33.勇者はセクシーな服が似合う?
リリアは騎士団本部を抜け出すと、イザベラの酒場に戻った。今はまだ営業中で酔っ払いたちの声が聞こえてくる。その賑わいを通り過ぎ、酒蔵への階段を降りていった。
リトヴィエノフは死んだように眠っていた。一瞬、本当に死んでいるのではないかとリリアが心配したほどだ。
「もう大丈夫ですからね、リトヴィエノフさん。すぐに良くなってセメラキントの家に帰れますよ」
リリアは小瓶から解毒剤を注射器に移すと、リトヴィエノフの腕に針を刺した。解毒剤がリトヴィエノフの体を巡っていく。すぐに顔色が良くなり、穏やかな表情が浮かんだ。
「悪夢は終わり。目が覚めるまで楽しい夢を見てくださいね」
リリアはサラサラしたリトヴィエノフの金髪に触れた。愛おしさが込み上げてくる。リリアは誰もいないのに、不審者のようにきょろきょろと辺りを窺った後、おでこにそっとキスした。胸がバクバクしていた。
酒場の営業が終わり、イザベラが酒蔵をのぞくと、リリアは座ったままリトヴィエノフのベッドに寄り添うように眠っていた。傍らには注射器が置いてあった。
「さすがだよ、リリア。あんた、よくやったよ」イザベラはリリアの頭を撫でてやった。「でも……ひどい匂い。あんた、一体どんなとこを這いずり回ってきたんだい?」
見ると、リリアは髪も服もヘドロのようなものにまみれていてベタベタしている。
イザベラは、そのまま寝かせておいてやろうかとも考えたが──
「うわああああ! マジヤバ過ぎでしょぉ! 激ヤバ。こんな匂いさせてリトヴィエノフさんに完璧に嫌われるよぉ!! っていうか嫌われた! 絶対、嫌われた! なんてことなの! 最低! ホント最低!! 死にたい! もう完膚なきまでに消滅したい!!」
と、泣き叫ぶ姿がありありと目に浮かんだので、起こしてやることにした。
「リリア、リリア、起きな。起きてシャワーを浴びるんだよ」
リリアはハッと目を覚まし、あたりをキョロキョロ見回して言った。
「ここどこ? 解毒剤は!?」
「あんたが持ってきて、リトちゃんに打ってあげたんだよ。ほら、リトちゃんの顔を見てみな、穏やかな顔してるじゃないか」
「……あ、私、本部に行って……テディさんに……そうか。そうだった。良かったぁ……」
「ところであんたさぁ、シャワー浴びてきな」
「え?」
「自分を良く見てみな、ドブの中を泳いで来たのかってくらいに汚れてるじゃないか!」
「……ま、似たようなことしてきたけどね。っていうか、ドブの方がまだマシ……」
リリアの脳裏に気持ち悪い虫たちの姿が蘇った。
「店の裏にシャワーあるから、ほら早く!服は私のを貸してやるよ」
リリアはイザベラに言われるがままに、シャワーを浴びた。全身の汚れが洗い流されていく。月明かりだけの薄暗いシャワールーム。幸いだった。自分の身体を見なくて済むから。
シャワールームを出ると、脱衣所に服が置いてあった。イザベラが用意してくれた着替えだ。
「これ着るの? この服、相当イっちゃってない?」
イザベラの用意した服は、もはや服というよりもランジェリーだった。レース地で細い肩ひも。大部分がシースルーになっていて、大事な部分だけぎりぎり隠れているといった感じだ。当然ながらリリアはこんな服を着たことがない。抵抗はあったが、他にあるのはヘドロにまみれた服だけだ。
「あら、似合うじゃない?」
酒蔵に戻ると、イザベラは笑ってそう言った。リリアは苦笑しながら答えた。
「いや、これどういう服よ! どんな時に着るの!? イザベラ」
「そりゃ決まってるでしょ。男を落とす時よ」
「落とす時っていうか、これ完全にベッドインする前の状況だよねぇ」
「そうかもね」
「こんなの着てたら、リトヴィエノフさんが目覚めてどう思うよぉ?」
「あんたに見惚れるに決まってるわ。セクシーだもの」
「もうちょっと露出の少ないのはないわけ?」
「あるけど、その服、あんたに似合うわ」
「そう? 似合う? 似合っちゃう? エヘヘ……っていや、そういうことじゃなくてさ。そう言ってもらえるのは嬉しいよ、嬉しいんだけどね……でも、その……なんていうか……これじゃ傷が見えちゃうじゃない? 火傷の痕とか……だからさ……もうちょっと……」
「そんなこと言ってちゃダメなの!」リリアの歯切れの悪い言い訳をイザベラはバッサリ斬り捨てた。
「……」リリアはその迫力に気圧されてしまった。
「あんたのその気持ちも分かるよ。だけどさ、そんなこと言ってたらいつまで経ってもリトちゃんとウフフなことできないでしょお?」イザベラはニヤニヤしながら言った。
「はぁ? ウフフなことって何よぉ! 私はそんなことしないし!!」
「今日しなさい!すぐするの! リトちゃんが目覚めたら速攻で!! 既成事実を作っちゃうのが一番早いし確実なんだから。それにこの男は、一度やって逃げるようなタマじゃないから、私が保証するよ」
「しないしないしない!!! イザベラの破廉恥!!」
「できる! あんた勇者でしょ!! 魔王を倒したんでしょ!!!」
「私が魔王を倒したからって、何が関係あるのよぉ!!」
「立ち向かう勇気よ。あんたにはそれがある」
「はぁ? 立ち向かうって何に? 意味わかんない!!」
「だから、ウフフよ、ウフフ」
「ウフフウフフうるさいよぉ! 私はウフフなんてそんな……勇者だけど、確かに勇者なんだけど、私、処女なのよ!! そんなやり方だって分からないし! どうすれば喜んでもらえるか知らないし!! 何がどうなってこうなってって、ぜーんぜん理解してないんだよぉ……あ、そうか、そうだ! イザベラ、教えてくれる? 教えてよ。イザベラほどの手練れに習うならイケるかも。私、勇者だし。学習能力には割と自信あるし。ねえ、イザベラ、ウフフのやり方、教えてよ」
「さっきからウフフウフフ言うとるけんど、ウフフっちゅうのは何ですか?」リリアの背後から声が聞こえた。
「ウフフってそりゃあれのことよぉ、セック……」リリアが振り返ると、なんとリトヴィエノフが起き上がってこっちを見ていた。
「ぎゃあああああぁあぁぁぁぁあ!!!」リリアは断末魔の叫び声を上げた後、膝から崩れ落ちた。
きょとんとしているリトヴィエノフ。イザベラは爆笑していた。
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