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22*リナローズ邸にて

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 ジロンドによるスパルタ魔法実習で、コルテがヒーヒーしながらゴーレムを作っていたその頃、リナローズ男爵邸の応接室には重苦しい空気が立ち込めていた。


 一人の男が、長い足を持て余すように組みながら、ソファで踏ん反り返っている。

 赤茶色の髪に、(きつね)を思わせるずる賢そうな目。細身ながら、よく鍛えられた抜き身の剣のような長身。

 その冴え冴えとした視線で見つめられたら、誰もが氷漬けにされたように竦み上がってしまうだろう。

 腰のウィップホルダーに収納された(むち)も、恐怖の一端を担っているに違いない。


 男の名前は、ルベール・ヴィラロン。

 ヴィラロン伯爵家の長男で、次期当主だ。

 遊学という名の下、長らく他国の戦場で暴れ(あそび)回っていたが、自国であるグランベル王国で開催される春の狩猟祭に合わせて、緊急帰国したところである。


 充実した戦場生活の中、婚約者ができたことは実家からの連絡で知っていた。

 それが、リナローズ男爵家にいる二人の令嬢のうちの一人である、コルテだということもだ。


 社交を嫌う、引きこもり令嬢。

 それを聞いて、どんなに嬉しかったことか。


 帰国した際には存分にかわいがってやるから、それまで客室にでもつないでおけ──と返事をしておいたはずだったのだが、どうやら手違いがあったらしい。

 ルベールの婚約者は未だヴィラロン伯爵邸に顔すら出していないと聞いて、帰国して早々にルベール自ら迎えに来てやった次第である。


「も、申し訳ございません……!」


 丸い体をさらに丸めて、小太りのアルマジロのようになった男は、床に額を擦り付けながらそう言った。


 応接室へ通されてから、長らく待たされている。

 出された紅茶はすでに冷え切っており、飲む気にもなれない。

 しかし、その程度では怒るに値しないと、ルベールはアルマジロの謝罪に鷹揚(おうよう)にうなずいた。


 ルベールは次期伯爵なのだ。

 そして戦場では、待機も立派な任務である。

 それに、たかが男爵如きの粗相など、突いたところで何も面白くはない。


 アルマジロは、ニノス・リナローズと名乗った。

 家長らしい威厳もなければ、尊厳もない。

 小心者であり無能でもあると、顔に書いてあるようだ。


 なるほど、これほどの男ならば父に目をつけられるのは時間の問題だっただろう、とルベールは思った。

 突けばピィピィと泣いて、八つ当たりにちょうど良い。


 これが、リナローズ男爵その人であり、ルベールの婚約者となったコルテ・リナローズの父であり、ルベールにとっては未来の義父。

 娘であるコルテもさぞ、いじりがいがあることだろう。

 泣いて助けを乞う婚約者を想像して、ルベールはニタリと笑んだ。


「それで? 私の婚約者はどこにいるのだ」


 リナローズ邸に来ればすぐにでも連れ帰れると思っていたルベールは、ニノスとともに姿を現さない婚約者の所在を尋ねた。


 もしや、ルベールと会うためにめかしこんでいるのだろうか。

 それはそれで殊勝なことだが、それならヴィラロン邸で待っていれば良かったものをと思わなくもない。


 ルベールの問いかけに、ニノスは「ううん」「えーと」とためらいの言葉を多用しながら、視線を彷徨(さまよ)わせた。

 激しい動揺にルベールが眉を(しか)めると、ニノスは額ににじむ汗を忙しなく拭きながら、答えた。


「えっと、それが、その……娘は、ヴィラロン伯爵家に嫁ぐなど恐れ多いと申しまして……」


 ニノスの言葉に、ルベールは馬鹿か? と思った。

 この婚約は、伯母(おば)であるサロニカ侯爵夫人が提案したものだと聞いている。

 男爵令嬢ごときが断れるような、縁談ではないのだ。


 それこそ、この国一の聖女として認められたとか、王子の婚約者に内定したとか、そういうことでない限り覆ることはない。

 もしくは、ルベールが心から「こいつと婚約したくない」と言えば、甥っ子に甘いサロニカ侯爵夫人も「じゃあ仕方がないわね」となるかもしれないが。


「この婚約は、サロニカ侯爵夫人が決めたもの。私はともかく、男爵令嬢なんぞが断れるわけがないだろう」


「それは、そう、なのですが……」


 ニノスの視線は、いっそ哀れに思うほど彷徨っている。

 繰り返し手で髪をかき上げながら、なんとか言い訳しようと必死の様子だ。


 その時、ルベールはふと、父の婚約者だったという令嬢の話を思い出した。

 彼女もまたコルテと同じ男爵令嬢で、ヴィラロン家に嫁ぐことを拒否し、その後──。


「まさか、自裁(じさい)したわけではないだろう?」


 ヴィラロン家にまつわるうわさは、不穏なものばかりだ。

 ほとんどが真実なので、今更訂正する気も起きない。


 家格は悪くないので、「自分は他の女と違う」と結婚を望む女性があとを絶たない。

 しかし、国でおとなしくしている弟たちと違い、他国の戦場を駆け回るルベールのような者が相手では、社交を嫌い引きこもるような令嬢では耐えきれないのではないか──とルベールは思ったのだ。


「いえ、生きてはいる……はずです」


 (らち)があかない。


「はずだと? クソッ、まどろっこしい! 婚約者はどこへ行ったというのだ!」


 ルベールは足を上げ、テーブルへ振り下ろした。

 バキィッと大きな音を立てて、テーブルが真っ二つに割れる。

 ニノスはヒィヒィと悲鳴を上げながら、ルベールと距離を取るように尻を床へ擦り付けながら後退した。


「そ、それが……わからないのです。方々を探しておりますが、未だ見つからず……」


 イライラする。

 目の前の男は、ルベールを苛立たせる天才なのではないだろうか。

 オドオドしていて、いじめてくださいと言わんばかりである。


「貴族令嬢の家出など、たかが知れている。友人の家にでも匿ってもらっているのではないか?」


「それはあり得ません! 娘は、屋敷の敷地から出たこともないのです。友人など、いるはずがない」


「では、屋敷に出入りしている者で親しい者はいないのか? あるいは、彼女がいなくなったと同時にいなくなった者は?」


 一目も会っていない娘のために、どうしてルベールが考えてやらねばならないのだろう。

 無能すぎるニノスに、ルベールはイライラと腰の鞭に手を伸ばした。

 それに気がついたニノスは、ヒョッと息を飲んで、ブルブル震えながら無い頭を抱え込む。


「そんな者はいな…………いや、待てよ?」


 ルベールが発する凍えるような冷たい空気に、少しは冷静さを取り戻したのか、ニノスは何か思い当たったように目を大きく見開いた。


「なんだ、心当たりがあったのか?」


「いえ……あり得ないとは思うのですが、もしかしたら」


「もしかしたら?」


「魔塔の魔法使いが、手を貸している可能性があります」


「魔法使い、だと?」


 ルベールの凶悪な顔に、ニノスは泡を吹いて倒れそうだった。

 しかし、倒れた先にあるのはヴィラロン伯爵におもちゃにされる未来である。


 彼はなんとか一命だけは取り留めたいと、飛んでいきそうになる意識を宥めながら、魔塔の魔法使いを呼んだ経緯を──もちろん、ニノスに都合が良いように──話したのだった。


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