36.勇者は世界の厄介者
ガレリア王国は大陸の交易の中心地として栄え、圧倒的な軍事力を背景に大国として君臨してきた。それに肩を並べるのがベクラフト連合王国とリューベル共和国だ。魔王軍なき後の世界平和はこの三大大国の絶妙なバランスの元に成り立っていた。
その一つの例が勇者の存在である。ガレリア出身のリリア、べクラフト出身のクライファー、そしてリューベル出身のロクサーヌ、という風に大国から一人ずつ勇者を輩出することで力の均衡をはかれたのだ。
そして、神の差配なのか、世界が魔物の脅威にさらされた時、この三国からひとりずつ勇者が誕生するというのは世の常だった。
無論、勇者はいにしえより魔物と戦うべき存在であり、それ以外はいかなる場合でも戦闘に加わわることができないと国際法でも規定されているから、実際は国どうしの戦争に駆り出されることはない。が──
リリアも感じていることだが、国家間の戦争だからといって自分の国が、友人が、家族が危険に晒されている時に知らん顔などできるのだろうか?
国家が滅亡の危機に瀕したとき、国民は勇者の参戦を願うはずだ。国際法など簡単に無視されてしまうのではないか?
もし、勇者が戦争に加わったらどうなるだろうか? 勇者なら一瞬にして死体の山を築くことができる。勇者どうしが戦えば巻き添えになる人が大量に出る。人類が未だかつて経験したことのない未曾有の惨劇となるだろう。それは魔王軍に侵略されることよりもずっと悲劇だ。
「勇者」は魔物のいない世界では「厄介者」でしかないのだ。
国際社会はそうした現実に目を背けてきた。何百年も前に決められた国際法を守りさえすれば世界平和は保たれる。そうした盲信が世界大戦の危機を生み出したのだ。
そして、そのトリガーを引いたのが──
──氷の勇者クライファーと稲妻の勇者ロクサーヌの結婚だ。
リューベルのロクサーヌがべクラフトへ嫁いだのだ。リューベルは勇者を失い、べクラフトは新たに勇者を手に入れた。力の均衡は崩れた。
勇者どうしの結婚など前例がなかった。世界はそうした場合の対処法を知らないのだ。
危機感を募らせたリューベルは戦うことを選んだ。隣国ガレリアの体制が整う前に先制攻撃をすることに賭けたのだ。勝てば勇者を一人、我がものとすることができる。
実際、ガレリアでも勇者二人を要するべクラフトを危険視する声は少なくなかった。国王の側近たちは勇者を軍の正式な戦力として認めようと密かに動いていた。
レッドガルム討伐にリリアの協力をえたいと進言したテオドアに、簡単にゴーサインが出たのはこうした事情もあってのことだ。
通常ならば、ガレリア騎士団の威信に関わるとして、拒絶されただろう。
こうした事情で今、状況は世界大戦前夜となっている。
リリアはガレリアとリューベルの国境近くの茂みに身を隠していた。その横にはリトヴィエノフの姿が。まだ体調はすぐれないようで青い顔をして立っている。
王都の城門を出てから二時間、歩き続けてようやく、ここに辿り着いたのだ。もう東の空が白み始めている。夜明けも近い。
国境には川に沿って高さ10メートルほどの塀が築かれている。その上には有刺鉄線が張り巡らされている。国境を越えるには急流に架けられた橋を渡るしかない。そしてそこでは厳戒態勢が敷かれ、無数の衛兵たちが目を光らせていた。明日から進軍が始まる。いよいよ戦争が始まるのだ。ピリピリと緊張感がみなぎっていた。
偵察に行っていたイザベラが戻ってきた。
「リリア、ダメダメ、全然、ダメだわ。付け入る隙なし。虫一匹通しゃしねえ、みたいな雰囲気よ」
「だよねぇ」リリアが言った。
「リトちゃん、アンタこの状況でどうやって国境を越えようとしたの?」
「オラがやった時はごんなに衛兵の数はおらんがっだべ。じゃから、普通にこっそり塀を登っで川さ、飛び込んだんだべ。だども、バッシャーンいうてものすげえ音さ出しちまっでの」
「で、バレて矢をくらったと、アンタらしいわ」
「んだべ。よぐ考えだら、オラろくに泳げもせんがったしの、アハハ」
「リリア、もう塀を登るのも無理ね。塀にたどり着く前に矢を放たれるわ。どうする?」
「ウン、難しいのはわかってる。でもやるしかないもんね、ハハ」リリアはこの状況の中でなぜか笑った。
「アンタ、まさか真っ向から衛兵たちをぶっ倒そうっていうんじゃないよね? リリアならできるだろうけど、そんなことしたらアンタ、ガレリアにいられなくなっちゃうよ!」
「もうイザベラったら、そんなことしないよ。まずは吟遊詩人のあなたに活躍してもらわなくっちゃ」
リリアはイザベラに作戦を耳打ちした。
「えー!! マジ……」イザベラは絶句したが、リリアは相変わらず笑っていた。
イザベラは悟った。
──これが勇者って人種ね。絶望的な状況でもわずかな光を見出す。すごいわ、リリア。
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