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勇者リリア♀は彼氏ができない!  作者: アポロBB
恋の都キャスタロック編
88/113

88.身代わり

 噴水の淵とエルフ像までおよそ20メートル。いかに勇者と言えど、生身の身体で飛べる距離ではない。


 リリアは大地を蹴る瞬間に、背後に向けて火炎魔法を放った。ジェットエンジンの要領だ。


 真紅のドレスを着ていたリリアは耐火性のカーボネイト魔法に包まれ、さらに赤く燃え上がる。その姿はまるで地球に飛来する隕石のようだ。


「すっげー!」ブルニュスが声を上げた。


 リリアは一気に噴水の池を飛び越え、エルフ像の台座のへりに片足で着地した。両足をのせるスペースはない。エルフ像は揺れたが、爆竜石を支えていたリュドミラに取って代わり、リリアがギリギリ指先で押さえることに成功した。


 片足で立ち、思いきり伸ばした片手で石を支える姿は曲芸師のようだった。


「よっしゃー! やったぜ、リーリ!」ブルニュスが叫んだ。


「リュドミラちゃん、私に掴まって!」


「私、意外と重いよ!」リュドミラは言いながら、リリアの背中に抱きついた。


「ほんとだ!」リリアは少し笑った。


「でしょ」リュドミラも少し笑った。


「ブルニュス、できるだけ遠くに逃げて!」


「わかった!」ブルニュスはリリアの言葉に素直に従った。


「リュドミラちゃん、いくよ」リリアが言うとリュドミラは黙って頷いた。


 リリアはガラスが肉をえぐる裸足の足裏に力をこめて踏ん張った。ガラス片は骨に達しようとしていた。さすがのリリアもあまりの激痛に顔を歪めた。しかし、次の瞬間──


 リリアは爆竜石を支えていた指を離し、向こう岸に向けて飛んだ。夜空に真っ赤な隕石が舞う。リュドミラを抱きかかえたリリアは見事に芝生の上に着地した。


 そして──


 エルフ像から転げ落ちた爆竜石が噴水の中に落ちた。


ごおおおおおおぉぉぉぉぉ


 轟音とともに大爆発が起こった。噴水は跡形もなく吹き飛び、あたりの芝生もろとも根こそぎ爆風がかっさらっていった。


 リリアはリュドミラの上に覆いかぶさり、爆風を耐えた。そして、風がおさまるころ、リリアを包んでいた赤いオーラが消えた。炎耐性のカーボネイト魔法の効力が切れたのだ。


「リーリちゃん、重いよ……」リュドミラが苦しそうに言った。


「あ、ごめん、リュドミラちゃん」リリアがリュドミラを抱き起こした。


「……ありがとう」リュドミラは少しモジモジしながら言った。


「あ、うん……」リリアも少し気恥ずかしそうにしていた。


「リーリちゃん、私ね……」


「……」


「生きててよかった」


「リュドミラちゃん……」


「でもね、ディグくんにも生きててほしかったの」


「うん」


 リリアとリュドミラはお互いの心の中に同じ痛みを感じとっていた。それまで一人で抱えていた悲しみが少し和らいでいくのを二人は感じていた。


「ねえ、リュドミラちゃん、知ってる? ディグの銅像ができるんだよ。総統が約束してくれたんだ。オアシスの広場に。街を守り、市民を守り、そして、私たちを守ってくれたディグがちゃんとみんなに讃えられるの。すごいことじゃない?」


「そうなんだ……すごいよね、ウン、本当にすごいよね……」リュドミラの答えは涙交じりだった。リリアはリュドミラの肩に手を置いた。そして、リリアの目からも涙がこぼれ落ちた。


 そんな二人に近づく影──パルだ。まだ鳴り続けている花火の音にまぎれて、気配を消していた。


 パルは口から血を垂れ流しながら、ヨロヨロと爆心地を歩いていった。自爆のために魔力を増幅させて自らの内臓を破壊したため、彼の身体はすでに限界を超えていた。こうして歩いているのも奇跡と言っていい。ほとんど気力だけで体を動かしていた。


──殺すんだ。勇者を殺すんだ。そうすれば僕は、“幸せ”になれる。このまま死んでたまるか……ディグのためにも、他のみんなのためにも……俺は“幸せ”をこの手につかみ取るんだ。ディグ、見ててくれ。この瞬間のために僕らアサシンは生まれ、そして、生き抜いてきたんだ。


 パルの体から黄色いオーラが発せられていた。パルは再び自らの内臓を焼き尽くさんとする魔力を増幅させたのだ。髪の毛が逆立つ。体中の細胞がピンと張り詰めていくのが分かる。自爆まで、もう一息。枯れかけた魔力の泉から最後の一滴を絞り出せばいいだけだ。


 パルの目がリリアをとらえた。彼女は背中を向けている。その前にいるのはリュドミラだ。二人ともまだパルの存在に気づいていない。


 あと10メートル。二人の息遣いまで聞こえてきた。


 あと5メートル。パルは“成功”を確信する。


 あと3メートル。リュドミラが気づいたようだ。


 しかし、パルはそのまま真っ直ぐに歩を進めた。


──僕は勝った……僕は勝ったんだ……ん? 僕は何に勝ったんだ?


 パルの思考に疑問が湧き起こった瞬間、リュドミラは叫んだ。


「リーリちゃん、危ない!」


 リュドミラはリリアを突き飛ばした。そして、迫り来るパルに向けて勢いよくぶつかっていった。


 不意をつかれたリリアは芝生の上に倒れ込んでいた。


「リュドミラちゃん!」リリアが叫ぶ。


「わああああああ」


 リュドミラがパルに体当たりして吹っ飛ばしたその瞬間──


 閃光が走り、リュドミラの姿が消えた。


 轟音とともにパルの身体が爆発したのだ。


「そんな! うそ!! うそだー!! ……リュドミラちゃん……あああああああああああ!!」


 リリアの叫びは虚しく爆風にかき消された。


 


 

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