35.勇者は騙された?
「どういうこと!? リトちゃん、アンタ独り身だって言ってたでしょ!! 私を騙したの!?」イザベラがすごい剣幕でリトヴィエノフに迫った。
「だ、騙したわげでもねえべ! そんなづもりはねえ!!」リトヴィエノフは強く首を振った。
「だったらどういうことよぉ? リリア、あんたも何とか言いな!」
「いや、私は……」
「リトちゃんが独り身だって聞いたから、私はあんたと会わせたの。それが違ってたなんて……、あー私のせいじゃんか!!」イザベラは頭を掻きむしった。
「独り身だってのは、嘘でね。イザっぺ。最後まで話、聞いでぐんねが?」
「はぁ? 結婚してて独り身? あんた自分で何言ってるか分かってる? ひょっとして結婚詐欺師だったの?」
「ち、違うべ! 妻とは別居、ちゅうか出ていったんだべ、妻は。教会に申しれしでねえから一応は結婚が続いとるごとになっとるべ。ただ、実際には妻とは長らくなんも交流もねえ。そういうごどだ」
「出ていったって? どうして?」イザベラが訊いた。
「男だべ。オラがこんな風にサエねえがら、他の男んとこさ、行ったべ。もう三年も前だべ。でもその前がら、いろいろあっだんだ。ロンダはオラがガレリアまで行商に出とる間に村中の男さ、引っ張りこんで……。どにかぐ、そういうごどがでえ好きな娘じゃった。オラじゃ満足でぎねがったんよ」
「……そもそも何でそんな女と結婚したんだい?」
「幼馴染なんだべ。オラの家の隣に住んどって、妹のようにメンコがっできたんだ。そんなロンダが今、病に臥せっとるんだべ。3日前に魔郵便で知らせがあっだ」
「一緒にいる男に任せときゃいいだろ? なんでリトちゃんが……」
「その男はロンダが病気になっだとだん、ロンダを捨てて出ていっちまったっで話だ……だがら、今、ロンダは一人で……」
「リトちゃん、あんたバカか!? あんたを捨てた女だろ? 何でそんな女のために?」
「妻としでは許せねえべ。そりゃそうだ! 今考えでみでも、腹が立つ! 腹が立ってしかたがねえべ!! ……だが、ロンダは、ちっちぇえころから一緒に育ってぎだんだ。男と女でなぐなっでも、家族にはちげえねえべ!! だがら、オラが面倒みなぐでは。オラには責任がある」
「……」イザベラはため息をついた。もう言葉が何も出てこなかった。
「奥さん、ロンダさんの病気は重いんですか?」ずっと黙っていたリリアが口を開いた。
「……もう長くもたん、医者はそう言うとるらしいべ」
「じゃ、早く帰らないと。ロンダさん、待ってるでしょ? イザベラ、急ぎましょ」
「急ぐって、あんた何か考えがあるのかい?」
「まだまとまってないけど、なんとなーくね、アハハ」
リリアは笑って見せた。
気持ちはフワフワしていた。リトヴィエノフの告白はショックだった。しかし、自分でも意外なほどに、それほどショックを受けていない。頭ではリトヴィエノフが結婚している事実を拒絶しているようでいて、心はなぜかその事実をすんなりと受けとめているような気さえする。
──現実感がないだけなのかもな。ショックが大き過ぎると、こんな風になるって聞いたことがあったっけ。そう言えば、お父さんとお母さんが魔物に殺された時もこんな感じだったような。でも、今はそれどころじゃない。私の感情なんて二の次。早くリトヴィエノフさんを帰してあげないと、ロンダさんに会えなくなるかもしれないもの。全力を尽くそう。もしそうなったら、かわいそうなのはリトヴィエノフさんなんだから。
そんな気持ちでリリアは自分を納得させていた。
「とりあえず、私は一回家に帰って、鎧を着てくるね。さすがにこの格好じゃ行動できないもん」
「わかった。私はどうすればいい?」イザベラが訊いた。
「ハープを持ってきて」
「ハープ?」
「あなた吟遊詩人でしょ? ハープくらい持ってるよね?」
「持ってるけど、ずっと弾いてないよ」
「多分大丈夫。イザベラならできると思うよ。とにかく、動こう!」
30分後、リリアは鎧と剣のフル装備で、イザベラは吟遊詩人らしい白のレースの服にハープを持って戻ってきた。
街が寝静まっている真夜中のことである。
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