48.ケダモノに襲われた勇者は……②
リュドミラはステージ衣装を着替えもせずに酔っ払いで溢れかえるホールを彷徨っていた。
──リーリちゃん、どこ行ったのよぉ。
酔っ払ってしまったリリアを隅っこに座らせてから舞台をに臨んだのだが、気がつくとリリアの姿はなかった。
リュドミラは気もそぞろにステージを終えると、リリアを探し始めた。
「リュドミラちゃーん、今日もキレッキレのダンス、セクシーだったよぉー」
「一緒に飲もうよ、こっちでさぁ、フフフ」
ファンの男たちが声を掛けてくる。リュドミラはあからさまに不機嫌な顔をした。
──何がキレッキレよ! 集中できなくて最悪だったわ!!
リュドミラは知っている。この男どもは自分の踊りなど全く見てやしない。今だって、露出の高いステージ衣装からこぼれでた肌を舐め回すように見ている。
「チップあげるからさあ、こっち来なよぉ、イヒヒ」二重アゴの男が紙幣を振り回しながら手招きした。「谷間に挟んであげよっかなぁ、アッハッハ」いやらしい流し目に嫌悪感が走る。
リュドミラは以前、この男に胸を鷲掴みにされたこともあった。
──ぶっとばしてやりたい!
この二重アゴは代々カジノを経営する資産家のバカ息子で名をパラヤンという。歳の頃は40過ぎ。そのだらしない身体が贅沢のかぎりを尽くすことにしか興味のない彼の人生を表している。
しかし、そんなクソ野郎も街の名士たちに顔がきき、このホールにも出資している。つまり、一介の踊り子に過ぎないリュドミラには逆らうことのできない人物なのだ。
「こっちこいよぉ、早くぅ」汗ばんでヌメヌメした手がリュドミラの肩に置かれた。
リュドミラはその手を振り払おうとしたが……
「君のお友達も呼んできな。一緒にかわいがってやるからさぁ、イヒヒ」パラヤンのひどい口臭がリュドミラを不快にさせた。まるで排水溝の匂いだ。
──うわ、死にそう……でも、コイツさっき私がリーリちゃんと話してたのを見てたの?
「でも、お友達はもうお楽しみ中だったな、アッハッハ。君の友達もけっこうカワイイ子だったじゃないかぁ。リュドミラちゃんには、ぜーんぜん敵わないけどもぉ。君はスペシャルだ!」
──お楽しみ中? 何言ってるの、こいつ
1秒でも早く、この気持ち悪い男の臭い息がかからない場所に避難したかったが、ある考えが浮かんだ。リュドミラは顔を引きつらせながらも二重アゴに向かって笑顔をつくった。
「パラヤンさん、私の友達がお楽しみ中ってどういうことですぅ?」
「フフ、男たちと一緒に出ていったのさぁ。あれは傭兵たちだな。血気盛んで欲求不満のぉ、オッホッホ」パラヤンはしれっとリュドミラの腰に手を回してきた。
──傭兵? イヤな予感しかしないんだけど。
「どこから出ていったか、知ってますぅ? 私、友達を呼んできたいの。二人でパラヤンさんのお相手をしたらきっと楽しいでしょうしぃ……」
「おお、そいつはいい考えだよぉ。美人は大歓迎さぁ! 君の友達はね、確か、あっちの方に歩いて……いや、ほとんど抱きかかえられてたな、フフフ」」
「ありがとうございますぅ。じゃあとで」
「おお、リュドミラちゃん、待ってるよぉ」
リュドミラは振り返ると、苦虫を噛み潰したような顔をした。パラヤンと接するのは拷問だ。彼女にとってはゴキブリを至近距離で見続けるようなものだった。
──とにかく、リーリちゃんを助けないと! 傭兵はタチが悪いんだから!!
リュドミラは人混みをかきわけて、ようやく裏口の扉から出た。と、
「ぎゃああああ!」リュドミラは悲鳴を上げた。
ピュロキックスに息の根を止められようとしているディグ、そして、その腕に抱かれたリリアの姿を見たのだ。
──リーリちゃん! っていうか、これどういう状況? この男の人、誰?
リュドミラの目の前で巨大なハリネズミのような化け物が今にも、二人に覆いかぶさろうとしていた。
──と、と、とにかく、どうにかしないと!
リュドミラは目の前に散乱していたゴミを手あたり次第に化け物に向かって投げつけた。
「あっち行け! あっち行け!! 」
当然、そんなゴミ程度ではピュロキックスには何のダメージも与えられない。
「おい、ねーちゃん、に、逃げろ……そんなことしても無駄だ……早く……」息も絶え絶えのディグがリュドミラに向かって言った。
「逃げられるわけないでしょ!! リーリちゃんをほっといて!!」
ピュロキックスの針がディグの目と鼻の先にやってきた。もうすぐディグの身体を貫くだろう。
──もうダメぇ!!
と、突然、ピュロキックスは針を引っ込めた。そうなると、そこに立っているのは口髭の傭兵、ただの人間だ。傭兵が力無く倒れると、その口からピュロキックスはムカデのように這い出て、暗闇に消えていった。
「何が起きたの……?」リュドミラは呆然と立ち尽くしていた。
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