49.命の恩人に勇者は……
リリアが目覚めると、そこは見知らぬ部屋だった。華やかなレースのカーテンに明るい色の壁紙。オシャレな内装にはこの部屋の主のセンスの良さが伺えた。
「ここ、どこ?」
「私の家」部屋の奥から出てきたのはリュドミラだ。
「リュドミラちゃん! あれ? 私、昨日……ぎゃあ!!」リリアはソファで横になっているディグの姿を見つけたのだ。
「な、なんでこの男が、ここに!?」
「この人、知り合い?」
「知り合いっていうか、なんていうか……ちょっと話をしたことがあるってくらいだけど……」
「やっぱりなーんにも覚えてないんだね、リーリちゃん。もうお酒禁止だからね」
「あ、そうか。昨日、リュドミラちゃんのステージを見に行って……、でも、私、お酒飲まなかったんだよ。こないだの夜の件ですっごく反省したんだから!ホントだよ!! 飲んだのはフェダル茶だけで……」
「もう、リーリちゃんは世間知らずだなぁ、アハハ。だってあんなところでフェダル茶って注文したらお酒が出てくるに決まってるじゃない。リーリちゃんが飲んでたのは蒸留酒のお茶割りよ」
「ええええー!! そうなの!?」
「で、リーリちゃんは酔い潰れてたんだけど……私、ステージがあってずっと観ててあげられなくて……」
「そりゃそうよ! ごめんなさい!!」
「ステージ終わってから探したんだけど、リーリちゃんいなくて……男たちに連れて行かれたって聞いて……」
「……え?」リリアの脳裏に昨夜のことが断片的に蘇ってきた。
──あれって夢じゃないのぉ? 不潔そうな男に体をまさぐられて……口がすっごく臭くて……うわ、太ももとかお尻とか、すっごくなまなましい感覚だ……あのゴツい手がわ、私の……も、もしかして……私……
「最後までやっちゃったの!?」リリアは声に出して叫んでいた。
「やってない!」
「本当に?」
「本当だよ。安心して、リーリちゃん。その人が助けてくれたの」リュドミラはディグの方を見た。
ディグの全身は包帯ぐるぐる巻きで、うなされていた。
「でぃ、ディグが……?」
「彼、ディグっていうの?」
「うん、多分本名だと思うけど」
「ん?」
「いや、何でもない。ディグは傭兵なのよ。でも、この人がこんな姿になるなんて……」
「リーリちゃんを襲った男たちも傭兵だったって。しかも7人もいたって」
「7人いたとしても、ディグなら……」
「1人はね、魔物に身体を乗っとられてたんだよ。ピュロ……ピュロなんとかって言ってたなぁ」
「ピュロキックスね」
「そう! それそれ!」
「ピュロキックスを1人で相手したの……、しかも、私を守りながら……」
「私が見た時は、その魔物がまさに襲い掛かろうとしていた時で……、その……ディグ?……ディグ君はリーリちゃんを抱きかかえるようにして守っていた。私、びっくりしてとにかくそこらへんに落ちてるものを魔物に投げつけた……その後はよくわかんない。何かが起きて、ゲジゲジみたいなのが口から出ていって助かったの」
「ホントごめん!! リュドミラちゃん、怖かったでしょう?」
「私なんか、なんともないよー。ただ、ディグ君は体中から血をどばぁっと流れてて、とにかく私の部屋まで連れてきて手当したの」
「そうだったの……」
「ディグ君はすごい人だよ。自分が死にそうだっていうのに、ここまでリーリちゃんを抱えて運んでくれたんだよ! 私、びっくりしちゃった。私、何度も言ったんだよ、『リーリちゃんは私が運ぶから』って。でも、テオ……テオなんとかって人に申しわけが立たないとかなんとかいって譲らなかったの!」
「それってテオドアさん?」
「そう! その人だよ!」
リリアは何が何だかわからなかった。どうしてディグはテオドアに「申し訳が立たない」のだ。
「テオドアさんって誰なの?」
「私が故郷のガレリアでお世話になった人。ディグもその人と知り合いだったみたいで……たまたまキャスタロックで会って、その話になって……」
「そうだったんだ……ねえ、リーリちゃん、くどいとは思うんだけど、もう一回訊いてもいいかな?」
「いいけど……なあに?」
「ディグ君ってリーリちゃんにとって、ただの知り合いってことでいいのよねえ?」
「どういう意味?」
「実は彼氏とか……いや、彼氏じゃなくても元彼とか……もしかして夫とか愛人とか運命の人とか」
「ええ! そんなわけないってぇ! だってディグとは三日前に初めて会って、ちょっと話をしただけなんだよぉ! 何でディグがここにいるのかも分かんなくて、私、大混乱なの!!っていうか、何でこの人、私のこと助けたのよ!? こんなボロボロになりながら、意味わかんなーい!!」
「優しいのよ……」その声は妙に艶っぽかった。
「ま、まさか、リュドミラちゃん……」
リュドミラはディグの顔を見てうっとりとしていた。
「私、ディグ君のこと好きになっちゃった」そこにいたのは恋する乙女だった。超美形の。
「あの、それは……ちょっと、やめといた方が。だってその人は……」
「ディグ君は男の中の男だよ!私がずぅーっと探してた運命の人!!」恋の炎が燃え盛るリュドミラの耳には、リリアの声は届かなかった。
──どうすんの!? この男、殺し屋<アサシン>なんですけどぉ!!
心の中で叫んだリリアだったが、もう第三者が立ち入れるような雰囲気ではなかった。リュドミラはタオルを搾り、そっとディグの額の汗を拭いていた。
──ほ、本気だよ、これは!!
リュドミラは極端に惚れっぽい。出会って3秒で稲妻にうたれたように恋に落ちることだってある。<熱しやすく冷めやすい>ならまだマシなのだが、リュドミラは熱しやすく、さらにガソリンを撒いたように燃え上がる。まだ二十歳そこそこだが、悪い男に捕まって泥沼にハマっていく女の典型のような人生を歩んできた。
そして、不倫の果ての大失恋の後に選んだ男が殺し屋とは。徹底的に男運に見放されたクレイバーグ家の血筋なのだろうか。
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