28.勇者は彼を救わねばならない!
「アンタ、またひどくなってるじゃない!」イザベラはリリアの顔のアザを見て言った。「温泉、効かなかったの? まさか温泉アレルギーとか?」
「いや、温泉は確かに効果はあったんだけどね……なんだかんだあってアンデッドと戦うことになっちゃってさ。ま、そんなうまい話はないってことだね、アハハ」リリアは苦笑いしながら言った。
昼間の酒場。イザベラが開店準備をしているところにリリアがやってきたのだ。ボルゴーニュ山脈から戻って3日が経っていた。
「そういうことだから、とりあえず結果だけ報告しようと思っただけ。ごめんね、ジャマして」リリアは帰ろうとしたが、
「ちょっと待ちな!」
「なに?」
「リトちゃんに会って行きな!」
「会えるわけないじゃない、ハハ。こんなアザだらけの顔で」
「私が間違ってたよ。こないだアンタを引きずってでもリトちゃんに会わせるべきだった。温泉になんか行かせた私がバカだったんだ」
「イザベラのせいじゃないって」
「そういうことじゃないんだよ、リリア。もしかしたら……時間がないかもしれないんだ」
「どういうこと?」
リリアはイザベラに連れられて、地下の酒蔵への階段を降りていった。
カビ臭いにおいが鼻にまとわりつく薄暗かったがすぐに目が慣れた。意外に広く、タルがいくつも積み上げられていた。そして、タルで隠すようにして奥にベッドが置かれていた。
そこに、リトヴィエノフが寝ていた。汗びっしょりで苦しそうに息をしながら、何度も寝返りをうっている。
「リトヴィエノフさん!」リリアは駆け寄った。
「ふぅっ、ふぅっ、ふぅっ」リトヴィエノフはリリアの呼びかけに応えない。悶えているだけだった。
「リトちゃん、リリアよ! リリアが来てくれたんだよ!!」
「ふぅっ、ふぅっ、ふぅっ」リトヴィエノフは苦悶の表情を浮かべるだけだった。リリアが来たことを理解しているのかさえ分からない。
「リトちゃんは今、戦ってるの。あなたがそばにいてあげて、リリア」
「どういうこと!? 説明して!」
「三日前、リトちゃんはセメラキントの実家に帰ろうとしたの」
「でも、国境は封鎖……」
「そう。そうよ。それでも帰らなきゃいけない事情があったみたい。詳しくは聞いてないけど。とにかく大事な用事だったのね。命を懸けないといけないほどに。わかると思うけど、封鎖された国境を越えるってことはそういうことなの。私は止めたけどダメだった」
「リトヴィエノフさんは国境越えに失敗したの?」
「多分ね。はっきりとは分からない。私はここでリトちゃんを送り出した。そして、夜の営業をした。夜中、店を閉めようとしたら店の前にリトちゃんが倒れてた。太ももに矢が刺さってたわ」
「国境騎士団に撃たれたのね……それなら、毒がまわってるはず。国境騎士団の矢はヴィラモンテスから取った毒が塗られてる。それも強力な毒が……」
ヴィラモンテスというのはムカデのような形をした魔物で無数にある足には全て毒針が備わっている。直接攻撃を受けずとも、毒針から漏れ出る液に触れただけで死に至ることもあるという。その毒が、リトヴィエノフの体を蝕んでいるのだ。
「お医者さんには?」リリアが訊いた。
「もちろん、すぐに連れていった。渋る医者を説得してなんとか矢を抜いて消毒だけはしてもらった。でも、それ以上は無理。わかるでしょ?」
「リトヴィエノフさんはリューベル人。今は敵性国民だからでしょ」
「そうよ、今日にだってガレリアが宣戦布告して本格的な戦争に突入しようって時なの。いくらお金を積んだって診てくれる医者はいやしない。敵性国民を救ったってことがバレたら死刑になるかもしれないもの」
「そうだろうね。でも、どっちみちお医者さんじゃ治せない。ヴィラモンテスの毒は医術の範疇じゃない」
「じゃ、どうすればリトちゃんは助かるの? リリア」
「解毒剤を手に入れるしかない」
ヴィラモンテスの毒に犯された者を治療するには解毒剤以外に方法はない。魔物との戦いに従事した者にとっては常識だ。そして、すぐに解毒剤を打たないとリトヴィエノフが死んでしまうこともリリアには分かっていた。毒が回ってからすでに3日。ここまで持ち堪えているだけでも奇跡かもしれない。もう時間がないのだ。
「解毒剤ってどこで手に入るの?」イザベラが訊いた。
「私の知ってる限りだと、騎士団本部の保管庫ね。そこから盗むしかないってことみたいね」
「大丈夫なの? リリア。私も何か手伝えることがあるかい?」
「イザベラはここでリトヴィエノフさんに付いててあげて。私がやる」
「リリア一人じゃ無理だよ。誰か頼れる人はいないの?」
その言葉を聞いて、リリアはゴリラに似た顔をしたあの男のことを思い出した。
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