99.悪魔さがし②
リリアとルイーズは一番街にあるヴァンサンのケーキ屋にやってきた。
「あら、開いてるやん」
「ホントだ、普通に開いてるねえ」
人気の別荘地にありそうな丸太小屋みたいな店構えだ。〈本日のオススメ〉を書いた手書きの看板が表に出ている。
リリアもルイーズも店主のいないケーキ屋にどうやって忍び込もうかと策を練りながら来たのだが、拍子抜けしてしまった。
「とりあえず入ってみよか」
「うん、そうしよっか。師匠」
「なんなん? その師匠ってのは」
「スゴいからだよ。師匠はスゴいから師匠なの」
「全く意味わからへん。リーリちゃんはホント不思議な子や」
中に入ると、甘い匂いが漂ってきた。ひとつひとつ丁寧に仕上げた工芸品のように細かな意匠が施されたケーキがショーウインドウに並んでいる。
「うわー、モンブランあるよー!」
「ホンマや! チーズケーキもあるで!」
「どれも美味しそうで選べないよー、アハハ」
「いらっしゃいませ」肝心な目的を一瞬で忘れ去った2人に、奥から出てきた女性店員が声をかけた。20代後半くらいで、目が大きく鼻筋の通った美人なのをリリアは見逃さなかった。
「あのー、どれがオススメですか?」
「今日のオススメはピスタチオとオレンジピールのシュークリームですよ」
「4つください!」
「じゃ、ないやろ。リーリちゃん!」
「そうなんだけど、やっぱ食べたいじゃない。それに、食べることで得られる情報もあるかも」
「まあ、そやな! 食べとかんと、わからんこともあるかもしれんし。私も6つください!」
「はーい、ありがとうございます」
二人は合計10個のシュークリームを店内のイートインスペースでたいらげた。極上に美味しかったが、そこに取り立てて情報はなかった。満足した二人はようやく本題に入った。
「店長のことなんやけど」ルイーズが切り出した。「最近、何か変わったことなかったです?」
それを聞いた店員の顔がみるみる翳った。
「ああ、あなたたち記者さん? 困るんですよ、兄のことを聞かれても、私は何にも知らないし」
「あなた、ヴァンサンさんの妹さんですか?」リリアが訊いた。
「そうですけど。知ってて来たんじゃないんですか?」
「私ら、新聞記者やないねん」
「……ごめんなさい。兄の恋人のことで、押しかけてくる記者が多いもので」
「そうなんや。大変やな」
「私たち、ヴァンサンさんの看病をしてるんですよ」
「兄さんはどこにいるんです!? 無事ですか!?」
リリアとルイーズはこれまでの経緯を話して聞かせた。ヴァンサンの妹はティルダと言い、母から受け継いだこのケーキ屋をヴァンサンと一緒に切り盛りしてきたそうだ。
「兄が悪魔に……」ティルダは青ざめた表情でつぶやいた。
「ヴァンサンさんがどこで悪魔と接触したか、心当たりないですか?」リリアが訊いた。
「配達先のどこかじゃないかと。配達は主に兄がやっていましたから……他はちょっと……兄は飲み歩いたりしないし、交友関係も広くないんです。ウィノーラさんと知り合ったのも、配達だったし……」
「配達先のリストとかありますか?」リリアが訊いた。
ケーキ屋を後にした二人は、ティルダから預かったリストにある場所を、日が暮れるまで順番に当たっていった。金持ちのお屋敷や高級ホテルなどが多く、得意先はセレブが多いことが分かった。が、分かったのはそれだけで、肝心の悪魔とつながる手がかりは何一つ得られなかった。
「次が最後や」ルイーズがため息まじりに言った。一日中歩き回って、へとへとになっている。
「えっと……ジゼルホテルって書いてある」
「またホテル?……望み薄っぽいわ」
ジゼルホテルは街外れにあった。古い煉瓦造りの五階建てのビルだ。これまでリリアたちが巡った高級ホテルとは違い、流れ者の労働者が仮の住まいにしそうな安宿だった。
「なんか、このあたり今までと空気ちゃうんやけど……」
「そうだね……なんか不穏な感じ」
廃墟と化したビルの軒先に寝転んでいる男や地べたに座って酒を飲んでいる老人の姿が見える。皆一様にリリアとルイーズに好奇の目を向ける。
このあたりはビルバッキオのドヤ街で、日雇い労働者や家出人たちが集う場所だ。指名手配中の犯人が紛れ込んでいるという噂もある。街の住人たちも滅多なことでは立ち入らない物騒な場所とされている。壁には行方不明人の似顔絵が貼られている。
「ここだよねえ……」ルイーズが言った。
「師匠もそう思うよね。ここでしょって感じだもん」
ジゼルホテルの玄関へ続くしばらく掃除された形跡のない階段を二人は上って行った。
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