1~10話
1~10話まとめ読みです。
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https://www.alphapolis.co.jp/novel/495086802/268697182
ああ。
またが夜が来てしまった。
もうすぐ僕は死にたくなる。
それはもうスケジュールに入っている。
毎日毎日死にたくなるのは、日常の予定調和だ。
あいつは毎日帰ってくるから。
家の車庫に車が止まる音がした。
バン!乱暴にドアを閉める音。
心拍数が上がっていく。
心臓が狭く、僕の呼吸を締めあげていく。
玄関の開く音、母と少しの話声、怒りをはらんだ不機嫌な低い声がして、階段をドスドス駆け上がる音が近づいてくる。
心臓を直接蹴り上げるようにドスドスと響くその階段の音は、僕に死ね!死ね!死ね!と言っているようだった。
部屋のドアを乱暴にバンッ!と開き、直後に罵声が浴びせられる。
「なんでお前はそうなんだ!」「お前みたいなやつは生きてる資格がない!」「生きてる意味がない!」
「死ね死ね死ね死ね死ね!!」
狂ったように罵詈雑言を言い続ける。
「聞いてるのか!こっちを見ろ!!」
見たって変わらない。
もう僕の目には、父の顔はまともに見えない。
憎々しげに僕を睨み付ける目が、僕に本当に死んでほしいと思っている目が、見たくなくて、見たくなくて。
もう見えなくなった。
父だった男の顔を見る、目のところは肌色でぐしゃぐしゃに塗りつぶされたみたいに見えなくなって、口だけパクパクと動く化け物が、僕に死ねと強要する。
いかに価値がない人間なのか、自分が生かされているだけのクズで、生きているだけで金を食う金食い虫で、目障りだから死ね!と言っている。
そんなことは知ってる。
物心ついた時からお前はずっとそう言っていたじゃないか。
笑い声を上げたらうるさいと包丁を持ち出し、黙れ!と脅し。
誰のおかげで生きていけてると思っている!と。
この家に僕の居場所なんて用意されていない。
僕だって死にたい。
早く、脅すだけじゃなく、本当に僕を包丁で刺して殺してくれよ。
そうすれば、僕は最悪な父親に殺された可哀そうな子で人生を終えられる。
期待に応えた優等生を演じなくて良くなる。
外面のいい父親を裁くことができる。
世界中の皆さん!こいつは悪い奴です!
最低な父親です!
だから、早く。
殺してくれ・・・。
これが僕の生まれてからの10年間。
この家での僕。
小学5年生の僕の心が殺されるのを誰も助けない。
稼ぎが良く外面のいい父を誰も裁かない。
ほんとに、クソみたいな世界のいらない僕。
心を無にして耐えていると、気が済んだ父親はまたドスドスと足音を響かせ去っていった。
僕の顔は涙でぐしゃぐしゃだ。
悔しいから、涙なんて流したくないのに・・・。
でも悔しくて悔しくて、溢れ出て、涙を流さないことができない。
「・・・たすけて・・・」
泣きながらつぶやいた。
「あれ?君?なんでこんなとこ居るの?」
????
僕は涙でぼぅっとした頭で緩慢に頭を上げた。
気が付くと、キラキラとした粒子がエフェクトのように舞う、なんとも現実感のない空間に僕はへたり込んでいた。
空間にはクリスタルが砕けるようなきれいな音が、鳴っては消えまた現れる。
・・・?
・・・・・なんだ・・?
ここは・・・?
「ん~~~??子供はこういうとこに来ないんだけどな~~?
何かの手違いかな??」
そう言って先ほどから僕に話しかける、女性は何かバインダーみたいな物を開いて紙をぺらぺらめくっている。
すべての人種の良い所だけを集めたような美しい顔に、似つかわしくないメガネ、似つかわしくないぶかぶかのつなぎを着ている。
流れる水のようにサラサラの髪をクシャッと乱暴にポニーテールにした頭、その頭上には蛍光灯のように発光する天使の輪が浮かんでいる。
「へ??・・・て、天使??」
ぽかんと口を開けた顔でそう呟いたとたん、女性のつなぎを破って大きく白い天使の羽が生えて、ばさりと広がる。
「あ~もう~途中でイメージ変更しないでよ~。
服が破けちゃったよ。」
つなぎの背の部分が大きく破れた状態でこちらを横目でにらむ。
・・・なんだこれ?
僕、今夢見てる・・・?
「ん~ん~?夢じゃないよ~
ここは、魂のリサイクルセンターで~す。」
「・・・は?」
なんだそりゃ?そんな設定それこそ夢だろ!
意味が分からない・・・。
「だ~か~ら~、夢じゃないの~~。
ここは、人から1万回死ねって言葉を言われた悪い奴が仕訳けられる場所なんだけど~。
・・・子供は珍しくって・・・ん~待ってね~手違いとかあるかも。
今確認取るから~」
なんだその条件?
なんだ、その仕分け方・・・?
夢だからって、適当過ぎるだろ・・・。
人に死ねなんて言う人間が死ねばいいんだ。
「あ、もしもし~。私リサイクルセンターの佐藤と申しまして。
あ、はい。はい。実は今ですね、子供?10歳の子供が来ちゃいまして。
ここって凶悪犯とか来るとこなので、一応確認を・・・。
はい。はい。いや、すいません。二日前転属になって、引継ぎ適当にされちゃって~。
はい、はい。
あ~~~~~そうなんですか!
え~~~~そういう?は~~~~!・・・わっかりました。
いや、すいません。確認します~!
いえ、有難う御座います~。
すいません、初歩的な質問してしまいまして。
いえ、いえ、ほんとに失礼致しました。
はい。じゃあそのように。はい。はい。はい~。
はい~、失礼致します~。はい~・・・・。」
電話を片手にぺこぺこ謝ったり、百面相しながら「確認」の電話をどこかしらにしたらしい、リサイクルセンターの佐藤さんと言う名の天使は、あちゃ~みたいな顔をしたまま振り向いた。
「いや~ごめんごめん!今神様に確認したんだけど、こう言うケースも度々あるみたいだわ!
・・・ってか、思ったよりこの仕事大変なんだけど~。
いや~先に言って欲しかった~、めっちゃ後出しじゃん!
次の契約絶対交渉する!
あ!ごめんね!今君の事例を、さかのぼって見てるから~
少々お待ちを~!」
そう言ってどこから取り出したのか、空中でノートパソコンをカチカチしながら空中で足を組む。
天使なのに・・・ちょいちょい会社員っぽい感じ・・・。
変な夢だな・・・。
まだ背中破けてるし・・・。
神様に電話かけてるし・・・。
・・・でも、もう目覚めたくない・・・。
ずっと、眠っていたいな・・・。
「あ!ごめんね?退屈だよね?
眠ってていいよ~。」
そう言うと、天使が片手間に指をパチンと打ち鳴らした。
その瞬間僕の意識は眠りに入っていった。
身体を激しくゆすられている。
僕を起こそうとしているのかな?
もう、起こさないでいいよ、目覚めたくないんだ・・・。
「お~き~て~!ご~め~ん~!ごめんね~!」
いや!だから!起きたくないから!
絶対!意地でも!
起きたらまたあの家で、また死ねと言われる日々だ。
「気が付かなくてごめんね~!あの家!もう帰らなくていいから~!神様に直談判したから~!」
・・・帰らなくていい?
「うん!帰らなくていい!」
・・・あの夢の続き?
「夢?夢じゃないよ!ここは魂のリサイクルセンターだよ!」
・・・!?
跳ねるように起き上がると、僕を起こそうとしている天使の佐藤さんに頭をぶつけてしまった。
「いった~~~~!!」
「いたい~~~!!」
綺麗な天使が涙目で赤いおでこを抑えて泣いている。
僕のおでこもめちゃくちゃ痛い。
「痛い・・・。夢じゃない・・・?」
「だから言ってるじゃん!夢じゃないよ~!
・・・!!それより!君!もうあの家帰らなくていいから!
ごめん!知らなくて!
あの後調べたら、君、魂が壊れかかってた!あと少しでもう二度と輪廻の枠にも入れない、リサイクルも無理!
完全消滅するところだったよ!」
「魂?消滅?なんで?」
「君は・・・、まだ子供で、魂が丈夫じゃない・・・。
そんな状態で、一番愛してる、愛してほしい人に、死ねって1万回も言われてた・・・。
暴力は体を傷つけるけど、言葉は言霊で魂を直接傷つけるの・・・。グスッ。
子供にとっては、世界の・・・すべて・・・グスッ。
全ての愛、・・・は、お、親から・・・ぐすっ・・・もらうのに・・・。
死ね・・・なんて・・・。」
「僕は、もう愛してない。やめてよ。
それに、僕くらい酷い目にあってる子なんて沢山いるよ・・・。
もっとひどい目にあって、死んじゃった子もいるんだ・・・。」
僕は自然と、何度も自分に言い聞かせていた言葉を言っていた。
そうだ、僕より小さくて、死んでしまった子もいるんだ。
僕はまだましだ。
「ほ、他に同じ人がいたって!もっとひどい人がいたって!!・・・ぐすっ!
・・・き、君の魂が!消滅しかけてたことは、変わらないんだよ?」
天使が涙でぐしゃぐしゃの顔で僕に訴えかける。
「君が辛かったのが・・・、無くなる訳じゃないじゃない・・・。」
僕は、ずるいかもしれないけど、誰かにそう言って欲しかった。
僕が辛かったことを、認めて欲しかったんだ。
うるうるとくる目を見開き、涙が落ちないように上を向く。
「戻らなくていいなら僕はどうなるの?」
佐藤さんは、涙をタオルで乱暴にぐしぐし拭くと待ってましたと言わんばかりにプランのプレゼンをし始めた。
「まず君には新しい人生が用意されています!
今回は地球ではありません。今回は癒しの旅ですから、まったく違う刺激的で楽しい世界を選んでみました!
君たちの世界ではゲームが流行っているでしょ?
あれは他の世界のヒントになったりもしてるんです!なので!
剣と魔法の世界!空も飛べる!ファンタジーの世界を用意しました!」
「異世界転生!ってやつですか?!」
ワクワクしてくださいと言わんばかりの提案に、不覚にも心が躍る。
「そうね!いや~地球で広告打ったおかげで、話が早くて助かる~!
基礎知識って大切ね!
君の為に神に直談判してある程度の無理をして良い!ってお墨付き貰ったから!
ある程度望みも聞けるよ~!」
「凄い!はは!なんか夢みたい!望みか~!」
僕は、ほんとに馬鹿みたいだけど、一瞬浮かんでしまった。
優しい両親に育てられたい、・・・と。
羨ましかったから、何があっても守ってくれる、信じてくれる、優しい両親がいる子が。
「いいんだよ?優しい両親は特別サービス!絶対!約束ね!」
天使が天使の笑みで微笑むのは、反則だ・・・。
「ありがとう・・・。」
不覚にもほっとして、泣いてしまいそうになるんだから、絶対反則だ。
あと、心を読むのも反則だから。
「あはは!ごめんね!」
魂のリサイクルセンターの佐藤さんは天使の笑顔でごまかした。
僕は死んで。
僕は、生まれなおした。
さようなら、僕を傷つけるだけの世界。
これからの世界に、期待しすぎるのは危険だと、何度となく期待して裏切られてきた僕の心がうるさく喚くけど、僕は期待する。
これからは、怖がらず期待が出来る僕になりたいから、いい事があるのだと、楽しい人生を送れると、期待して僕は生まれた。
最初は意識がゆらゆらと揺れるようで、ぼんやりとしていた意識も、だんだんと鮮明になる。
目を開けたそこは、まさにファンタジーの世界だった。
全てが新しかった。
この世界に順応したからだろうか?世界の色がいつもよりカラフルに見えた気がした。
なんたって僕が最初に見たのは、妖精だった。
日の光に虹色が透ける様な羽根をパタパタさせて、キラキラした粉を周りに散らしている、鈴やクリスタルの様な高い音がキラキラと鳴っていて、僕へのあいさつにほっぺにダイブして顔をすりすりしてきてくれた。
赤ちゃんが好きな妖精なのかな?
大きな瞳に小柄な体、短いスカートは絵本の挿絵にありそうだった。
僕は嬉しくなって思わず笑ったら、赤ちゃんらしい笑い声がした。
心は10歳だから、自分が赤ちゃんの声を出すことに少し照れてしまう。
「あら?レグルスちゃん起きたの?」
ゆりかごのようなものに入れられているらしい僕を、ひょっこり女の人がのぞき込む。
キラキラした金の髪に色素の薄い肌、瞳はグレー、妖精のように可憐な若い女性だ。
僕はなぜだか、この人がこの世界のお母さんなんだとすぐに分かった。
「レグちゃん~今日はご機嫌だね!
ふふ!可愛い!妖精さんと遊んでたの?」
僕の横の妖精さんが、うんうん!と頷いて、母のほっぺに抱き着きに行った。
その光景の可愛らしさに思わず、赤ちゃんらしい笑いが止まらない。
「おお!レグルスは妖精が見えるのか?
さすが、母さんの血をひいているな!」
次にひょっこり現れたのは、褐色の肌に赤みのある黒髪の男性、瞳が紫色、頭には角が生えている何ともファンタジックな外見をしていた。
この人は、この世界のお父さんだ!僕は、少しだけ警戒をしてしまう、男の人の低い声は怖い。
でも次の瞬間にはそんな警戒心は霧散してしまうほどに、なんとも甘い顔が溶けそうなほどの笑顔で僕に話しかけてくる。
「レグルスく~ん。レグ君は髪の毛はパパだね~。大人になったら角生えるかな~?
ちっちゃいね~かわいいね~。」
え?僕角生えるの?
握って欲しそうに差し出される大きな指を、赤ちゃんの小さな手で握ってあげながら、なんで言葉が分かるのかな?と思っていた。
もしかしてこれは、チート能力の一つかな?
不便を感じないように勝手に発生する、とかなんとか言っていたっけ?
何か、条件があった気がする。
確か生活するのには困らない能力は勝手に取得するけど、特別なスキルは3つまで、選択制って言ってたっけ?
リサイクルセンターの佐藤さんが言う事にゃ
「いい?自分で能力を望んだ時点で、選択できちゃう。それを取得したら自動で1つずつスキル残量が消えるから、慎重に選ぶのよ!」
とかなんとか・・・。
でもそれって、望まなければ生活に困らない程度のスキルは勝手に取得していってくれるわけだし、そうすれば無限にスキルが手に入る訳で・・・。
選択制の3つっていつ使うんだろう?
穏やかな暮らしには必要なさそうだな~。
僕は今回の人生で幸せな子供になって、そして、せっかく新しい世界なんだ!旅なんてしながら暮らせたら楽しそうだな!なんて考えながら、赤ちゃんの声で無邪気に笑っていた。
魂のリサイクルセンターの佐藤さんは、実はものすごく偉い人だったとか、ものすごい権限を使ってとんでもないチート能力を与えたんじゃないか?なんて考えたりもした。
だって、赤ん坊の僕が退屈だな~と思って外を見たいと思ったら、家の外で母さんが洗濯しているのが頭の中に広がって見えたりする。
動けないのつまらない、と思ったら体がふわっと浮いて、部屋の中を飛べたりした。
これは過保護すぎチート能力なのではないだろうか?それともこの世界では普通なのか?
ただ僕はなんとなくわかっていた。
これは佐藤さんが、ただただ一切不便と思う事が無いように、なんていう軽い気持ちで、そのままの能力をチートとして僕に付与されたんだろうと。
ありがとう。
優しくて、大雑把な佐藤さん。
凄く快適です。
後で怒られてないことを祈ります。合掌。
でも僕の中の何かが出る杭は打たれると警告を鳴らす。
優等生を続けるのは意外とつらい、期待は重いし、雑務は振られるし、どうでもいい事にも巻き込まれる。
変な喧嘩の売られ方もするし・・・、要するに頑張る割にいい事はあまりない。
僕は赤ちゃんだけど10年分は失敗した赤ちゃんだもの、同じ轍だけは踏まないようにしよう。
あと一つ僕の心配は、新しいお父さんとお母さんに愛情が抱けるだろうかと言う事。
父親と母親と言う人種に、反射的に拒絶と嫌悪感がある。
そんな僕が、この人たちを好きになれるかな。
今回の人生は恐れずに期待をしようと思っていたのに、どうしても恐怖に引きずられる。
僕の心は、魂は、確かに壊れかけていたのかもしれない。
僕はおよそ赤ちゃんらしくない事を考えながら、足なんで組んでゆりかごに寝っ転がりながら、天井をぼーっと眺めていた。
・・・退屈。
退屈だからこんなこと考えるんだ。
パッシュ。
空気が裂かれるような音がして、「よし、ミラは居ないな!」とか言いながらお父さんが現れた。
隣で妖精がお父さんにめちゃめちゃ怒っている。
最近妖精さんがひっきりなしに家に遊びに来るのだが、お父さんは結構嫌われている。
可哀そうなお父さん・・・。
妖精さんの見えないお父さんは何も気にならないみたいに無視して僕にニコニコ笑いかける。
「レグ君~!レグ君に会いたくなってね。
パパちょっと任務さぼって帰ってきちゃったよ~。
お母さんには内緒だよ~。」
そんなこと言って、僕のほっぺをぷにぷにする。
・・・力強い~!普通の赤ちゃんだったら泣くからね!
「レグ~レグ~!レグちゃんは可愛いね~。
甘いミルクの匂い~いい匂いだね~」
お父さんはなんか鉄臭いんだけど、どこから来たの?任務大丈夫?
あと頭から普通に血が出てるよ・・・。
普通の赤ちゃんなら泣くからね。
「レグ君レグ君~。大きくなったらお父さんとドラゴンを狩りに出かけようね~。」
何それ!そんな釣りに行こうねくらいのノリでドラゴンって狩れるの?
なんだこの世界?
参考にしたのはモンハンか?!一狩り行く感じ?!
「い~き~ま~せ~ん!!!」
背後にお母さんが、妖精を引き連れて怖い顔で立っている。
妖精がお父さんをチクったらしい。
相当嫌われてるのか髪を引っ張られて、ぽこぽこ叩かれてる。
可哀そうお父さん・・・。
「リゲル!あなた今日フィリオス火山だったんじゃないの?!
鉄臭い!血なまぐさい格好でレグ君に触っちゃダメじゃない!!
そんな泥だらけの靴で!レグ君の可愛い部屋が!絨毯が!!
~~~~~!!!」
おお。これは絶対ダメなやつだよお父さん。
これは激おこだよ。喧嘩になったらどうしよう。
・・・こわいな。
僕は、あのとげが刺さるような喧嘩が勃発するのでは、とビクビクしてしまう。
「ごめん~!ミラちゃん~。だってレグルス君に会いたくて~。
僕が離れてる間になにかあったらって気が気じゃなくて!」
「何もありません!大体あんな遠くから!
あ!リゲル!頭から血が!怪我したの?大丈夫?!」
それは僕も気になってた。
結構だらだら流れてる。
「ああ!こんなのかすり傷だよ!大丈夫!」
お母さんは少し青い顔で心配顔になった。
「せっかくさぼっちゃったんだし、ちゃんと手当てするから。
もうちょっとここに居て?」
「ふふ。ありがとう。じゃあ、手当の間だけ、ここに居るね。」
そんなこと言って母さんにキスをする。
父さんは、かなりカッコイイ男なのかもしれない。
顔もかなりカッコイイし、なんだか強そうだし、お母さんの怒りを鎮める術もある。
僕は新しいお父さんを心の中でイケメンと呼ぶことにした。
子供の成長は早いとかよく聞くけど、実際子供になってみると、全然早くない。
僕はこの世界が初めてだから、見るもの聞くもの全部が新しくて、一日だって長く感じる。
今日のお風呂は凄かった。
僕はようやく首が座ったみたいな赤ちゃんで、抱っこされると、力が入らずくたっとなってしまう。
筋力があまりないみたいなので、お母さんも大事に慎重に運んでくれる、と思いきやお母さんが空中で杖みたいなものをついッと動かして、僕の周りにふわふわの綿みたいなのを作り出すと、そのまま僕をふわっと空中に浮かしてお風呂場まで運んでいく。
雲に乗ったお散歩みたいな、不思議な様で運ばれて行きお風呂につくと、そこには暖かそうな湯気がほわほわ立った水球の様なものが浮かんでいた。
僕はもう全部に目が見開くほど驚いて、素直にはしゃいでしまった。
空中に浮く水球の中にちゃぷんとつけられて、水の中がアワアワと泡立って僕を洗っていく。
僕が大はしゃぎで笑うと妖精さん達は嬉しいようで、お風呂場にはたくさんの妖精が集まって、キラキラ音をさせて、虹なんて架けちゃう妖精も居て、お母さんも妖精と競い合って綺麗な魔法を披露して。
ピカピカして、キラキラして、ほんとにほんとに素敵なお風呂だった。
暖かい風の魔法で髪の毛がふわっとなって、お母さんは僕に鏡を見せて
「ほら!レグ君!綺麗綺麗になったでしょ~。お父さんと同じ髪レグ君は赤みが強くてかわいいね!」
なんて上機嫌で髪をとかす。
はじめて見た僕は、思った以上に赤ちゃんで、どこもかしこも想像より小さく見えた。
お母さんの言う通り、お父さんの髪よりも柔らかそうで赤みが強い、肌の色はお母さんに似たのか少し白かった。
褐色の方がカッコよかったのに・・・。
瞳の色は紫とグレーが混じった不思議な色味。
お父さんとお母さんの色だ。
僕にも角が生えるんだろうか?
角生える時、痛くないのかな?なんか痛そうだと思うんだけど。
皮膚を骨が突き破るのでは、とドキドキしてしまう。
僕は以前の僕とまったく違う僕を見て、本当に生まれ変わったんだ、と実感した。
もう僕はこの世界の住人で、お父さんとお母さんの子供なんだ。
ほんの少し過去なだけなのに、前世の家を思い出すと空間がねじ曲がったように歪んで薄暗く感じた。
異状な家だ。
あの家の人たちは皆どこか歪んでる。
この家の日の当たるような明るさ、暖かさ。
毎日毎日笑い声が絶えない。
お父さんとお母さんは毎日笑って、時に喧嘩をしても、お互いを傷つけようとは思っていない。
なんて素敵なんだろう。
夢みたい。
夢なら今度こそ本当に覚めたくない。
僕は幸せな子供になれたみたいだ。
ただ、時々。
この世界での毎日があまりに幸せ過ぎるから、不安になると僕は夢の中で昔の僕につかまってしまう。
昔の僕は、僕が殴られたりしてる時かわりに体に居てくれる僕だ。
あんまり痛いことが続くと、僕は痛みから逃れるため意識を体の外に逃がしていた。
僕はちょっと優しくされると、もしかしたら、これからは僕に優しくしてくれるかもしれないと、期待して、そしてへまをやらかして、また蹴られる。
そういう時に体に残した僕は言うんだ、
「だから言っただろ、信用するなって。」
「もう二度と信じるな結局泣くのはお前なんだから。」
「いいか!絶対に忘れるな!」
蹴られながら怒った目で空中に逃げた僕をにらんで言う。
何度も何度も騙される、僕の代わりに蹴られる僕は、いつだって僕をにらんで、僕を監視してる。
その僕が時々出てきて、今のお父さんとお母さんを酷い言葉で歪めようとする。
泣きながら悪夢から目覚めると、現実のお母さんは太陽を背負ってにっこり笑って、僕をギュッと抱き上げて沢山キスをして、こしょこしょくすぐっていっぱい笑わせてくれるんだ。
リサイクルセンターの佐藤さんは、今回の人生は癒しの旅だって言っていたっけ。
ありがとう。
佐藤さん、僕は少しずつ少しずつ傷が癒えていくのを感じているよ。
「レグ~今日は、お父さんと森に行くぞ~!」
お父さんは、逞しい腕で僕をひょいっと抱き上げ、はしゃぐみたいに家の中を駆け回る。
「キャハハハ!あい!もい!いく!」
僕は3歳になっていて、会話はお手の物・・・とは言い難いけど、おしゃべりな子供になっていた。
僕は、3年間この両親に育ててもらって、本当にお父さんとお母さんが大好きになっていた。
面白くてカッコイイお父さんと、可愛くて優しいお母さん。
僕は、はしゃいで踊るお父さんに笑いながら抱き着いて、本当に心から楽しかった。
「もう~バタバタはしゃがないの~。
ふふふ!3歳になった次の日にもう行くの?」
「だって!レグが生まれてからずっとレグと森に行きたかったんだ!
はしゃいじゃうよな~レグ~!ね~?」
そう言ってお父さんが首をかしげる。
「あ~い!ね~!」
僕も楽しくなって首をかしげて見せる。
「ふふふ!仲良しさんね~うちの可愛い鬼さん達は。」
お父さんは角があって鬼さんなんだと思うけど、角がない僕も鬼さんと言われるゆえんは、歩けるようになってきてからやらかした、悪戯の数々があってからだ。
「も~また小鬼ちゃんがやったな~!」
が最近のお母さんの口癖だ。
僕が影で、面白くなってキャッキャと口を押えて笑っていると。
お母さんが怒り顔で現れて、鬼ごっこが始まる。
僕を捕まえようとお母さんが笑いながら追いかけて、僕がはしゃぎまわって逃げる。
幸せで最高に楽しい遊びなんだ。
「3歳までは森には行かない約束でしたからね!
もうレグちゃんは3歳だから良いでしょう!」
そう言ってお母さんはおもむろに台所から大きなバックを持ってくる。
「お母さんも実は準備万端です!
お弁当作ったから、湖のほとりで食べようね!」
僕とお父さんは顔を見合わせて笑う!
やっぱりね!
お父さんとお母さんは僕の頭の上でチュなんてキスをする。
本当にこの夫婦はラブラブなんだから!
仲間外れの僕が不満顔をすると、両親が僕のほっぺに両側からチュっとするのが我が家のお決まりだ。
いつもの儀式が終わって笑い声で溢れる。
お父さんには見えないけど妖精さんもこれはお気に入りみたいで、たくさん集まって楽しそうに踊りながら笑っている。
でも相変わらずお父さんは嫌いみたいなんだけど。
なんで・・・妖精さん。
「うあぁー!とうしゃ!あれ!あれ!」
森に入ると地球では見たこともないくらい大きな大木が、ダカダカ植わっていて、見たこともないいカラフルな生き物や、ふわふわの毛玉みたいな生き物がポニョポニョ飛んでいたり、本当に瞬きがもったいないと感じるようなスゴイ壮大な光景だった。
なにこれ!なにこれ!すごいすごい!
僕の頭の中は、もうずっとこれだった。
きっと今の僕を見たら目がキラキラしているなんて表現をするはずだ。
ふわふわの羽衣みたいなのをたなびかせて、魚みたいな生き物が空を泳いでいる。
淡いピンクの花が咲いては金の粉を振りまき、そしてまたゆっくりと閉じて、また煌びやかに咲いては金を振りまく。
そこらじゅうで、不思議な鳴き声や、綺麗な高い音、地を揺らすような低い音が響く。
この胸を泡立たせるような気持ちは、感動だ。
僕は、はじめて見る異世界の大自然に感動していた。
僕は興奮気味にお父さんに話しかける。
・・・?
何処かで何か光った気がした。
「ミラ!」「リゲル!」
二人がそれぞれそう言うと、凄い速さで空に飛びあがる。
高い!!
ドゴオオォおぉオおおオオ!!
今まで僕たちが居た地面が爆発したみたいに、弾け飛んだ。
な、何事?!
頭が真っ白で硬直する僕をお父さんが
「ちょっとレグを頼むな!」
と言ってお母さんに渡す。
僕は固まったままひょいと抱え込まれて、お母さんと茂みに隠れた。
土煙が収まってくると、強大な銀の角?のようなものが地面に突き刺さっていて、これが地面を貫いたのだと分かる。
「あぶね~な!今日は家族で楽しいピクニックなんだぞ~。」
そう言う父さんの背後に目にも止まらぬような凄い速さでイノシシの様な怪物の巨体が突っ込んでくる。
僕は息をのむ。
心臓が跳ね上がったように、止まった。
「とっ!」
ぼくがそう発した瞬間。
鋭い咆哮と共に、怪物の巨体は弾けるように空中に舞いあがる。
空中で巨体がズバッと切り裂かれ、空気を揺らすような鋭い悲鳴が上がる。
巨体がさらに高く舞い、血の雨が飛び散る中、父さんがいつの間にか抜いていた剣で怪物を真っ二つに切り裂いた。
ズバァァァァアアァアアアッ!!!!
僕たちの前に着地したお父さんが
「弱いくせに向かってくるな。」
と言って、剣についた怪物の血をピッと払ってさやに収めた。
巨体が落ちる音と衝撃が地面を揺らしたけど、僕にはそんな音が聞こえなくなるほどに衝撃的で。
ただ口をあんぐり開け、目を見開いてお父さんを見ることしかできない。
・・・なんだこの世界・・・・!!!!!!!!!
血の雨が降った・・・。
物理的に・・・。
呆然とする僕の心を置いて、両親はいたって普通に話している。
「わ~!ザンシシの肉がいっぱい狩れたわね!今日はお肉焼きましょうか?」
お母さん・・・。
ほっぺに血がついてるよ・・・。
可憐なお母さんがバイオレンスキャラになってしまったように、所々に被った血が付いている。
「やった!美味いんだよな~こいつ!
角も結構綺麗な状態のザンシシだったな!今回のピクニックで狩った素材は明日売りに行くか!」
お父さんが豪快に笑いながら、ザンシシと呼ばれた怪物の角をガツッと剣を突き立て外している。
お父さんの血まみれ度合いは、もはや赤い人みたいになっている。
「ちょっと待っててね~レグちゃ~ん♪」
なんて言ってお母さんが魔法でザンシシを大きなブロックに切り分けて、そのブロックを不思議な空間に、ぽいぽい入れていく。
お父さんは爪や牙など、固めの物をスパスパ切り分けて、バッグにポコポコ入れる。
四次元ポケットみたいなものなんだろうか、明らかに容量と入った量が違う。
繰り広げられるファンタジックな光景と、生々しい血みどころの光景が何ともミスマッチで、僕は真っ白な頭で口をあんぐり開けたまま、ただただ突っ立っていた。
ああ、ファンタジーの世界でも、空は青く美しい。
「レグちゃん?ごめんね?びっくりした?」
僕が現実逃避している間に作業はサクサク進んだらしい。
お母さんはそう言いながら、僕に付いた血を拭いてくれる。
「う~ん。落ちないわね~。湖まで我慢できる?
湖で洗いましょうね?」
僕はなんだか気持ち悪かったけども仕方ない。
でも、もうお父さんには抱っこされたくないかも・・・。
僕はお母さんに抱っこをねだる。
「レグちゃんはお母さんが抱っこしようね~。」
「湖までまだまだ、モンスター出てくるからね~。」
にっこりと可愛らしい顔でお母さんはさらりと言った。
僕は青い顔で、固まってしまう。
この世界はバイオレンス過ぎる~~~~!
僕が何度か現実逃避をしている間にお父さんはバッタバッタとモンスターをなぎ倒し、お母さんはザックザックと素材を回収していく。
美しく壮大なファンタジーの神秘の森は、僕らが通った後は血だまりが出来て、僕の森の印象もモンスターのうじゃうじゃ居る魔境に塗り替えられた。
異世界怖い。異世界怖い。
「レグルス~!湖付いたぞ~!」
そこには僕の異世界の森に対して閉じた扉も、ぱあっと開くほどに綺麗な湖があった。
キラキラと光る湖のほとりには色とりどりの花が咲き乱れ、虹色の輝くはっぱを持つ木々がさらさらと美しい木陰を作る。
湖の水は透明度の高い水色で、宝石のように色とりどりの石が水の中から飛び出し日の光で輝いている。
「しゅごい・・・。」
さっきまで死んだ魚の目だった僕の目は、今はきっとキラキラに輝いているに違いない。
ほっぺたがピンクに上気して僕は興奮して、早く抱っこから降ろして欲しくてじたばたした。
「わ~~~~!かしゃん!はやく!みず!
ぼく!いきたい!」
「ふふふ。レグちゃんかわい~~!
おろしてあげるね~」
興奮する僕の後頭部にチュッとキスして僕を原っぱにおろしてくれる。
僕の降り立ったふわふわの原っぱには、小さな花が鈴のような音を鳴らして揺れている。
綺麗!
僕が歩くと花が揺れて綺麗な音が鳴る。
楽しくなった僕が足をバタバタさせてると
「レグ~!お父さんと湖のほとりまで競争するぞ~!」
と言ってかけっこのポーズをする。
「とうしゃ、はやい。
、かてにゃいよ~。」
お父さんならひと飛びでビュンじゃないか。
「大丈夫!レグちゃんお母さんがお父さんに重力魔法かけて遅くしてあげるからね~」
と言って、魔法陣を空中に描き、お父さんに投げつけた。
「グぇ!!お、おっっっっも!!
ぐぅ!こんな本気のやつかけるか~普通~!!!」
父さんが空間が歪むほどの重力に、奥歯を食いしばる。
骨のきしむ音が聞こえてきそうだ・・・。
・・・・えげつない・・・。
「ほら~レグちゃん~!頑張れ~~!」
お母さんは満面の笑みだ。
僕とお父さんはこの無邪気なかわいい顔にとんでもなく弱いんだ。
「おとしゃ!しょうぶ!すたーと!」
そう言って僕はとととととっ!と走る。
僕の周りを妖精さんが応援して飛び回る。
綺麗なキラキラした音に沢山の笑い声。
僕は楽しくなって、湖まで笑いながら駆けていた。
「ほぅ!かわいい坊や。子供は久方ぶりだ・・・。」
湖の中から響き渡る涼やかな声がした。
声の主を探し、きょろきょろと辺りを見渡す。
「だえ?どこにいゆの?」
僕が声をかけた先にも美しい湖が広がるばかりで、どこにも声の主は見えない。
「ようせいしゃ!ぼくにはなしかけた?」
楽しそうに笑っていた妖精は、どうしたの?と言うように首をかしげて、知らないとジェスチャーする。
聞き間違いかな?
首を傾げて湖を見る僕の横を、重力魔法で苦しげなお父さんがぜいぜい言いながら通る。
「と、父さんが先に着いちゃうぞ~・・・。」
お父さん・・・脂汗が出てますが、それ、大丈夫なやつなんですか・・・?
「坊・・・もしや、我の声が聞こえておるのか・・・?
・・・いや・・・まさか・・・。
そんなわけないな・・・。」
「きこえてゆ!
われしゃんのこえきこえてゆよ!」
僕はもう一度聞こえた声に向かって、急いで話しかけた。
やっぱりどこかから声がする。
「アハハハハハ!愉快!愉快なり!」
そう声が聞こえたかと思うと、湖の上空に虹色にキラキラと輝く水の塊りがボコボコと発生していく。
「な!なんだ!?」
これはお父さんにも見えてるみたいだ。
僕が見入ったように立っている背後で、お母さんが何か叫びながら駆けてくる気配がした。
ほんの一瞬の間で水のかたまりが僕を飲み込み、宙高くふわりと浮きあがった。
水?!
溺れる!!
僕は水の塊りの中でじたばたと手足を動かすが、掴めない水を掻くだけでどうしようもない。
眼下にお父さんとお母さんの悲鳴を上げたような顔が見える。
お父さんが重力魔法が効いているにもかかわらず、必死の形相で僕を引き戻そうと飛び上がる。
僕をつかもうと伸ばした手は、ほんの手の平一つ分ほどの距離が足りず、空をつかんだ。
重力に引き戻され、お父さんがズシンッと重々しい音を立てて地面に叩きつけられる。
「とうしゃー---!!」
僕は水の中と言うことも忘れ悲鳴を上げた。
は!
溺れちゃ・・・・わない??
息ができるぞ?
水の中なのに僕は不思議と息をしていた。
なんだ??これ?
「驚かせてすまぬな。
話ができる人間などもうずっと現れなかったから、はしゃいでしまった。」
水の中から直接声が聞こえる。
「そなたたちの両親が心配するな。
どれ、顕現するか。」
そう言うと虹色の塊りから水が滝のように吹き出し、流れる水が巨大な形を作り出していく。
パアァァァァァ!
辺りが真っ白になるほどの強い光が流れる水から発せられる。
皆目を開けてられず、目をつぶるしかない。
「グッ!!レグッッ!!」
お父さん!!お母さん!!
シパシパと目を瞬きし、ぼやけた視界のピントがようやく合った時、僕の目の前には巨大な龍の顔がのぞき込んでいた。
「わぁーーー!!」
僕は高い悲鳴のような何とも言えない叫びをあげる。
尻もちをつき手を付くと、ふにと言う感触。
どうやら龍の手の平に僕は乗せられてるらしい。
柔らかい手の平の感触、鋭い爪が僕を包むように周りに立ちはだかっている。
「な・・・まさか・・・龍神・・様・・?」
「な、なんで龍神様が顕現を?!」
お父さんとお母さんの声が下の方で聞こえた。
龍神様?
神様??
僕は目の前の龍を恐れずに見て見る。
白い鱗が日の光で虹色に光り、大きな切れ長の瞳は、金色の宇宙のように不思議な輝きを讃えている。
頭からは何本も水晶のように輝く角が伸び、キラキラと発光する火花のようなものを散らしている。
「・・・きれい・・・。」
見入っていた僕の口から、言葉が零れ落ちた。
「あははは。坊はほんに可愛いな。」
龍は美しい目を細めて笑う。
「そこなこの子の親たちよ、驚かせて悪かったな。
この子が顕現前から我の声を聞こえたようでの。
嬉しくなってしまったのじゃ。」
「い、いえ。もったいないお言葉です。
ただ、あの、私たちの息子をこちらに下ろして頂けますでしょうか。
その子は、私たちに生まれた奇跡なのです。
どうか、お願い致します。」
手の隙間から下を覗くと、お父さんとお母さんが膝をつき深々と頭を下げている。
この龍神さん神様だから凄く偉いんだ。
「ほぅ。我にものを申すか・・・。」
頭を下げるお父さんの肩がびくりと震える。
「ほぅ。鬼人の父に、ハイエルフの母か・・・。
ふむ。・・・・良い。そなたたちの願いを聞こう。」
そう言うと龍神はそっと手を原っぱに下ろす。
「親の元に帰るが良い。」
僕が指の間からぴょんと飛び出ると、お父さんとお母さんが駆け寄り抱きしめる。
「有難う御座います!龍神様!」
「有難う御座います。」
お礼を言うお父さんとお母さんにギュッときつく抱きしめられながら、僕も龍神様にお礼を言った。
「だがな、我はその子が気に入ったのだ。
時々、遊びに来て欲しいのじゃ。
ダメかの?」
そう言って大きな頭をコクと傾げて見せる。
巨体に似合わずその様はとてもかわいい・・・。
「あしょぶ!りゅうじさま!
・・・・ともだち?」
両親はぎょっと目を見開く。
「あははははは!坊!そうだ!友達じゃ!
だから遊んでおくれ!」
「あい!」
豪快な龍神の笑い声と無邪気な3歳児の笑い声が楽しそうに湖に響いた。
・・・・お父さんとお母さんは硬直していたけれど・・・。
「凄い・・・ことになったな・・・。」
お父さんは深刻な顔で机の上に、ドシッと肘を着く。
「龍神様、初めて見た・・・居たのね・・・」
あの後、龍神様に「汚れてるな?洗ってやろう!」と言われ、高レベルの洗浄と浄化でピカピカになったはずなのに、げっそりした2人が、リビングの机に向かい合っている。
僕が龍神様と遊んでいる間、2人は魂が抜けたようにぼんやりして、幽霊のようにふらふらと帰路に着いた。
「りうじんさま、めつらしいの?」
2人は同時に僕を見て、深いため息をつく。
「神様だからね。」
「龍神様は伝説だと思ってた。」
2人のやけに深刻な状態に、僕は物凄く大変な事をしてしまったのかと、不安になってきた。
「ぼく、わういことした?」
僕の不安げな眉の下の瞳が潤む。
2人は慌てたようにいつもの様子に戻って、心配させまいと務める。
「そんなことないぞ~!すっごい、いいことだよな!」
「そうよ!レグちゃんが可愛いからお友達?が出来たのね~!
良かったね!」
そう言って代わる代わる頭をナデナデして、笑顔を見せる。
「ふふ。そうね。
考えても仕方ない!
レグちゃん!明日は街に行くよ~!」
お母さんは何か吹っ切れたような顔だ。
「うん!そうだな!
明日はレグルス君初めての街だ~!
いっぱい見て回ろうな!」
お父さんはいつもの豪快な笑みを見せ、僕を抱き上げ頭を撫でてくれる。
僕は背の高いお父さんに抱っこされるのが好きだ。
安定感のある腕と優しい顔が僕を安心させてくれる。
どんなことがあっても、このお父さんは僕を守ってくれる。
僕が笑いながら喜ぶと、父さんはメロメロの顔になってギュッとしながらくるっと回る。
「よ~し!ベットまで特別にお父さんが飛ばしてやろう!」
そう言ってブ~ンと僕を高い高いして、ふわふわ揺らしながら連れて行ってくれる。
僕は楽しくって大笑いだ。
今日の夜も僕の家には3人の笑い声でいっぱいだ。
僕をベットに着地させ、布団をふわっとかける。
父さんは僕の頭を撫でて
「お休みレグルス。早く寝たらすぐに明日だぞ~」
といってお布団をとんとんする。
「おやすみ。レグちゃん。お母さんの大好きな王子様。」
そう言っておでこにキスをする。
僕はこの時間が大好きだ。
甘い甘い愛に包まれて、僕は幸せな子供だと思うんだ。
魔法で灯った明かりを、ふぅっとお母さんが消すと、僕は自然と眠りの世界へ入っていった。
その夜のリビングのソファー。
寄り添うリゲルとミラは、ほんの少しのお酒を飲みながら話す。
「今日はあの子を授かった日を思い出したわ。
ふふ。女神さまの夢。・・・覚えてる?」
ミラの髪を撫でながら、リゲルは優しく微笑む。
「覚えてるよ。
あの子は他種族の血が濃い僕らには生まれるはずのなかった、奇跡の子供。
女神さまが与えてくれた子供だからな。」
ミラの顔は幸せな暖かさで満る。
「女神さまは言ってたわよね。この子の魂は悲しみで壊れかけてる。
あなた達が沢山の愛をこの子に与え、神から愛されたこの魂を守り育ててくれるなら、二人の子供として与えましょう。」
「俺は嬉しかったよ。ミラと一緒に居れたら子供は居なくても良いとも思っていた。
でも、ミラが子供が好きなことを知っていたし。
ミラにそっくりな子なんて可愛いに決まってる。」
そう言って、ミラの頬をぷにぷにと突っつく。
「私も、子供よりもリゲルと居ることが重要だから結婚した。
猛反対にあったけど駆け落ちしたよね。ふふふ。
でもリゲルだって子供好きでしょ?
知ってるのよ~、国の子供たちと遊んでたの見てるんだから。」
そう言ってリゲルに抱き着く。
「でもさ。」
「でもね。」
「レグちゃんが生まれた時!全部吹き飛んだ!」
「レグルスが生まれて変わった!」
「世界一可愛いよね!」
「世界一可愛いよな!」
「レグちゃん可愛くて仕方ないよ~~~~~!!!」
「レグ可愛い!レグの為に生きる!」
そう言って大興奮して二人して、ひとしきりリグレス愛を語り合う。
二人顔を見合わせ笑いあう。
「「我が子は特別!レグちゃん世界一!」」
リビングが、暖かい笑いと笑顔で溢れる。
「ねえ。私すっごい幸せ!!」
「俺も多分ミラと会ってからずっと、ずっ~と凄い幸せだ!」
にっこり笑いあって、二人はそっとキスをした。
1~10話まとめ読みです。
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