25.勇者は助けを待っている
「リリアさんは、どこに行かれたというのだ」
馬車の前で焚き火をしながらテオドアは待っていた。腹を下してしまい、森の中まで足を運んで用を足した後、戻ってみると馬車の椅子にもたれて眠っていたリリアがいなくなっていた。
──リリアさんもトイレかもしれない……
そう思ったテオドアは探すのも気が引けて、この場に留まっていたのだ。森の中を探して、万が一、リリアのそうした場面に出くわしてしまうとなんともバツが悪い。いや、バツが悪いどころか、もしかするとそうした場面を覗き見ることが趣味だなどと思われてしまったら地獄だ。
かつて、巡回中に野原でそうしたことをしていた婦人をたまたま目撃してしまい、悲鳴を上げられて大問題になったことがあった。一応、誤解は解けたが、婦人の獣を見るような軽蔑の視線は忘れられない。きっとゴリラと陰で言われている自分の容姿も関係しているのだろうとテオドアは自覚している。騎士団の鎧をまとっていなければ賊の一味にしか見えないだろう。
勇者の一人、クライファーがもし自分と同じ状況に出くわしたらどうだったろうか。クライファーのように端正な顔であれば、きっと婦人の反応は違ったものだっただろう。そして、クライファーもそうした事態を婦人の気分を損ねることなく収拾したに違いない……などとひがんでみても始まらない。自分は自分でしかない。持たざる者は持たざる者として生きていくしかないのだ。
そんな自己憐憫とも事実確認ともつかぬような考えがテオドアの頭の中を巡っていた。正直、リリアと顔を合わせなくてホッとしている部分もあった。
昨日の夜は母親の企てた陰謀によりリリアに告白などしてしまったのだ。どの面を下げて──ゴリラのような面しかないのだが──接していればいいか分からない。馬車を動かしている時ならまだごまかせたが、こんな静かな場所で面と向かうと……
──それにしても、遅いな。遅すぎる。
テオドアは立ち上がった。ボルゴーニュ山脈の荒々しい山容がうっすらと見える。
──まさか、一人で洞窟に……?
今までその単純すぎる考えに至らなかった自分をテオドアは恥じた。
──いかにリリアさんが勇者と言えど、何があるか分からん。あそこは魔物の巣窟だという話もある。
テオドアは洞窟に向けて足を踏み出した。しかし、すぐに止まってしまった。
──いや、でもすでにリリアさんは温泉を見つけて入浴中かもしれん。そんなところに自分が顔を出しでもしたら……
恐怖におののくあの婦人の顔が蘇った。二度とあんな目で見られたくない。特にリリアには。リリアにそうされてしまったら、拷問にかけられた上で苦しみながら死んだ方がマシだ。
「どうしたものか……」
その時、洞窟からものすごい轟音が聞こえてきた。まるで高位の魔法使いが地属性魔法で大地を揺るがした時のようだ。
「リリアさん!」
先ほどまでの迷いは霧散し、テオドアは洞窟へと全速力で駆け出していった。
高さ10メートルはあろうかという巨大な洞窟の入り口を抜けていくと、すぐに天井が低くなっていき、テオドアの巨体では少し身をかがめるようにしないと進めないほどになった。
洞窟の奥からは轟音が鳴り続けている。進むにつれ、その音がただの轟音から輪郭を持ち始めてきた。テオドアは経験からすぐに察知した。
──アンデッドに違いない!
独特のカタカタという音、骨どうしが擦れるギィギィという音、轟音を構成する要素を分解すれば自ずと答えは見えてきた。
と同時に、切迫した思いに囚われる。
──マズい! リリアさんの火炎魔法では戦えないではないか!
ついに行く手にアンデッドを確認した。無数のガイコツ戦士がひしめきあい、洞窟を完全に塞いでいる。そして、テオドアの殺気に気づいた群れが、一斉に飛びかかってきた。
「むぅ!」
テオドアは一撃で数体を薙ぎ払うと。アンデッドたちに向けて剣を突き出した。剣先から白いモヤが漂い始め、すぐにそれは強烈な光を放つ大きな発光体となった。
「ガレリアの大聖堂に祀られし神々よ、聖なる光を分け与えよ。暗闇に蠢く邪教の呪いを解き放ちたまえ!!」
白い閃光が洞窟を駆け巡る。アンデッドたちはもろく崩れ、砂と消えていく。テオドアの繰り出した魔法は効いたのだ。
それもそのはず、テオドアは武装僧侶団の出身だった。リリアと同じ火炎魔法も使うが何より聖光魔法が彼の本分だ。魔王軍との戦いで数万のアンデッド軍相手に武勲を上げた功績が認められて、ガレリア騎士団団長まで上り詰めた生粋いのアンデッドキラーだったのだ。
テオドアは前に開けた道をアンデッドが風化した砂を蹴散らして走っていった。リリアの姿を求めながら。
「リリアさん! リリアさん!!」
大声で呼びかけるが返事はない。やがて、広い空間に出た。立ち昇る湯気。洞窟の真ん中に大きな泉があった。
──ここが温泉だ!
そして、無数のアンデッドたちがある一箇所に群がっていた。まるで獲物をむさぼる獰猛なライオンだ。
テオドアの頭に悪い予感がよぎる。
──まさか……
再び聖光魔法をアンデッドたちに向けて放つ。かなりの数のアンデッドたちを風化させたが、アンデッドたちが作る壁は分厚かった。まだまだ群がっているアンデッドたちを全て駆逐することはできない。
十数発放ってやっと垣間見えた。リリアの姿だ。なぜか裸で、全身血だらけだ。その無惨な姿に追い打ちをかけるようにアンデッドたちが、リリアを殴り、石を投げつけ、踏みつけていた。ぐったりとして動かないリリア。生きているのかどうかも分からない。
「くそっ!! くそったれがぁ!!!」
すでに魔力を使い果たしていたテオドアはまだ数百は残っているだろうアンデッドの群れに、雄叫びを上げながら斬りかかっていった。
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