34.勇者は謝罪する
「ルィルィアさん? ルィルィアさんでねえべか!?」リトヴィエノフは目をこすりながら言った。ぼやけていた視界がようやくはっきりしてきたところだった。
「あ、あら……こ、こんばんは、リトヴィエノフさん」リリアは跪いたまま顔を上げて言った。
リトヴィエノフはリリアの姿を直視して驚いた。
「ルィルィアさん、あんたなんちゅう格好しとるべか! 嫁入り前の娘っ子がする格好でねえ。オラ、見られん!!」リトヴィエノフはそう言うと、顔を背けてしまった。
「い、いやこれはその……」リリアは今にも泣き出しそうだった。
「リトちゃん、これはね、ガレリアの最新のオシャレなのよ」イザベラが諭すように言った。
「オサレ? オラ、そげな服着どる娘さ、見だごどねえけど……」
「そりゃそうよ、特別な人しかこんな格好はできないんだから、ほら、あんたも知ってるでしょ? リリアは……」
「だべだべ!! ルィルィアさんは勇者さまだったんだべ。そっがあ、勇者さまはこげな格好するだか。オラだち一般人どは、やっぱり違うのぅ。よー見だら、どでもよぐ、似合うとるべ」今度はまじまじとリリアを上から下まで見回した。
リリアは回路がショートしたロボットのように固まったまま動かなかった。
「どでも失礼しましだ」
「それよりもリトちゃん、あんたねえ、リリアにお礼言いな。あんたを助けてくれたのはリリアなんだよ。あんたのために、酷い目に遭いながら解毒剤を手に入れてくれたんだからね!」
「ほんどだべか!? ルィルィアさん!!」
「は、はぁ……まぁ……」リリアの顔は引きつっていた。
リトヴィエノフはベッドから起き上がり、リリアの傍に腰を下ろした。
「ありがどごぜえました!! ほんにありがどごぜえました!!!」
心のこもった言葉だった。リリアはその言葉に応えなければと思った。
──こ、こんなにきちんとお礼を言ってくれてるのに、わ、私、ちゃんとしなきゃ、格好はこんなだわ、恥ずかしいこと聞かれるわ、久々のリトヴィエノフさんだわ、いろいろありすぎて何がなんだか分かんなくなってるけど、心を整えるの! 整えるのよ! リリア!! 一旦深呼吸、スーハー、スーハー。
「よかったですぅ! リトヴィエノフさん!! ごめんなさい!!」
「? なんで謝るんだべか?」
「私、ずっとあなたに謝りたくて……私、嘘ついちゃって、お花屋さんで働いてるなんて大嘘なの! 仕事は非常勤の剣術指導です。女なのに物騒な剣を振り回す仕事だなんて知られたくなくて、汗臭い剣術なんてやってること隠したくて、やってしまいました!! 本当にごめんなさい!! で、でもお花屋さんで働くのは夢なんです!そこは本当! だから何だっていうか、その……とにかくお花が好きなんです!! スカートもお洋服もお花柄じゃないとイヤなんです!!」
最終的に意味がよく分からない謝罪となったが、リトヴィエノフに気持ちは伝わったようだった。
「なーんも謝るごどはねえべ。そげなこと気にするごどないべ。誰だって嘘のひどづぐれえあるべ。オラだっておんなじだ。ルィルィアさん、あなたは格好ええお人です。剣術指導なんて誰でもでぎるごどでねえ。なにより、あなたは世界を救ってくださいました。オラの村のみんなもこれまで生ぎでごれたのは、みーんなルィルィアさんのおかげだべ。感謝しでもしぎれねだ」
「あ、ありがとうございます! リトヴィエノフさん!!」リリアは嬉しくて思わず抱きついた。
リトヴィエノフはリリアをしっかりと抱きしめた。
「ずっと、ずっと会いたかったんですよぉ」リリアは泣いていた。
「じゃ、あとはお若い二人で、ということで、私は……」イザベラはその場を離れようとしたが……
「イザベラ、ちょっと待って」リリアは呼び止め、真剣な表情で訴えた。
「今はウフフがどうのっていう状況じゃない。早くリトヴィエノフさんをセメラキントに帰してあげなきゃ。だから、あなたも協力して」
リリアはこの期に及んでようやく勇者らしい振る舞いをした。
「分かった。じゃ、早速作戦を練らなきゃね!」
「ありがどう。ルィルィアさん、イザっぺ」リトヴィエノフは深々と頭を下げて言った。そして、続けた。
「オラはどうしでもセメラキントに帰らねばならねです。すぐにでも、とんで帰らねばならねえべ。イザっぺには、ようしてもろてこの酒蔵は居心地がええんじゃけども、オラのこと待っとる人がおるんです」
「待ってる人って?」イザベラが聞いた。
「あなた方に言っでねがったごどがあります」
「言ってなかったこと……」リリアは胸騒ぎがした。
「オラには妻がおるんです」
その一言は雷のように瞬く間にリリアの全身を駆け巡った。
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