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04*魔塔の魔法使い

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 グランベル王国では、ごく(まれ)に魔力を持った子供が生まれる。

 そういった子供は貴賤(きせん)問わず国が保護し、然るべき機関で教育されるのが決まりだった。


 保護された子供は保有する魔力の質や量によって行き先が決められる。

 魔塔の魔法使いは、魔塔で学んだ魔法使いという意味である。


 膨大な魔力とそれをコントロールするセンス、絶えることなき向上心を持っていなければ、魔塔の魔法使いと認めてもらえない。

 途中で挫け、魔塔以外の機関へ転学することもよくある。


 魔塔の魔法使いは非常に優秀で、たとえ出自不明の孤児であろうと、伯爵と同等か場合によってはそれ以上の権限が与えられている。

 しかしながら、彼らが権力を振りかざすことはめったにない。


 そんな暇があったら魔法と向き合っていたい。

 そう思うのが、魔塔の魔法使いというものなのである。


 口さがない者は魔塔の魔法使いを「魔法バカ」「魔法オタク」などと呼ぶが、しょせんは負け犬の遠吠え。

 むしろ魔塔の魔法使いにとっては、褒め言葉なのだった。


 とはいえ、高い能力と権力を有する彼らは、結婚相手として人気だったりする。

 魔法さえあればおとなしいもので、浮気の心配が皆無だからだ。


 現在、魔塔に在籍する若い魔法使いは、みんな独身で男性である。

「結婚するなら恋愛結婚!」と豪語する彼らは、しかし知り合うことはとても難しい。

 魔法以外のことに煩わされることを嫌うため、魔塔の魔法使いたちは顔がおぼろげに見える幻覚魔法を使っているのだ。


 目深に被ったローブの向こうには、真っ黒な空間と目があるだけ。

 暗闇で黒猫を見た時を想像してほしい。

 不意打ちに見たら、卒倒もののホラーである。


 そんな相手に、恋なんて芽生えるはずもない。

 そもそもそれが、彼らの狙いなのだから。


(わたしが女だという理由で適当に済ませられる可能性もあるわ。面倒臭がらず、わたしの話を聞いてくれると良いのだけれど……)


 魔塔の魔法使いというものは、せっかちでもある。

 こうして呼び出されても、用事が済めばたちどころに消えてしまう。


 だから、父の話を鵜呑みにし、コルテの話も聞かずに声を封じられる可能性は十分あった。

 今は、少しだけでも話を聞いてくれる魔塔の魔法使いが来ていることを切に願うばかりだ。


 前には父、後ろには執事。

 コルテは牧羊犬に追い立てられる羊の気持ちを味わいながら、応接室へと向かった。


 途中、窓を突き破って逃げ出す想像を何度したことか。

 けれど、追い立ててくる執事が脅すように別館へ視線を向けるものだから、庭に残してきた鉢植えたちがひどい目に遭うかもしれないと思うと、実行に移すことはできなかった。


(ああ、とうとう着いてしまったわ)


 目の前にあるのはただの応接室なのに、扉を開けば処刑台が置いてあるような錯覚を抱くほど、コルテの胸の内は荒れている。

 震える足でなんとか立っているだけのコルテを気遣うことなく、父は容赦なく扉を開けた。


(こわい。部屋へ入った瞬間に魔法をかけられたら、どうしよう)


 恐怖に立ち竦んでいると、後ろにいた執事に押し出される。


「早く入ってください」


「あっ……」


 ヨタヨタとおぼつかない足取りで、コルテは応接室へ入った。


「来てくださり、ありがとうございます!」


 入室するとすぐに、父の声がした。

 父は、魔法使いへ話しかけていた。


 応接用のソファには、濃紺色のローブを目深に被った人物が座っている。

 うつむいているせいなのか、それとも魔法のせいなのかはわからないが、顔は見えなかった。


「いえ……たまたま手が空いていたものですから」


 ローブの奥から聞こえてくる声は、少し低めの声色をしている。

 父の声は少し高めで、ガチャガチャとうるさくしゃべるものだから、魔法使いの声がなおさら落ち着いて聞こえた。


「だとしても! まさか魔塔の魔法使い様が協力してくれるとは、夢にも思いませんでした」


 幸いなことに、やって来た魔塔の魔法使いは、うわさで聞いていたよりもせっかちではなかったようだ。

 当たり障りのないあいさつを交わす父の声をどこか遠くで聞きながら、コルテは暗示をかけるように「落ち着いて、落ち着くのよ」と自身へ語りかけた。


 執事が同席しているせいか、父の表情は明るい。

 意気揚々と事情を話しているが、あることないこと──いや、あることばかりでコルテは反論の余地もない。


(声を封じるべきだと判断されたら、どうしよう)


 医師や父が、治らないと(さじ)を投げた声だ。

 魔法で回復するとは、コルテも思っていない。だがせめて取り上げられることだけは、なんとか阻止したかった。


 恐怖に、じわりと涙がにじむ。

 泣いている場合ではないのに、泣くことしかできない自分が、情けなくて苛つく。

 せめて涙だけは引っ込めようと、コルテは歯を食いしばった。


「──なるほど。大体のことは理解しました」


 そうしているうちに、話はひと段落してしまったらしい。

 魔法使いは深くうなずくと、そっと顔を上げた。


 コルテの位置から、ローブの奥までは見えない。

 その代わり、じっと何かを観察するような熱心な視線を感じる。


「しかし、封じると言ってもさまざまなやり方があります。医師の診察と同じで、まずは原因を特定しなければなりません」


「えぇえぇ、そうでしょうとも!」


「お嬢様は特別な声を持っているので、お二方の安全のためにも、しばらく二人きりにしていただきたいのですが」


 うんうんと頭を縦に振る執事と違い、父には不満があるようだ。

 蔑ろにしてきたとはいえ、今はそれなりに価値のある娘だ。


 相手は()()ヴィラロン家。

 少しでも傷がつけば自己保身のための生贄を失うのではないかと、気が気ではないらしい。


「二人きりですか? しかし、娘は嫁入り前でして……」


 父はチラチラと、助けを求めるように執事を見た。


「……ニノス様」


 ため息混じりの声で父の名を呼んだ執事は、スタスタと歩み寄る。

 彼が二言三言耳元へささやくと、父はあっさりと意見を翻して退室していった。

 そのあとを、執事も追いかけるように去っていく。


(ん……?)


 去り際の、執事の目。

 あれは一体、どういうつもりだったのだろう。

 憐れむような、あるいは試すような不可思議な視線だった。


(敵だと思っていたけれど……もしかして、わたしに逃げるチャンスを与えようとしていた?)


 そうだとしても、そうでないとしても。

 コルテは、やれるだけやらなくてはならない。


「あなたが、“マンドレイク令嬢”?」


 耳なじみの良い穏やかそうな、あるいは無関心そうな声色で尋ねられて、コルテは覚悟を決めて顔を上げた。


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