魔法仕掛けのスプリング ~戦湯潮流~
『魔法仕掛けのスプリング ~戦湯超湧~』
北陸地方のとある山奥、1日に5本しか電車の停まらない駅からバスに揺られること1時間、さらにそこから道なき道を1時間進む。
「おいおい、本当に大丈夫なのか?もう帰りの体力残ってないぞ」
日頃の運動不足がたたり、すでに疲労困憊の小太りの男性が弱音を上げる。
「下調べは完璧です。私を信じてくださいよ!」
前を進む小柄な女性は、疲れ知らずで足早に進んでいく。
「それに、帰りのことなんて気にしなくていいんですよ!噂が本当なら、帰るころには私たちには不思議な力が漲ってるんですから!」
「噂が本当じゃなかったらどうするんだ・・・」
その時、女性の足が止まる。
「あ!見てください!あれじゃないですか!?」
「お、ついに着いたか??」
木々をかき分けてみると、鬱蒼とした森の中に急に開けた空間が出現した。そして、その中心には確かに湯気を上げる大きな温泉があった。
「これ、看板もありますよ!ほら、先輩!カメラカメラ!」
「おうおう、どれどれ・・・」
看板には温泉の説明が書いてある。
【効能:皮膚病・胃弱・疲労回復・リウマチ・魔力覚醒】
話は半月前に遡る。都内の某・私立大学のサークル棟の一室、「魑魅魍魎研究会」というオカルトサークルの部室での会話がきっかけだった。
「兵頭先輩、魔法仕掛けの温泉の噂って知ってます?」
2回生の竹田が、漫画を読んでいる3回生の兵頭に声をかける。この部室で交わされる会話はだいたいこうして始まる。実働部員はこの2人だけなので、竹田が持ち込んできた噂話に兵頭が応える形だ。
「魔法仕掛けの温泉?なんじゃそりゃ?」
「この前、ネット掲示板に書き込みがあって、北陸の山奥にある温泉らしいんですけど、その温泉に浸かると不思議な力が漲ってきて、魔法を使えるようになるらしいとか・・・」
「だいぶ怪しいな・・・」
「で、その人の書き込みだと詳細な場所とかは書いてなかったんですけど、諸々の情報から多分この辺じゃないかって場所まで特定したんですよ」
「相変わらず貴重な大学生活を無為に使っているな君は」
「部室でずっとコボちゃん読んでる先輩に言われたくないですよ。で、そろそろ夏休みだし、ここ行ってみませんか?」
このサークル、普段は部室にこもってダラダラしているだけの活動であるが、竹田の唐突な思い付きで1シーズンに1度は謎の旅行が始まる。今年の春は雪男伝説を探して長野の里山に向かった。そして今回は……
「いやいや、怪しすぎるって。誰が書いたんだよこの効能を」
「まぁまぁ、まずは物は試しですよ!まずは入ってみましょう!」
竹田は鞄を開いて水着を取り出す。流石に男女2人の温泉旅行なので裸で入浴するわけにはいかない。
「じゃぁ、私あっちの茂みで着替えてくるんで……」
その時、温泉の水面が突如揺れ出し、中から何かが勢いよく発射された。
「な、なんだ!?」
地面に着地したのは柳の木のように痩せたおじいさん、そして全裸だ。
「うわー!先輩、全裸ですよ全裸!最悪!!」
「何をいっておる!温泉とは全裸で入るもの!!水着で入ろうとするおぬしのほうが最悪じゃ!!温泉に対する冒涜とは思わんか!?」
老人は唾を飛ばしながら怒り狂っている。
「お、おじいさんはいったい誰なんですか?地元の方?」
恐る恐る聴く兵頭。旅先でのトラブル解決担当は自分であるという自負がある。
「いや、わしの地元は東京よ。シティボーイじゃな」
「ああ、じゃあ魔力の噂を聴いてここに来たってことですか?」
「魔力?何の話じゃ?」
地元住民でもなく、魔力目的でもない人間がなぜこんな山奥の秘湯にいるのか。意味が分からない。
「わしはな、全国の混浴風呂を回ることをライフワークとしているのじゃ」
「え?」
「え?」
「わしはな、全国の混浴風呂を回ることをライフワークとしているのじゃ」
とてつもない変態だった。
「わしはもともと仕事一筋、バリバリに働いておった。しかし、定年退職してみると何もすることがない。妻にも愛想をつかされ逃げられた。そんな時、たまたま訪れた田舎町の混浴風呂で、女性に出会った……今までに味わったことのない興奮だったよ。そして、こう思った。残り少ない人生をこれに捧げようとね。それからわしは全国の混浴風呂に訪れては、女性が来るまでひたすら湯船に浸かり続けるということを繰り返した。今回は厳しかったよ、おぬしが来るまで2週間待った。周りに生えている野草や、湯船に落ちてくる木の実で食いつないだよ……」
とてつもないこだわりと行動力をもった変態だった。
「そしてやっと来たと思ったら……水着を着るじゃと!?そんなもん、混浴でもなんでもない!!ふざけるな!!」
「し、知りませんよ!なんでおじいちゃんの老後の楽しみのために私が裸見せないといけないんですか!!」
「わしはおこったぞーーーー!!!!」
その時、突如老人が輝く金色の光に包まれ出し、温泉が沸き上がりだした。
「な、なんだこれは!?」
「もしかして、魔力の覚醒!?」
「逃げるぞ、竹田!」
老人の手から光る波動が放出されて、森がなぎ倒されていく。しかし、まだ魔力が覚醒したばかりで扱いきれていないようだ。2人は道なき道を走り続けた。
30分ほど経ち、兵頭は少し開けた場所に出た。竹田とは途中ではぐれてしまった。このままでは、竹田が捕まってあの老人と混浴させられてしまう。
「ハァ……ハァ……どうすりゃいいんだよ」
「お困りのようですね?」
森の中から謎の声。夏に不似合いなトレンチコートを着た大柄な男が現れる。
「だ、誰ですか?」
「私は湯船越と申しまして、しがない探偵をしております」
確かに探偵と言われれば納得する服装だが。
「なんで探偵さんがこんなところに?」
怪しすぎるが、とりあえずコミュニケーションをとるのは兵頭の仕事である。
「私は、湯けむり殺人事件専門の探偵でしてね」
「え?」
「私は、湯けむり殺人事件専門の探偵でしてね」
またしてもとてつもない変態だった。
「探偵になるとき、人は誰しも何かしらの憧れをもってこの世界に入ります。時にホームズ、時に明智小五郎。そして私は2時間ドラマの湯けむり殺人事件に強く憧れた。旅先という非日常、古びた温泉旅館、そこで起きる凶悪犯罪。そして事件解決後の至高の入浴……私は全国の温泉地をめぐって、事件が起きるのを待っているんですよ」
またしてもとてつもないこだわりと行動力をもった変態だった。
「でも、混浴と違って殺人事件なんて起きる確率高くないですよね……」
「そう、だから思ったんです。自分で起こしてしまえばいいとね!!」
その時、男のトレンチコートが開き、大量の棒状のものが上空に発射された。
「私の能力は、大量の〈鈍器のようなもの〉を被害者に向かって追尾させる力!当たり所が悪くて死に至る誤りを導くことから、名付けて【導誤】……さあ、名探偵のために最高の殺人事件にしてくれ!!」
走る兵頭、追ってくる〈鈍器のようなもの〉、転ぶ兵頭、迫る〈鈍器のようなもの〉、立ちはだかる謎の男……融ける〈鈍器のようなもの〉
「ふぅ、危なかったな」
倒れる兵頭の横に、腰にタオルを巻き、謎の帽子を被った上裸の男。
「な、何が起きた!?」
湯船越がうろたえる。
「俺の能力は自分の体温を極限まで上げる力、名付けて【熱己】……俺に触れたすべての物は融けて消え去る」
「ひ、ひぃ!!!」
湯船越は探偵の威厳はまったくなくなり逃げていった。
「あ、ありがとうございます!あ、俺兵頭って言います!本当に助かりました!!」
「いや、構わない。最近、魔力の覚醒を悪用するああいう奴らが増えているんだ」
温泉で得られる魔力は予想していたよりも大きな力だ。あの探偵や老人のようなのが増えていくと思うと今後が思いやられる。
「そ、そうだ!一緒に来た後輩が魔力覚醒したじいさんに捕まりそうで!」
「ああ、さっき温泉の方が光っていたな」
「助けてくれませんか……?」
この人なら、あいつを倒して竹田を救ってくれるかもしれない。
「助けたいところだが、俺の力は自分の体自体を変化させる力、心臓への負担が大きすぎて一日に何度も使うことができないんだ。この後は冷水に浸かって、外気浴をして整えないといけない」
「そ、そんな……」
「ただ、兄ちゃん自身が戦うっていうなら協力はできるぞ」
「え?」
俺自身が戦うって、こんな能力バトル全開のところにただの大学生が入ってどうなるっていうんだ。
「そうだ、自己紹介が遅れたな。俺の名前は蒸場一郎。みんなからは〈ジョジョ〉って呼ばれてるんだ。そして、この山奥で魔力サロン〈蓬莱堂〉を運営している」
「ジョジョ?ほうらい堂??」
なんか聴いたことあるようなないような。
「とりあえず来てくれ」
〈蓬莱堂〉は桃の形をした大きな岩の裏手にあった。キャンプ場にあるような小さな山小屋だ。
「俺があの温泉の存在を知ったのが4年ほど前なんだが、そこで魔力を覚醒させてからというもの、今回みたいに力を悪用することを考えるヤツらが出るという風に警戒をしていた。だからここに住み込んで、魔力の悪用をするやつを成敗することに決めたんだ」
「すごい、平和のために自分を犠牲にしてるんですね」
今までの変態とは違って、よくできた人間だ。
「あとは、この山の水質は素晴らしいんだ。サウナで大量発汗した後、この山の水で作った水風呂に入ると、通常のサウナ⇔水風呂では味わえない快感が得られる。まるで自分と水が一体化したみたいにね。そのおかげで俺は寝起きもとても良いし、肌の調子も良いんだ。もう一生、サウナと水風呂を繰り返してここで暮そうと思ったね」
やはりとてつもないこだわりと行動力をもった変態だった。
「そして、これが俺の自作サウナなんだが……」
「いや、今はサウナはいいんで!竹田を救わなきゃ!」
「このサウナこそが、君の後輩を救うのに使えるんだ」
「え?」
「この桶の中にはあの温泉の湯が入っているんだ。これをサウナストーンにかけてロウリュすることで、サウナ内にいる人間の魔力を覚醒させることができる。しかも、覚醒に至る速度は温泉に浸かるときよりも速い」
これが、魔力の覚醒装置ってことか……。
「本当は、この桶に手を近づけて〈練〉をしてもらい、君の力が何系なのかを知る必要があるんだが、今回は急いでるし、さっそくサウナに入ってもらおう。さあ、服を脱いでくれ」
「わ、わかりました!!」
服を脱ぎ、サウナに入室する。急激に空気が重い。息が苦しくなる。用意された椅子に座り、サウナ外で言われた蒸場の指示通りにサウナストーンに桶の中の湯をかける。勢いよく噴き出す蒸気とともに、体中から汗が溢れ出す。
「嫌です!!絶対に脱ぎません!!!」
竹田は温泉の横で腕を組んで仁王立ちしている。
「だから、水着までなら譲歩するって言ってるじゃないですか!!水着の女子大生と混浴できるんですよ?おじいちゃんからすれば十分ご褒美でしょ!?」
「そんなもの混浴の醍醐味をわかっていないと言っているんじゃ!!裸を見られる恥ずかしさ、しかしそれが認められる混浴という非日常的な空間!!水着ならプールでいいじゃん!!って話なんじゃぁぁぁ!!!」
とてつもない魔力を覚醒していながら、無理やり脱がしてこないあたりも、変態ながらのこだわりがあるらしい。ただ、逃げようとすると圧倒的な魔力の波動で地面がえぐられる。どちらかが折れるしかない。その時。
「竹田!!無事か!!」
老人の魔力ですでに原型のなくなった森の中から、兵頭が出てきた。
「先輩!!助けに来てくれたんですか?てっきり逃げたかと……」
「悪い、遅くなって。俺も修行して魔力を身に着けてきたんだ!!」
確かに、兵頭は謎のオーラを纏っている。
「ふん、魔力を覚醒したぐらいでわしに勝とうと?どうやらわしの能力は最強クラスらしい、さっきそこの探偵が教えてくれたよ」
温泉の横には、ボロボロになった湯船越が倒れていた。能力バトルに敗けたということか。
「わしの能力は、圧倒的な破壊力を持つ光の波動を放つだけ。名付けて【威武数寄】……単純な能力じゃが、だからこそ強い。どんな能力もパワーの前には勝てんのじゃ。混浴の邪魔じゃ、去れ」
老人の手から放たれる光の波動。兵頭に迫りくるが、その瞬間、波動の方向は逆転し、老人に襲い掛かった。
「な、なぜじゃぁぁぁ!!」
「俺の能力は【リバース】、すべての力を逆転させる能力さ」
バスに揺られること1時間、1日ぶりに駅に戻った。昨夜は〈蓬莱堂〉に泊まり、蒸場と別れて帰路に着いた。
「なんか疲れたな……」
「そうですか?私は昨日サウナ入ってからすこぶる調子が良いですけど。魔力も覚醒できて旅の目的も達成できましたし」
そう、竹田はせっかくなら自分も魔力を覚醒させたいと自分からサウナに入ったのだ。こいつもとてつもないこだわりと行動力をもった変態だったことを忘れていた。