44.見られちゃった勇者は……
夜。リリアはキャスタロックの城壁の外に来ていた。目の前は星空と砂漠だ。すでに城門をくぐってから1時間以上歩き続けている。
目的は魔力の放出だ。ガレリアにいたころは神殿で魔力を封印してもらっていたが、ここに神殿はない。
内なる魔力の泉から湧き出て日増しにたまっていく魔力を放出せねば極めて危険である。現に朝のミスコン騒動で驚きのあまり、火炎魔法が勝手に発動しそうになっていた。後で見たら指先が焦げていた。もしあそこで気を抜いていたら、クレイバーグ生花店は今頃、丸焼けだっただろう。一歩間違えばせっかく仲良くなった女子会仲間を殺しかねない。
しかし、自分がまさかミスコンに出場するはめになるとは。リリアはまだビビっていたが、
──ま、私はリュドミラちゃんとか本格派の美人さんたちの引き立て役よね。隅っこの方でモジモジしてればいいだけ。目立たないよ、きっとー。ウン、そうだよ。そうに決まってる!!
というように、自分の受け入れられる範囲に想像を留めておこうと懸命に努力していた。
しかし、リリアはキモノのドレスを着ることを忘れている。ただでさえ珍しいキモノ地で目立つのに、おまけに初代オアシスクイーンから譲り受けたというオプションつきだ。ミスコンの司会者はそこをピックアップしてトークを展開するに決まっている。つまり、冷静に分析すれば“けっこう目立つ”条件が揃っているのだ。
だが、そんなことにまで思いが至らないウブなリリアは、のんきに夜風を浴びて歩き続けた。
「もういいでしょ」リリアは独り言を言った。
街の明かりは遠い。ここで砂の窪みに火炎魔法を放ったところで誰にも見られないだろう。
「せーの!」リリアは抑えたつもりだったが、指先からほとばしった魔力は巨大な炎の柱となって星空を切り裂いた。
──わ、わ、わ、わ、わ、しまったぁ! こんなに溜まってたなんて思わなかった!! 誰かに見られてないよね?
リリアはキョロキョロとあたりを見回した。人気はなく、夜風が砂を転がしていくサラサラという音しか聞こえない。
「よかったぁ……」ホッとリリアは胸をなでおろした。のだが……
「アンタ、すげえな」誰もいないはずの空間から男の声がした。
「だ、誰!?」
と、ある一角の砂を風が一気にさらっていった。そして、そこにはなんと仰向けに寝ている男が!
男は軽やかな身のこなしで立ち上がった。小柄で細身だ。全身黒のタイトな服に身を包み、顔は頭巾で隠していて、目だけが出ている。研ぎ澄まされた刃物のように鋭い視線が刺さりそうだ。
そして、あんぐりと口を開けたまま固まっているリリアを一瞥するなり言った。
「アンタ、勇者だろ?」
「……ち、ち、違いますぅ!」
「違くねえよ。アンタ、勇者だ。勇者以外にあんなどえらい魔法使えっかよ」
「ま、魔法? な、なんのこと?」
「なあ、勇者さん」
「だから勇者じゃないって!!」
「俺はね、アンタの名前知ってんだ。リリアだろ?」
「違いますぅ! 私はリーリ。お花屋さんで働いてるの」
「花屋? おー念願が叶ってよかったじゃん。花屋になりたかったんだろ?」
「え? なんで私がお花屋さんになりたかったって知ってるのよ? って、あ……」
「なるほどねー」
「何が、なるほどよ!」
「聞いてた通り、なかなかのアホだな、アッハッハ。こりゃ爆笑だぜ、ヒヒ」男はさっきまでの尖った視線とはうって変わって顔をくしゃくしゃにして笑った。
「なにこの失礼な人!! そうよ! 私はリリアよ。もう面倒くさいから認めてあげる!! で、あなたは誰なのよ!?」
「あ、俺? 俺はディグ。今はキャスタロックに雇われてるんだ。傭兵だよ。ただの傭兵」
「傭兵? 笑わせないで。さっきの身のこなし、気配の消し方、私だって察しがついてるわ。あなた暗殺者<アサシン>ね。多分、“製造工場”の出身かしら?」
極東の小国クスコヌールは“アサシン製造工場”として裏の世界では知られている。孤児を集め、幼少期から代々伝わる暗殺術を叩き込む。そして、一人前に育ったアサシンを世界各国へ輸出するのだ。
魔王討伐軍の中にアサシンが何人かいたため、リリアはその存在を知っていた。“暗黒の十年”の間、国家どうしは連携し友好関係を結んでいたため、暗殺業は商売あがったりで、実力上位のアサシンは魔王討伐軍に派遣されていた。
「なるほどねー」ディグは頷きながら言った。
「だから、何がなるほどなのよ!! その言い方! ほんとシャクにさわる男ねー!!」
「アンタ、アホだが。馬鹿じゃねえんだな。そりゃそうか、魔王を倒した勇者さまだ、そんなアンポンタンに世界を救われちゃたまらんしなー、アハハ。んでもって俺はアサシンかって? 半分アタリで半分ハズレだ」
「どういうことよ?」
「確かに俺はアサシンとして育てられた。ただ、もう引退した身なもんでさ。正確には元アサシン。傭兵だってのは本当だ」
「ウッソだぁ! アサシンは死ぬまでアサシンでいなければならない掟があるはず。引退なんてできない。白状しなさい! アンタ、本当は何の目的で私に近づいたの!?」
「……わかった、わかったよー。順番に説明するわー。まず、なんでアサシンを引退できたか、それはアンタと同じだよ」
「は?」
「逃げてきたんだよ。俺が雇われてたのはリューベル。そして、標的はガレリアの勇者。リリア、アンタだよ」ディグは不気味に笑った。
「やっぱりくせ者だったのね!!」リリアは腰を落として身構えた。戦闘体制は万全だ。剣も鎧もなく、魔力も大半を放出した後だったが……
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