9.勇者は魔物狩りに召集される
三日三晩涙に明け暮れたリリアの元に、国王の使いがやってきた。ルルに呼ばれ、泣きはらした顔を洗いもせずに部屋を出る。アンデッドのようにフラフラした足取りで。
小鳥のさえずりが聞こえる早朝。街はまだ静まり返っている。
階段を降りるとパン屋の一階のリビングに、完全武装した屈強な男たちが三人座っていた。恐らくガレリア騎士団でも指折りの猛者たちだろう。
その重みに耐えねばならない小さな木の椅子がかわいそうだとリリアは思った。
実際にギシギシと音を立てている。それは、悲鳴のようだ。
真ん中にいるヒゲの男に見覚えがあった。騎士団団長のテオドアだ。
会話を交わしたことはないが、リリアが騎士団の若手を相手に剣術指南をしていると、いつも背後から不機嫌そうに監視している。恐らく女がこの国の筆頭剣士であること、そして女が剣術指南役を務めることが気に食わないのだろうとリリアは思っていた。
テオドアは、よく言えば雄々しさに満ち溢れ、悪く言えば男性ホルモンを必要以上に撒き散らして歩いているようなゴリゴリのゴリラ顔だった。見た目は50近くに見えるが、実際は30代前半だという。
世界でも指折りの大国であるガレリアの実働部隊のトップに、若くして上り詰めたのは並大抵ではないというのが世間の評価だが……
――眉毛つながってるし。うわ、毛深すぎなんですけど。
とにもかくにも、リリアはこの男に良い印象は持っていなかった。
「勇者殿、是非とも我らガレリア騎士団に、お力添えをお願いしたい」
テオドアはよく通るバリトンでそう言い放つと、深々と頭を下げた。
「はい、いいですよ」
リリアは投げやりに答えた。国王の委任状を持って来ているのだ。どうせ断ることなどできない。それに、仕事は欲しい。金も欲しい。
「おお、勇者殿に来ていただけるなら百人力だ!」
猛者たちは顔を見合わせて、ホッとしたように破顔した。心から喜んでいるように見える。
――あれ? 私、嫌われてるんじゃないんだっけ?
国王に命じられ、嫌々やってきたに違いないとリリアは踏んでいたが、どうやら本気で助けを求めているらしい。
「それで、私は何をすれば……」
「チェスカ砦に駐屯している我が同胞の救出作戦にご参加いただきたいのです。今、チェスカ砦はレッドガルムの群れに囲まれております」
「うわ」
リリアの頭を瞬時によぎったのは、「やっかいだな」ということ。
チェスカ砦はガレリアの国境を守る前線基地で、三百人ほどの騎士団が常駐している。
レッドガルムという魔物は体長5mから10mほどの赤毛の狼で、別名“双頭の悪魔”と呼ばれるように、首から先が二つに割れ、それぞれに頭がくっついている。
一匹ならまだしも、群れとなるとリリアであっても討伐は容易ではない。しかも、先日神殿に魔力を封印したばかりだ。火炎魔法は半分の力も発揮できないだろう。
しかし……
――行くしかない。
久々に炎の勇者・リリアは心が燃えたぎるような使命感に満たされるのを感じた。困っている人々を助けるのが勇者の役目であり、本懐なのだ。
「すぐに発ちます。テオドア団長!」
リリアは勢いよく立ち上がった。窓から刺しこんでくる朝日が彼女を背後から照らす。神々しささえ感じる佇まいだ。
それをウットリと見つめる男が目の前にいた。
「テディと呼んでください。勇者殿」
「……は?」
テオドアはリリアに片思いしていた。
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