42.男運のなさに共感した勇者は……
「カワイイ! カワイすぎる!!」リリアは思わず叫んでしまった。
「さあ、好きなものを好きなだけ持っていきなさい、リーリ」ジルは子供のようにはしゃぐリリアを見て微笑んだ。
ここはオアシスを見下ろす高台にあるジルの自宅の衣裳部屋。いわゆるウォーキングクローゼットだ。仕事帰りにリリアは寄らせてもらったのだ。すっかり夜になっていた。
そこにはジルが若い頃から買い集めたドレスが何百着とあった。深紅のセクシーなものもあれば、リリアの好きな花柄もある。さらにはきらきら光るスパンコールや貝殻を編み込んだアバンギャルドなものまで、バラエティに富んでいた。とはいえ、全てジル好みの上品さという意味では統一感もあった。露出の高いものは一つもない。由緒あるパーティに着ていけそうなものばかりだ。
「こんなにたくさんあると選びきれないよぉー、困ったなぁ」とリリアは言ったが内心ちっとも困ってはいなかった。嬉しくて心臓が飛び出しそうだった。選ぶのは大好きだった。
──好きなだけってジルさんは言うけど、さすがに十着とか持っていったら厚かましいよね。ま、せいぜい5着だな。全部花柄にしたいところだけど、それじゃ変わり映えがないしねー。せっかくだから大人っぽくイメチェンもしたいところね。ゴージャスなスパンコールとか?
新生活の影響なのか、リリアはこれまで手をださなかったような大人っぽい服を着たいと思うようになっていた。
「アタシはこれが似合うと思うんだ」10mはあろうかという長いクローゼットの一番奥から、ジルが一着持ってきた。「これは東洋のキモノをドレスに作り変えたものね。私のお気に入りベスト5の一つよ」
「キモノ?」
「そう。東洋の品物は全てきめ細かいの。一流の職人がたくさんいてしのぎを削っているって聞いたわ」
「……」リリアは感激のあまり言葉を失った。
きらびやかな金色と深い紅色、そして、見たこともない模様は細部まで丁寧に仕上げられている。リリアは一瞬にして目を奪われた。もはやカワイイとかいう次元ではなく、一級の芸術品だった。
「ゴージャスでしょ? 肩は出るけどね、長袖だし、上品よ。どう? リーリ」
「すごいです……でも、こんなの私が着たら……」
「いいから、ちょっと着てみな、ほらほら」
ジルの勢いに負けて、言われるがままリリアはキモノのドレスを着てみて驚いた。
──まるでファッションモデルみたい。
鏡に映る自分が自分じゃないみたいだ。さらに──
──なにこれ? 肩は出てるけどちょうど私の傷や火傷を避けてるみたい。ぜんぜん、私の汚い体がバレないじゃない? すごい! サイズもぴったりだし、まさに……
「あなたのために作られたドレスね」いつの間にかジルが後ろに立っていた。「アタシの目にくるいはなかったわ。リーリ、自分でもそう思わない?」
「思います……」リリアは謙虚さを忘れてそう言った。
「これはお披露目しないとね、リーリ、これを着ていくアテあるの?」
「そんなのないですよぉ、アハハ。ジルさんはこのドレス、どういう時に着たんですか?」
「アタシがそれを着たのはたった一回だけさ。それはね……」
ジルの言葉を遮るように玄関からノックの音が聞こえた。
ドンドン。
「ジルおばさーん?」若い女の声だ。
リリアはその声に聞き覚えがあった。何度か生花店で顔を見かけたジルの姪っ子だ。
「なんだい、リュドミラ」ジルが玄関の扉を開けると、リュドミラは彫りの深い整った顔を赤くして立っていた。酔っ払っているようだ。
「えへへー。来ちゃったぁ」妖艶な笑みを浮かべるリュドミラ。来週行われるミスコンに出るというが、確かにそれだけの価値はあるとリリアは思った。
酔っ払って目がうつろだが、ガレリアでは見たこともないくらいの絶世の美女には違いない。
「なんでこんなになるまで飲んだんだい!? アタシゃだらしないのは嫌いなんだ!!」ジルは怒っていた。
「だって、だってぇー」絶世の美女は座り込んでわんわん泣き出した。「フィルダックがねー、フィルダックのバカがねー」
「フィルダックって誰だい?」ジルが訊いた。
「彼氏よ、彼氏」
「アンタの彼氏はウラリスだろ?」
「ウラリス? あんなゲス野郎、とっくに別れたわよ! だってアイツ、奥さんいたのよぉ」
その言葉はリリアの心にグサっと刺さった。リトヴィエノフのことを思い出したのだ。もっとも、リトヴィエノフのことをゲス野郎とはこれっぽっちも思ってないが。
「で、今の彼氏がフィルドン?」
「フィルダックよ!」
「で、どうしたのさ? そのフィルダックは」
「奥さんいたのよー、わーん」
「ウラリスと同じじゃないか! アンタ、そんな男にばっかり……」
「違うのよ、違うの。フィルダックは全然違うの!」
「どう違うのさ」
「フィルダックは奥さん以外に愛人が十人いて、私そのナンバー8なんだって。ナンバー8よ。せめて5位以内にしてよー!! ひどくなーい!? わーんわーん」
リュドミラは絶世の美女だが、壊滅的に男を見る目がない残念な女だった。
「は? リュドミラ、自分を低く見過ぎよー!狙うならナンバー1でしょ!! アンタ、しっかりしなさい!! アンタならきっとできる!!」
そして、その叔母も同じ人種だった。
リリアはクレイバーグ家の女の会話を聞きながら、あっけにとられていた。
──なんかいろいろズレてるなぁ、この人たち……でも、なんか好き。私、この人たち好きだわ!!
「リュドミラさん、私、わかる! あなたの気持ち分かるよ!!」リリアはリュドミラの肩を抱いた。
「あなたは……たしか生花店の店員さんね」
「リーリよ」
「リーリちゃん、ありがとう!!」
「さあ、今日は飲むよ、リュドミラもリーリも覚悟なさい!!」
その夜は男運のない女たち三人の宴が夜通し開催された。リリアは記憶が飛んでしまうまでに酔っ払ってしまった。それが人生最大の不覚とも知らずに……。
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