「とにかく、あなた方はこっちへ。個別で話を聞きます」

「今タオルを持ってくるから、上がってそこで待っていなさい」

先生と上級生がいなくなってしまうと、エラリーはよいしょっとプールサイドへあがってきた。ぽたぽたとしずくが髪や頬を伝って落ちている。

「悪いけれど、そこからタオルをとってくれるかしら」

制服の中に紛れて、タオルがあった。ポケットから出した自分のハンカチと合わせてエラリーに渡す。

ありがとう、とエラリーはタオルを肩にかけて、ハンカチで髪の毛をぬぐう。

「それ……」

「ああ、必要になると思って水着を用意していたの」

学校指定のワンピース水着を着たエラリーは事もなげに言った。

「何が起きるのかはわからないけれど、ここで何かが起こるのはわかったから」

エラリー曰くきっかけはあの野原での出来事だったようだ。

「犯罪が起きる気配がしたから、声をかけてみたの」

いじめではなく、犯罪という強い言葉を使ったことに、エラリーの強い正義感が見て取れた。

だから、何も知らないふりをして声をかけてみたのだそうだ。

そこで上級生たちがエラリーに与えたのが、キンギョソウの花冠。その時の含み笑いに、何かあると勘付いたらしい。

図書室に来て調べたキンギョソウの花言葉は「でしゃばり」「おせっかい」

「だからね、これは花言葉で何か恨みが生じるような事が起きてるんじゃないかしらって。やり返すなら、同じことをするんじゃないかしらって、そう思ったの」

聞き出した上級生の名前はロコと周防。

ロコ(ダチュラ)の花言葉は偽りの魅力。

スオウの花言葉は裏切り。

「そして、この学校で花言葉の本を借りていたのは六年生の(じん)(あい)()さん」

その名前に聞き覚えがあった。図書室の常連だった女の子。新学期になってから急に姿を見せなくなったその人。

「アイミジンは勿忘草の別名。勿忘草のことは知っているわよね」

ギリシャ神話だったか。川に流された恋人が川岸の恋人に向けて告げた「私を忘れないで」。それが由来の小さな青い花。

「だから、何か起きるなら水辺だろうと思った。この学校の水辺で一番人目につかないのが、ここ……プールだった」

あの日プールに浮かんでいたキンギョソウはやはり彼女の仕業だったらしい。

プールは防犯の観点から人目につかないところに作られることが多い。

「学校の傍の小川や職員室前の池……他のものは回収されていたから、何か起こるならここだろうと思った。ただ、いつ、何が起こるかはわからなかったの。だから、見張ってなくちゃって、そう思って。」

きっかけは些細なことだったのだろうと思う。何を読んでいるのか尋ねられたから、その本のことを教えて。そこにたまたまあった自分の同じ名前の花の花言葉が悪いものだったとか、そういうことなのだろう。

そして図書室から借りた本を盗られたのだ。

だから図書室の常連だったのに、姿を現さなくなって、花言葉の本は貸し出されたままになって。

そして、もう貸し出しが延長できなくなって、事態は動く。

どちらが呼び出したのか、呼び出されたのかは、わからないけれど。

「それで、図書室に?」

「ええ。ここを見張るには図書室にいるのが、一番だったのよ」

「僕に声を、かけたのも、その為?」

自分で尋ねておいて、心臓がツキリと痛むのを感じた。

「それは違うわ」

今までずっと僕の目を見て話していた彼女が、なぜかそこで不意に目をそらした。

「それだけは、名探偵の名に懸けて違うわ」

「えっと、じゃあ、どう、して……?」

「秘密よ!秘密!」

そう叫んだエラリーは、やがて堪え切れなくなったように笑う。つられて僕も笑う。ひとしきり笑った後で、エラリーはふと真顔になった。

「わかったことがあるの……私は九院の家の娘で、力も、探偵としての才能もある。でも、それだけじゃ駄目なんだって。この力を使いこなすためには、私自身がもっと勇気とやさしさを持たなきゃ」

両手を胸の前において

「誰かと一緒に、誰かのために力を使おうと思ったのは、これが初めてよ」

肩にかけたタオルが女王陛下のマントのように厳かに翻る。

拭い切れずぽたぽたと頭からも頬からも伝う雫が、春の光に宝石のように輝いて。

頭に張り付いた藻でさえ王冠のように彼女の頭上を彩って。

それに負けないくらい頬を薔薇色に上気させて

「もっと修行して力を身に着けるわ。それから誰かのために正しく力を使えるように、もっともっと力を使うために、いろいろなことを勉強したい!……だって、勇気とやさしさがなければ世界的名探偵にはなれないわ!」

(えら)さの(ことわり)を、衣の上に。

と名付けられた少女は何もまとわぬ素肌を輝かせながら、自身の覚悟だけを高らかに朗らかに笑顔で宣言したのだ。

***

 あの後すぐエラリーは「どうしたのかしら……なんだか、すごく寒い気がするわ……」とカタカタ震えだしタオルを持って戻ってきた先生に保健室へ連れていかれてしまった。

「こんなに冷えて、唇も真っ青じゃない!」

と先生が叱っていたのが聞こえて、どうやらそのまま保護者が迎えに来て家に帰ったらしい。

図書室へ一人で戻った僕は、そこで見慣れない本を見つけた。

エラリーがいつも本を読んでいた窓際の本棚の上。

『そして伝説へ』と表紙には書かれている。

だから、僕はその本を持って、あの日彼女を引っ張って歩いた道を今度は一人で、自分の意志で歩く。

古めかしい扉を一度、二度とノックすれば



「―――こんにちは、会長」



ノートから顔を上げるとエラリーが上目遣いにこちらをのぞき込んでいた。大学からの帰り道のようで、ぱんぱんのトートバックが重たげに肩からぶら下がっている。

「こんにちは、エラリー」

平日の昼間の文学サロンはゆったりとした時間が流れている。そのせいか、ついつい執筆に夢中になってしまった。

大学生になったエラリーの修業は概ね順調で、天上天下唯我独尊の習得も既に極致へと至りつつある。

「後でリリーも顔を出すって言っていたわ。あの子、テストが近いのに大丈夫かしら?」

何者にも代えがたい相棒とも出会えた。

「そうそう、読み終わったから本を返すわ。新しい本はある?」

ふらふらと本棚へ近寄っていく、本を扱う優しい手つきは今も昔も変わらない。そう、まるでーーー

「なあに?」

「いいや。なんでもない。ココアでも飲むかい?」

「ココア」ぱっと顔にお日様のような笑顔か浮かぶ。「久しぶり!楽しみ!」

嬉しそうにこちらに駆け寄ってきたエラリーは閉じたノートに視線を落とし

「ところで、何を書いていたの?まだお話企画の募集はかかっていなかったと思うけれど」

「ただの、フィクションさ」


少年が、少女と出会って、とっておきの秘密と世界の鍵を手に入れた

青より淡い、水色の春の物語。


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