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31*婚約破棄の条件

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 時は少し前にさかのぼる。


 グランベル王国の、国王の執務室。

 内々に呼び出されたジロンドとルベールは、狩猟祭延期の罰として謹慎を言い渡された。


 世の中には『けんか両成敗』なんて言葉があるそうだが、言い渡された罰に差があるのはなぜなのか。

 功績に応じて罰が軽減されるというなら、ジロンドこそ無罪にすべきだろう。

 しかし、それを自ら言うのはどうにも情けなく、ジロンドは煩わしげに顔をしかめた。


 ルベールと同じ空気を吸っていることすら鬱陶しく、もう用は済んだとばかりに退室すべく(きびす)を返す。

 速やかに退室しようとするジロンドへ、国王──ロシエルが声をかけた。


「ジロンド、君は残りたまえ」


 引き止められたジロンドを見る、ルベールのしたり顔といったら。

 腹立たしいなんてものではない。ルベールが退室した途端、ジロンドは怒りを吐き出すかのように重いため息を吐いた。


 彼の怒りに呼応するかのように、室内にあった花瓶がパン! と音を立てて弾け飛ぶ。

 続けて、ロシエルが学生時代に手に入れた優勝カップが揺れだした。


「まぁまぁ。ヴィラロン家の魔法使い嫌いは昔からじゃないか」


 椅子から立ち上がったロシエルは、待機していたメイドに花瓶の片付けとお茶の準備を頼みつつ、沸々と怒りを煮えたたせるジロンドの肩をたたいた。


「わかっている」


 そうは言っても、怒りはなかなか収まるものではないらしい。

 かつては鉄面皮のようだと思っていた顔がコロコロと表情を変えるのは、なかなかに衝撃的だった。


 ロシエルは表情にこそ出ていないが、これでも驚いている。


 恋というものは、こうも人を変えてしまうものなのか。

 常であればもう少しまともにものを考えているはずの人が、ここまでポンコツになるとは。


 あいにくロシエルは政略結婚だったので、そういった感情とは無縁のままだ。

 とはいえ、激情と呼ぶような感情ではないだけで、妻のことは好いている。

 そばにいると穏やかな気持ちになれる、その程度には。


 メイドがワゴンを押して戻ってきたのを合図に、二人は応接用のソファへ移動した。

 早く帰りたいとぶつくさ文句を言いながら、ジロンドは用意された紅茶に口をつける。


「難儀な人を好きになったね」


「なんのことです?」


 吹き出しそうになるのをなんとか堪え、平静を装う。

 鼻の奥がツンと痛んだが、ジロンドはしらばっくれた。


「君が匿っている女性のことだよ」


「……」


 ルベールと一戦交えた狩猟場での出来事は、言い争っているうちに加熱してしまったのだと説明してあった。

 ヴィラロン家の者が魔法使いに突っかかるのは今に始まったことではない。ロシエルは特に疑うそぶりも見せず、ただ「そうか」と聞いていた。


 不本意ながら、コルテについて黙したいと思っているのはルベールも同じだったらしい。

 双方の説明にコルテの名前が挙がることはなかった。


「まさか、他人の婚約者を連れ去るなんて思いもしなかったな」


 存外情熱的な人だったんだね。

 ロシエルはそう言って、クスリと笑った。


 その声に、非難の色はない。

 むしろ、ジロンドが人らしい行動をすることを喜び、愉しんでいる風だった。


 なんとなく、師匠が生きていたらこんな反応をするのだろうなとジロンドは思う。

 縁もゆかりもないのに、ロシエルはどこか、ジロンドの師匠に似通っているところがある。


「目をかけている弟子というのは、ただの名目かい?」


「違う。彼女は本当に、特別なんだ。言霊の魔法を使うことができる、稀有(けう)な存在なのだから」


 語気がつい、強くなる。

 ロシエルは師匠ではないのに。


 コルテは、どこにでもいる女の子ではなかった。

 ジロンドの隣に並び立てる、特別な子。いずれは、神殿を代表する大聖女になるかもしれない。いや、なる。


 魔法使いの頂点は、魔塔主。

 聖女の頂点は大聖女と決まっている。


「ならば、君がすべきことは匿うことではなかった。違うか?」


「……」


 師匠に似ていると思ったせいか、ロシエルから言われるとなかなか堪えるものがあった。

 反論の言葉が見つからず、勢いを削がれたジロンドはソファへ身を(うず)める。


「それほどの素質を持った女性なら、神殿に預けるべきだった。君のそばではなく」


「だが、彼女は……」


「ジロンド、君も知っているだろう? 女性には女性の魔法がある。だからこそ、優れた魔力を持つ女性は神殿に所属することが決められているのだ。たとえ、どんな事情があろうとも」


 魔法は、魔力があれば使える。

 しかし、適正というものも存在するのだ。


 女性は、治癒魔法の適正が高い。

 それはおそらく、子どもを産み育てる性に起因しているのだろうと推測されているが、未だ解明されていない。


 ロシエルは、割れた花瓶の片付けを終えたメイドをチラリと見遣ると、ジロンドへ視線を移した。

 感情が乱れているのか、カップの中で紅茶が渦を巻いている。


 危険だ、とロシエルは思った。

 彼を止める手立てが必要だ、とも。


「偉大なる魔法使いといえど、恋には敵わないようだ。そうやって紅茶が揺れる程度で済むなら問題はないが、それ以上となると……」


「なにが言いたい?」


「治癒魔法の延長上に、無効化魔法があるだろう?」


「ああ。魔法を無効にする魔法だ」


「今からでも遅くはない。彼女を神殿に預け、無効化魔法を覚えさせるのだ。大聖女に匹敵する地下墓地の聖女と同等の力を持つと示せれば……婚約破棄は容易い」


 王命による婚約破棄を期待しなかったわけではない。

 期待する決定ではなかったが、それでもコルテとともに居られるよう取り図ろうと思案してくれたロシエルに、ジロンドは感謝したのだった。


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