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第8回 覆面お題小説  作者: 読メオフ会 小説班
10/10

午前零時の案内人~天壌無窮 君を覚ゆる~


 この話はフィクションです。実在の人物名、団体に関しては何ら関係ありません。


 彼女に対するこの気持ちが友情ではなく恋だと気づいたのは、彼女の命がもう長くはないと知った後だった。

 「あんたには、うちの元気な姿だけ覚えといてほしいねん。それに、そろそろあんたかて就活やら始まるやろ」

 そんなことを言われてしまえば、返す言葉もない。もっとも、喉の奥の痛みが邪魔をして伝えたい多くの言葉は声にならなかった。

 かける言葉もなく、浮かぶ涙を悟らせぬように病室を後にするのが精いっぱいだった。病院から一歩外に出たその時、零れ落ちる涙が頬を濡らしたのを感じると同時にどこかから犬の遠吠えが聞こえた気がした。




1.

 暗闇の中で目を覚める。それは彼女に別れを告げたあの日から一か月ほど経った頃、彼女の訃報を聞いた日のことだった。直前まで見ていた夢の内容は覚えていない。なのに頬は濡れていた。

「?」

 誰もいないはずなのに誰かが笑った気がして、思わず辺りを見回す。

「なんや。気のせい」

『気のせいやあらへん』

「!」

 よく知っているはずのその声に驚いて飛び起きると、視線の先にはつい一か月ほど前に病室で別れたはずの女がこちらを見ている。

信子のぶこ、なんで」

『いや。それ聞きたいのはうちの方やで。さっきまで病院におったはずやのに、なんでがなんでや』

 帰ってきたその言葉に、頭を抱えた。


 翌日になっても、彼女はそこにいた。

『おはようさん』

「悪夢や…」

 それだけ呟くと、彼女の存在をなるべく視界に入れないようにして洗面所へ向かう。そんな自分の後を、音も気配もなく『何か』が付いてくるのだけは分かった。

「さすがにこの先はついてこんといてぇな」

 ワンルームのアパートの廊下の先、玄関側のユニットバスの扉を前に耐え切れずにそう訴える。案の定、帰ってきたのは笑い声だった。

『いうたかて、あんさん ずっとうちのことスルーやん。地味に傷つくでぇ。これくらいの嫌がらせ、許されるやろ』

「あかんわ。憲法第十三条 プライバシー権の侵害や」

『うち、法学部と違うわ』

「せやかて、憲法は教養科目必修やろ」

『死んだ後も日本国憲法って適用するん?』

 その言葉を聞いたところで、なぜか笑いが込み上げる。それは対峙した彼女も同様のようで互いの笑い声がユニゾンした。

「ハハ、ハ…」

 知らずこみあげてくるのが涙だと悟った時、彼女と別れてからの自分がもう泣くことも笑うことも、自分のリアルな感情を晒すことさえ久しくしていなかったことを思い出した。

『なんや。うちが泣かせとるみたいやん』

 みたい やない、その通りやろ。そう返したいのに、全ての声は嗚咽に代わる。

『まぁアレや。メンヘラ製造機やらサイコパスやら、皆に言われとうかなえでも、人の心はあったんやな』

 一言余計や。困ったように笑う彼女に内心そう返しながら、押し寄せてきた感情の濁流に流されるまま涙を流し続けた。




2,

 高木たかぎ信子はサークルの友人で、行動パターンや思考が似ているせいか教養科目やサークルのイベントで何かと顔を合わせる機会が多かった。大学入学から三年生に入るまでの二年間、立て続けに付き合った女性に刺される、という事態に陥った時は 心理学科だった彼女がカウンセラーである院の先輩を紹介してくれたのを覚えている。

 彼女が病に倒れたのは二年の後期が終わった後のことだ。サークルの冬合宿の不参加通知を知り、珍しいことだと事情を聴いたら入院しているらしいと聞いた。妙な胸騒ぎと共に柄にもなく見舞いに行ったところで知ったのが、彼女がもう永くはないという事実だった。

「ほな。話の整理しとこか。まず、うちはもう亡くなってるいうことでいいんやな?」

「ああ。昨日が葬儀だったはずや」

 朝食を終えた後、努めて冷静に事実を話す。そうでないと、先程泣いてしまった羞恥心に支配されてしまいそうだった。彼女はそんな叶の心の内など察しているのか、始終にやにやしていた。居心地が悪いことこの上ない。

『なるほどなぁ。あんたは行かなかったん?』

「今日提出のレポートがあってな」

 硬い声音で、それだけどうにか絞り出す。彼女の死を認めたくなくて、どうにも葬儀に行く気になれなかった。サークルの皆も叶の信子に対する感情は薄々察しているのか、誰もそのことには触れなかった。

「確か、さかい達は行く言うてたな。今日あたり、詳しいこと聞いてみよか」

『そうやな』

 堺は信子と同学科の女子で、親しくしていた人物だ。その言葉に納得したのか思うところがあるのか、彼女は何か言いたそうな顔をしていたがそれ以上は何も言わずに頷いた。


 課題のレポートを教授に提出した後、サークル棟へ向かう。サークルの扉を開けると、それまで扉の外にも漏れていた女子達のざわめきがピタリと止んだ。

「な、なんやぁ?」

 その静寂に少々ビビりながら問いかけると、人だかりの中心にいた人物―噂の境が目を真っ赤にしてこちらを見ていた。

「叶君、一昨日信子のお通夜とか行ったりした?」

「いや」

「昨日の葬儀は、来てないよね」

「課題があったしなぁ」

 何があったん?と努めて何食わぬ風を装う。

「信子の死因、病気じゃなくて病院で誰かに刺されたんだって」

「はぁ?」

 思わず横にいる信子を見ると、彼女は表情を無くして固まっていた。

「信子のお母さんが言ってたんだけど、信子その日は『調子がいいから』って病室の外に散歩に行ったんだって。でも、いつまでたっても帰ってこなくて、お母さんが探しに行ったら 中庭の隅で刺されてたのが見つかったって」

 『犯人許せない』『なんで信子が』そんなことを堺は言っていたような気がする。気がする、というのは内心ではその場を取り繕うのに必死で その後の会話はよく覚えていないからだ。境をなだめるのを他の部員たちに任せ、その日は体調不良を理由に帰路につく。ため息混じりに歩を進めていると、気づけば降り始めた雨に打たれ、家に着くころにはびしょ濡れになっていた。




3,

   「以公人、宮仕、犬上人等」―感神院所司等申状案(八坂神社文書1270号)より

 

目が覚めると、体はだるく寒気がした。喉の痛みと悪寒で風邪をひいたのだと察するが、今回ばかりは『だからどうした』という気持ちが勝る。

「なぁ、信子」

 譫言のように彼女の名を呼ぶと、『なんや』と離れた場所から声が聞こえた。ちらりとそちらに目を向けると、彼女は膝を抱えて部屋の隅でうずくまっている。

「怖っ。貞子に見えるで」

 思わず零してしまったその本音に、信子はすねたような眼をこちらに向けた。

『傷心の女子になんてこと言うねん。嫌がらせに四つん這いであんたんとこ行ったろか』

 それだけ言い返す元気があるなら大丈夫そうやな、そう苦笑すると彼女は頬を膨らませる。

「…信子、お前。自分が殺された、って分かってたんか?」

『知らん。うちは、中庭で散歩してたら倒れて、気づいたら病室やったんや』

 ずっと気になっていたことを口に出せば再び彼女は顔を膝に埋めた。

「そうかぁ」

 おそらく、信子は中庭を散歩していた時に刺され 処置室で絶命した後病室に運ばれたのだろう。自分が死んだことさえ分からず、彼女に対する心残りがあった叶の元に訪れたのかもしれない。だとしたら、そう思ったところで部屋のチャイムが鳴った。

「?」

 『ピンポーン』と間延びしたチャイムが二回たて続けに鳴った後、鍵穴が勝手に回り扉が開く。

『あかん!泥棒や』

「いや。ちゃうやろ」

 自分の他ここの鍵を持っているのは母親だけ。つまりはそういうことだ。

「叶さん、いてはるんですか?」

「おかん。見ての通りや」

 布団の中から顔を挙げてそれだけ言うと着物姿の母がこちらを一瞥して溜息を吐いた。

「まったく、無事なら電話くらい出てください」

 言われて枕元にある通信機器を手探りで探り当て画面を開くと、そこには着信履歴があふれていた。十件ある履歴の内、母からのものが六件。同ゼミ生の友人からが三件。残り二件が弟から。どういう経緯でこうなったのか、もう叶には予想がついた。

「昨日、学校から貴方が無断欠席をしているいう電話がありました。大学の授業は、三回以上休んだら単位を落とすらしいですね。ゼミの先生は、今まで一度も顔を出してひんことにたいそうご立腹なようです。今からでも遅くありません。頭を下げてきてください。これがまず、一つ目です」

 病床にいる自分の容態を気にした様子もなく、母は自分の枕元に正座してそう言い放つ。こちらの事情などお構いなしな母に相変わらずだ、と苦笑いを浮かべるしかできなかった。母はさらに続ける。

「もう一つがこちらです」

 母は、ため息混じりに袂からハンカチを取り出す。それを開くと中からは丸みを帯びた石ころが出てきた。

「何やこれ」

 強いて言うならつららの先端が折れたような石だ。上体を起こしてまじまじとそれを観察していると、母の口からは溜息が零れる。

「貴方が昔、家にあった神器を振り回した際、それが狛犬の歯にあたりました」

「げ」

「これは、その時に折れた狛犬の歯です」

 滔々と紡がれた母の言葉に、子どもの頃の記憶が蘇る。実家の神社で起こったその出来事に、穴があったら入ってしまいたい気持ちをごまかすように咳き込むと、母からは冷たい目線が飛んできた。

「昔から、貴方の身に何かあるとこの歯が私の目につくところに現れました。今回もそういうことでしょう。早苗さなえも、何かしら感じるいうところがあったようです」

 一卵性の双子の弟は昔から人ならざるものを見ることも多く、それ故叶の危機にも本人以上に敏感だった。今回の着信も、そういうことだろう。叶自身は特に何も感じることなく自由に過ごしているが、なんとなく良心の呵責を感じる話でもあった。

 母は、そんな叶の罪悪感など承知の上なのか「そういうことですから」と言うと袂の財布から一万円札を取り出し、枕元に置く。

「体を壊してるいうなら、きちんと病院に行きなはれ。もちろん、学校に出す診断書ももろうて来ること。あとは」

 そのまま母の視線は叶を外れ部屋の隅に向けられた。視線の先では、信子が驚いて肩を震わせている。そんな彼女に気づいているのかいないのか、母は溜息を吐いた。

「ここ最近、野良犬の死体が次々と見つかる事件が発生してるいう話です。事件は暗くなってから起こうとるようどすが、気をつけなはれ」

 その言葉を最後に、母は立ち上がる。

「言いとうことは伝えました。それでは、母はそろそろ家に戻ります」

「おかん、ありがとう」

 結局何をしに来たのか分からぬ母だが、正直病院に行ける費用をもらえたことはありがたい。感謝の意を伝えると、母は意味深な笑みを残して叶の部屋を後にした。




4.

 病院に行き、診察を受ける。近所のクリニックは軒並み休診日だったので、必然的にかかるのは信子が入院していた総合病院の内科となった。診断名は感冒とのことで、もう少しで気管支炎になるところだった との説明を受けた。

『こじらせる前でよかったなぁ』

「まぁ、その点だけはおかんに感謝やな」

 肩を竦めて頷くと、先程の邂逅を思い出したのか 信子は眉間に皺を寄せる。

『そういや、あんたのおかんって何者やん?』

「フツーの主婦やでぇ」

 診断書を待つ間、そんな会話をしながら渡り廊下を歩いた。ガラスの向こうには中庭が見える。そうか、信子が刺されたというのはこの辺りか。そんな複雑な思いとともに歩を進めた。

『の割には、エライ貫禄あったやん。あんさんの実家、神社やったっけ?』

「ああ。変わり者やけど、母親としてはマトモやと思うで。多…分」

 ふと顔を挙げると、壊れた社のようなものが目に飛び込んでくる。

『叶?』

「悪い。ちょっとええか」

 それを目にした瞬間、いてもたってもいられず叶は足早に壊れた社に向かった。


「ゲホッ!」

 あまり早くは走っていないはずなのに、気管支がゼーゼーする。こみあげてくる息苦しさをこらえながら壊れかけたその社を見ると、その神棚にはお神酒の杯の中の液体が薄い桃色のような液体になっていた。

『何やコレ。血?』

「匂いはよく分からへんけど、酒のキツイ匂いに混じって血の匂いもするな」

 『ここ最近、野良犬の死体が…』一瞬蘇ったのは、母の言葉だ。仮にその犬の血がこの杯に入っているものだとしたら、それは何を意味するのか。その疑問が頭をもたげた瞬間、後ろに人の気配を感じた。

『叶!危ないっ!』

 そう叫ぶ信子の声を聞いた直後、叶の意識は闇に吞まれた。


 


5.

 「備後、安芸、周防、長門の賎民、犬神という外道の神を持ちて 少しの恨みあれば

  犬神を人に憑くるといい云々」―本朝故事因縁集 より

 水の音がする。目を覚ますと、錆びた鉄のような臭い、そして獣臭が辺りに漂っていた。

『叶!良かった。目ぇ、覚めたんやな』

「信子…」

 朧げな意識の中、どうにかそれだけ口にする。落ち着いて周囲を見渡すと、古びた診察台のようなところに自分が寝かされているのが分かった。しかも、周囲には理科室で見たような臓器のホルマリン漬けのような瓶、動物の標本が並んでいる。

「ここって」

『解剖部屋やな、見るからに』

 言葉の先を掬って信子が呟く。いやいやいや、と現実に思考が付いていかない、いやいきたくない叶はぶんぶんとはちきれる勢いで首を横に振った。

『覚えとるか?あんた、血の混じった杯を発見した社んとこで後ろから麻酔かなんか嗅がされたんや』

「ああ、それで」

『見たところ、白衣は着てないみたいやったけどなぁ。ところであんた、動けるか?』

 試しに体に力を入れてみるが、動くのは眼球のみだ。ため息を吐くと、それをかき消すように入口の扉が開く。

「やぁ。久しぶりやなぁ、叶君」

 耳にこびりつくような、ねっとりとした声音が響く。

「?」

 久しぶりと言われても全く覚えのないその声の主の足音が一歩一歩近づいてくるのを感じながら、叶は自分の記憶の中にその人物に該当する者がいないか探った。

「あ」

 こけた頬、髪の抜けた頭皮に被っているニット帽のせいで手間取ったが、唇の横にある少し大きめのほくろには覚えがある。

功刀くぬぎ、だっけ」

 自信の持てぬまま記憶の中にあるかき消したい過去か湧き上がる。この同級生には、小学生のころ執拗にいじめられた記憶があるからだ。

「正解や。覚えてくれてたんやね」

 思い出したくなかったけどな、瞬時にそんな反論が出てくるがそれを口に出すほど考えなしではない。そんな叶えの心の内など知る由もなく、功刀は気持ちの悪いニタニタ笑いを浮かべていた。

「あの時、君をいじめてた人達、覚えてる?水面みなも先生と、佐川さがわ君と僕。君のお母さんが学校に乗り込んできて、警察署にも行ったせいで 水面先生、あの後相当風当たりがきつかったらしいで。自殺したのも、そのせいかもなぁ」

『いや、自業自得やん』

 いきなりの過去の暴露に、呆れたように信子は呟く。が、当然功刀に信子の言葉が届くことはなく、空虚な主張は続いた。

「佐川君のお父さんは市役所に勤めてたけど、君の議員のおじいさんが怒ったせいで職場に居づらくなって退職やて。あの後、佐川君もグレて、大変だったらしいで。暴走族に混じってバイクを走らせてたら、事故にあって死んたけどなぁ。次は、僕の番かなぁ。僕、白血病らしいわ」

『あー、佐川なんたらは自業自得やけど、こいつの場合 因果応報なんちゃう?』

 ちょっと黙っとけ。功刀の主張をすべてぶった切っていく信子の言及に安堵しながらも、内心憎まれ口を叩く。

「何がおかしいねん?!」

 そんな叶の思考は功刀にも伝わっていたようで、予想通りキレられた。

「ずいぶん余裕な態度やな。僕はいつでも君のこと殺せるんやで」

 真っ赤な顔をして功刀はナイフを叶の眼前にかざす。余裕も何もこちらは体もろくに動かない状況なのだから、仕方がないというのに。

「その前に、聞いてもええか?」

「あ?」

「信子を殺したのはお前か?」

 彼女の名前に聞き覚えがあるのかないのか、功刀はその問いに歪んだ笑みを浮かべる。

「ああ、あの女。叶君、毎日のように見舞いに来てたもんなぁ。今まで、僕の白血病が良くなるように、って願をかけて神棚に酒と犬の血を一緒にお供えしてたん。その場面を見られてしもたしなぁ」

「そうか」

 だったら、自分はこんな奴のために怯えたりしてやらない、その決意と共に功刀を睨み上げると奴はたじろいだようにしてナイフを振り上げる。

「な、何やその目はぁ!」

「何やっとるんや!!」

 次の瞬間、解剖室の扉が開き看護士たちが数名入り込んできた。




6.

 あの後、解剖室になだれ込んできた看護士達に捕らえられた功刀は警察に送られ、一連の犬狩りとその現場を見られたという理由で信子を殺したと犯行を自供した。さらに言えば、あの時お神酒の杯に入っていた血は信子のものと一致したらしい。信子がこの世に留まっていたのはそのせいなのか、お神酒が片付けられたあの日以来、叶が信子の姿を見ることはなかった。

 後から聞いた話では、あの時叶の捜索が早くに始まったのは、早苗から連絡をもらった母が病院に連絡を入れ、叶を探すよう頼んだからだとか。相変わらず勘の鋭い、というか最早エスパーレベルの弟に叶は素直に礼を述べた。

『ええって別に。ちゅうか、叶がそこまで入れ込んだ女に俺も会ってみたかったわ。今度、帰った時に写真だけでも見せてぇな』

「ああ。楽しみにしとき」

 一抹の寂寥感と共に、彼女と過ごした最期の時間を想う。今思えば、信子は最後まで信子だった。思わず目じりに浮かんだ涙をぬぐうと、受話器の向こうで早苗は笑った。

『安心しとき。死んだからって、彼女の魂との縁は消えとらん。まぁ、次会う時も向こうが人間の姿かどうかは分からんけどな』

「は?」

 楽しそうに意味の分からない発言をする弟に若干引きながらも問うと、またしても受話器の向こうからは笑い声が聞こえてきた。まぁ、こちらが深く考えても仕方ないだろう。何せこの弟は 厄除け・商売繁盛・縁結び等々多くのご利益を司る我が神社の次代を担う存在として期待される力を持つ男だ。

「まぁ、期待せんで待っとくわ」

『そうしとき。ほなな』

 その言葉を合図に通話は切れる。この先の未来の展開に少しだけ希望を持ちながら、叶は受話器を置いた。


 保護犬と飼い主として彼女と出会うのは、それから十年後のこととなる。



FIN.



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