攀愛(はんあい)
推しへの行き過ぎた想いについて綴ってみました。
攀愛
どんな言葉も、適当でない気がしてならなかった。羨望、依存、耽溺、、、、なにか型にはまらなかった。
1度だけ、愛というものかと疑った。どこか近しい物を感じたのだ。しかし逡巡の後その考えを捨てた。自分のそれとは似通っていたものの愛の、心柱となる物が自分のそれにはなかったのだ。私は、愛には我が身を犠牲にしてでもそれを向けた
ものを慈しむ心が含まれていると思っていた。それは些細ではあるものの、どうしようもなく絶対的な違いであるように感じた。
彼をみる、それだけで心が洗われる。
彼の声を聞く、それだけで迷いが晴れる。
彼に触れる、それだけで、彼の事しか考えられなくなる。彼が全てだった、それ以外なにもいらない、そう心から思えた。
だから、許せなかった。ありもしない事実をでっち上げた雌、脚色して吹聴する鳩、のせられる猿どもが鬱陶しくて仕方がなかった。消しても消してもきりがない、そう思った私はテレビを仕舞ってTwitterを消した。しかし鳩は、どこにでもいた。
もう ながいこと かれを みてない
交差点の真ん中で叫ぶ、久しぶりに見た彼の顔には後悔と謝罪と、、、少し、黒いものが見えた気がした。
そこで私は全てを失った。
彼を初めて見た時の事を思い出した、あの時私は全てを手に入れたかのような充実感に満たされた。あぁ、すこしだけ、似ている。失った筈なのに、まるで全てを取り戻したようだった。だが、そんな事などどうでもいい。走り出した、まわりなんて見えない、ひたすら走った、会えもしないたった1人の男を探して。
見えた、彼だった。押し倒す、想いを、ぶつける、叫ぶ、叩きつけるように、泣き叫ぶように、、、、、
なんで、おびえてるの、さきに、きずつけたのはあなたなのに、、、、
翌日、有名VTuberの不祥事とコスプレヤーが暴行を受ける事件がニュースに流れた。犯人は精神異常者だったようで、後日入院する事となった。
それはあまりに愛と呼ぶには、あまりに歪み、攀じれていた。
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