47.ケダモノに襲われた勇者は……①
口髭の男がズボンを下ろした。
「じゃ、お先な!」
リリアは地面にぐったりしたまま、動かない。男はリリアの身体をまさぐった。
「へへ、いい身体してやがるぅ!」
残りの6人の男たちはその後ろでジャンケンをしていた。順番を決めているのだ。
「よっしゃあ! 俺二番」「マジかよ!お前の後は病気が伝染りそうだぜ」
ちょうど順番が決まったその瞬間──
──ヒュン
つむじ風のような音がしたかと思うと、男たちは白目をむいて次々と倒れた。
口髭の男はそれに気づかず、リリアの服を脱がそうとしていた。
「ウヒ、ウヒ、ウヒヒヒヒー」まさに欲望むき出しの獣だ。
と、誰かに背後から肩を叩かれた。
「なんだよ! 順番を待てよ!!」口髭の男が振り返ると、そこにいたのは、全身黒の衣装に身を包んだ男──ディグだった。
「だ、誰だ? お前、俺が誰だとおも……」言い終わらないうちに口髭の男は口から泡を吹いて地面に倒れて動かなくなった。ディグはその首筋に刺さった針を抜いた。それは毒針だった。
ディグは指の間に挟んだ毒針を一度に6本発射できる。アサシンでも指折りの使い手だった。本来なら針の先には致死量の毒を塗るのだが、今回はその5分の1にとどめておいた。殺す必要はない。ただ、殺されて当然の奴らだが。
「勇者さんよ」ディグはぺちぺちと軽くリリアの頬を張った。
「……」リリアは死んだように眠ったままだ。
──さてどうしたものか。
ディグはリリアを助けはしたものの、その後のプランはなかった。とりあえず服の乱れを直してやった。
──このままここに放置ってわけにはいかねえよなあ。起きるまで俺が見張ってるか。しかし、ここはくせーな。掃き溜めだぜ。どこかここよりマシなとこはねえものか……
ディグが考えを巡らせているその背後で、黒い影がゴミだらけの地面を蠢いていた。ホールの窓からもれている明かりに照らし出される。それは、細長く尺取り虫のように身体を伸縮させながら移動していた。無数の触手が無軌道に動いている様はまるでムカデの足のようだ。
やがてそれは口髭の男の口から体内にもぐり込んでいった。すると、男は目を開け立ち上がった。
ようやくディグはその気配を察した。
「懲りねえ野郎だな……!」ディグは絶句した。髭の男の目から血の涙が溢れている。何かにとり憑かれたように邪悪なオーラを放っていた。
「お前、ケダモノだとは思ってたけどよ、本当に魔物だったんだな」ディグは瞬時に男の変貌を見抜いた。そして、素早い動きで男の懐に入り、腹部に短刀を突き刺した。
が、次の瞬間!
ギュン!
男の身体全体からハリネズミのように無数の針が飛び出してきた。ディグの身体は無数の針に貫かれてしまった。
「ゲボ!」ディグは口から血を吐いた。そして、次の瞬間、体を捻って自ら針を抜き、そのままの勢いで魔物から離れた。ディグはリリアの前に立ちはだかり、魔物と対峙した。
魔物は体内から針が出たり、収まったり、まるで針を使って呼吸しているかのようだ。
「ちぃ! お前、ピュロキックスかよ!! 最初に言えよ、くそったれ!」ディグの体中から血が噴き出している。
──心臓のすぐ横を貫いてやがる。危なく即死するところだったぜ。
ピュロキックスとは寄生虫型の魔物で、本体はヒルのような形をしている。数日かけて宿主の身体を食べ尽くすが、その間、宿主の身体を自在い操り人間を襲う。次の宿主を確保するためだ。その圧倒的な攻撃力はアンデッドをはるかに凌ぎ、レッドガルムに匹敵する。
──まともにやってたら命がいくつあっても足りやしねえぜ!
逃げるしかない。逃げるしかないのだが、なにせディグは壁を背負っている。袋小路に追い込まれていた。
──仕方ねえな。勇者さんよ、ちょっとばかし乱暴に扱うが、許してくれよ。
ディグはリリアを肩に担ぎ、壁を蹴って飛んだ。力を入れた瞬間、傷口からさらに大量の血が吹き出した。常人なら出血多量で死んでいる量だ。
そんな状況でもディグの跳躍は、ピュロキックスに寄生された男の身体を飛び越えるには十分だった。
「よっしゃあ!」
しかし、針はそこまで届いた。ピュロキックスの身体から伸びた黒色の刃は、ディグの右の太ももを貫いた。
「うぉおおおお!!」ディグは空中で短剣で太ももを貫いた針を切断。なんとか飛び越えることに成功した。しかし着地した瞬間、右太ももをかばったせいで、左の膝に衝撃が走った。
──折れやがった……
もう自分一人でもまとも歩くこともできないような状態だった。肩にかついだリリアの重みがずっしり響く。
──勇者さんよ、もうちょっとダイエットした方がいいぜ。ミスコンにも出るんだろ?
ディグはもう一度、力を振り絞った。しかし、無常にも身体は言うことをきかない。
背後から魔物の影が忍び寄る。もう近い。吐息の音まで感じ取れるくらいだ。
──くそっ。何か方法はねえか! 考えろ! 考え……るんだ……
ディグは朦朧とする意識に必死で抗った。すでに体内の半分の血が流れ出ていた。
お読みいただきありがとうございます!
もしよかったらブックマーク、感想、レビュー、評価などいただけると大変励みになります。
どうぞよろしくお願いいたします。




