52.デートの行き先に勇者は……
翌朝、リリアが自宅アパートで目覚めると窓の外から声がした。
「おーい、リーリ、行くぞー」ブルニュスの声だった。
「え? なにあの子? デートってもしかして今日なの?」リリアはパジャマ姿のまま目をこすりながら窓際に行った。
ブルニュスはいつもの薄汚れた麻の服とは違い、タキシードを着ていた。
「あんた、なんて服着てんのよ……」
「正装はデートの基本だろ? リーリ、お前はデートしたことねえだろうから知らねえんだね、アッハッハ」
「したことありますぅ! アンタこそしたことないくせに!!」
「あるに決まってるだろ! しょっちゅうしてるぜ。俺、モテるからね」
──どうせ嘘に決まってる! どうせ近所の女の子とボール遊びしてるのをカウントしてるんだろ!!
リリアはまたしても子供相手にムキになった。実際、デートはリトヴィエノフとしたことがある。一回だけだが。
「早く行こうぜ、リーリ!」ブルニュスが叫んだ。
「アンタねぇ、急に来られてすぐに出かけられると思ってんの? メイクだってあるんだよぉ!!」メイクなど5分程度チャチャっとやるに過ぎないリリアだったが、いろいろと悔しいので言ってみた。
「あ、そうか。ごめんごめん。じゃ、30分したらまた来るわ」ブルニュスはそう言うと帰ってしまった。
「アンタ、ちょっとぉ! 誰も今日デートするって言ってない……もう!」
リリアは頭を抱えた。今日は仕事は休みだったが、昼からジルにアピールタイムの稽古をつけてもらいに行かなければならない。しかも、何をするかすら決まっていない状況だ。
──昨日、一晩中考えたのになーんにも出てこないよう!どうしよ。午前中に必死でひねり出そうと思ってたのに、デートなんか……。あ、あと、昨日、ディグにお礼をしそびれちゃったから、お礼にも行かないと。でも……リュドミラちゃんとあんな世界観つくられちゃったら行きにくいよねぇ。でも、助けてもらったんだからお礼は言わないと……あー、やることが山積みだぁああ!!
頭の中はパニックだったが、リリアはとりあえずメイクを始めた。いつもより入念に。
結局、2時間だけという約束でデートを開始した。
ブルニュスは自分が知っている秘密の道(ブロックが崩れて通れるようになっている路地裏や空き家の庭など)をリリアを連れて歩いた。タキシードを着て薄汚れた裏路地を歩く姿は滑稽だった。
いわゆるデートではないような気がしたが、リリアの知らない道ばっかりで意外と勉強になった。
「ブルニュス、あんたスゴいね!」リリアは感心して言った。
「フン、俺以上にこの街に詳しいヤツはいないぜぇ!」ブルニュスは完全に調子に乗っていた。
「なあ、リーリ、この後行こうと思ってる場所の候補が2つあるんだけどよ、どっちがいいか選んでくれ」
「へー、私に選択権があるんだぁ」
「そりゃそうさ。俺はレディーを大事にするジェントルマンだからな」
「ハハ、一丁前にぃ! で、どんなとこ? 早く教えてよ!」リリアは完全に楽しくなっていた。
「一つはオアシスの隠れスポット。奥まってて観光客がほとんど来ない静かな場所だ。もう一つは、秘密基地」
「秘密基地?」
「そう。なんかワクワクするだろ?」
「フフ、そうね。そっち行ってみたい」
「よっしゃ! ついて来な」
迷路のような路地裏をするすると通り抜けていくブルニュスについて、リリアは進んだ。やがて、目抜き通りに出た。朝から多くの人が行き交っている。
「今日はいつもよりも人出が多いんだねー」リリアは呑気に言った。
「リーリ、明日は何の日が知ってるか?」ブルニュスが言った。
「明日は……あー! コンテスト……」
「そう。オアシスクイーンコンテストだからだよ。毎年、大勢見物客が来るんだぜ」
「そ、そうなの、アハハ……」リリアは現実に引き戻された思いがした。楽しい気分が一気に霧散し、<アピールタイム>という言葉が頭にのしかかった。
「リーリも出るんだろ?」
「あんた、なんで知ってんのよ!!」
「俺をなめてもらっちゃ困るぜ! アッハッハ。この街の情報は何だって俺の耳に入ってくるんだ」
「ああ……」
「明日は大応援団を組んで、見に行くからな!」
「あの……あんまり大ごとにしないでいただきたいのですが……」
「まかせとけって。リーリが一番目立つようにしてやるから!」
「そういうことじゃないんですが……」
リリアとブルニュスの会話はどこまでいっても平行線だった。
「じゃ、行こうか。秘密基地」
ブルニュスはそう言うと、ダンスホールの脇の小道に入っていった。
「え……? ここ、なの?」
「そうだよ、この先にあるんだ。すっげえ場所だぜ!ヘヘ」
そこは、リリアがおととい男たちに襲われそうになった場所、生ごみ臭が漂う路地裏だった。
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