40.バイト先の花屋で勇者は……
オアシスには朝からたくさんの人出があった。オープンカフェで朝食をとっている老夫婦や犬の散歩に訪れた若い女性、木陰で寝そべるカップル。見慣れた風景だ。
リリアはそんなのんびりとしたリゾート地の雰囲気の中、バイト先の花屋に入っていった。
クレイバーグ生花店。樹齢千年の木から切り出した一枚板を使っているエキゾチックな看板の老舗だ。
「リーリ、さっそく花束を作ってちょうだい」店主のジルが言った。ジルは恰幅のいい60代のおばさんで、代々この生花店を営んでいるクレイバーグ家の長女だ。ちなみに現在は独身。二回ほど結婚に失敗しているらしい。
「了解でーす! ジルさん」リリアは元気に応えた。
「今日はピエレッタの花を加えるといい。今日はメアントゥローだからね」切り花の入ったバケツを運びながらジルが言った。
メアントゥローとは砂漠の神がオアシスの女神に出会って結婚した日とされていて、キャスタロック中でプロポーズが行われる。
「なんでピエレッタなんですか?」リリアは訊いた。ピエレッタとはクリーム色の花を咲かせる植物だ。
「あら、知らないのかい? まあ、リーリは外国人だものね。ピエレッタはね、花嫁さんの花冠に使われるんだよ。だからね、男は好んで女に贈るわけさ。この花を男が持ってきたら、女はプロポーズされたと思うんだよ」
「そうなんですねー。素敵。ロマンチック! ジルさんもピエレッタをもらったことあるんですか?」リリアは無邪気に訊いてしまったが……
「……そうね、そんなこともあったかしらね」ジルの顔色はくぐもってしまった。
リリアはすぐに地雷を踏んでしまったことを察した。
──し、しまったぁ。やっちゃったぁ! 私、無神経よねぇ。そりゃジルさんはバツ2だもん。思い出したくないよね……
「あ、いや、あの……とにかく、花束作ります!」
「リーリ、アンタにも早くピエレッタの花束を贈ってくれる男ができるといいね。アタシはね、男にはロクな目に遭わされなかったけど、アンタは違う。ウン、絶対に違うよ。アタシが断言してやる!」
「ありがとう、ジルさん。何の根拠もないんでしょうけど、うれしいです、アハハ」
「根拠はあるさ。リーリ、アタシが出まかせを言ったことがあるかい?」
「……そんなのはないですけど」
「アンタは古風だ。男ってのはね、なんだかんだ言っても結局のところ古風な女に惹かれるのさ。特にイイ男にはその傾向が強いのさ」
「こふう?」
「そうさ、アンタは今どきの浮ついた娘じゃあない。見てごらん、そこらへんで男とイチャついてるバカ女を。これ見よがしに自分の肌を見せつけて。ほとんど素っ裸じゃないか。あんなのはね、遊ばれることはあっても、男は本気で惚れやしないんだ。それに比べてリーリは……」
リリアは自分の格好を見てみた。長袖のワンピース、スカートも膝の下まである。こぎれいにはしているが、オアシスで水浴びしているイケイケギャルたちとは天と地ほど違う。垢抜けてない感じは否めなかった。
「……奥ゆかしさがある。そうさ、奥ゆかしさだよ!」ジルは一瞬、言葉を選んだが、そう言い切った。
「……そう、ですかね……アハハ……」
リリアは苦笑した。が、心の中では苦笑どころの話ではなかった。
──私だってホントは、そこらへんのバカ女みたいに肌を思いっきりだしてカワイイ服着たいわよ! だけど、こんな傷だらけの体、見せられるわけないでしょう!! 奥ゆかしい? 誰が好きこのんで奥ゆかしくなんてするもんですか!! 私だって肌を思いっきり出して見せつけてやりたいわ! きれいなお肌だったらね! あー、うらやましい! うらやまし過ぎて、火炎魔法でオアシスを焼き尽くしたくなるわ!!!ほんとにやっちゃおうかしら……やっちゃおうかな……いいよね、ちょっとくらい……フフフ……
邪悪な微笑みをたたえたリリアは暗黒面に飲み込まれようとしていたが、ジルの一言で我に返った。
「そうだ! リーリ、アンタ、今日仕事が終わったらウチに来な!」
「……なんでですか?」
「ドレスは好きかい?」
「もちろん!」
「私が若い時に着てたヤツをアンタにあげるよ!そうだ、それがいい!ブランド物も揃ってるからきっと気にいるさ!! アンタに絶対に似合うと思うんだ。アタシゃ今じゃこんなだけどね、リーリの年頃にはシュッと痩せてたもんだ。でも、胸の方はちゃんとこう……とにかく、私がドレス着て歩いてるとね、男は二度見してきたんだよ」
普通、こうした昔話は話半分かそれ以下で聞くだろうが、リリアは納得していた。太ってはいるもののジルは、きれいな顔だちをしていて若い頃は美人であったであろうことが察せられる。それに、ジルの姪っ子は絶世の美女でナイスバディ。ジルの面影もある。一週間後に行われるミスコンにも出るらしい。クレイバーグ家は美人家系なのだ。
「たくさんあるから、アンタの好きなやつ何着でも持っていっていいよ」
「ホントですか!? 嬉しすぎるんですけどー!!」
リリアは鼻歌まじりに花束をつくりはじめた。
──なんてハッピーな日かしら。
数分前まで風光明媚な観光名所を焼き尽くそうとしていた勇者は一気に幸せの絶頂に。踊るようにして作業をこなした。
しかし、このジルの提案が後になって大変な事態を引き起こすことになろうとは、リリアは知る由もなかった。
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