24.勇者は●●●●●が苦手
「な、なにこれ!? どうなってるの??」リリアが自分の身体を見回して言った。無惨な傷や火傷の跡が再び全身を包んでいた。
「だから言っただろう? 早くお湯の中に戻るんだ。さあ」若い男はリリアに向かって手を伸ばして来た。
ニッコリと笑うその顔はウットリするほどイケメンだったが、リリアはその瞳の奥に存在する得体の知れない何かに気づいていた。
「温泉の中でしか奇跡は起きないんだ。いや、温泉の中でなら天国を味わえる」
「来ないで!!」
いつの間にか向こうにいた大勢の男女が若い男のすぐ後ろまで迫っていた。みんな一様にニッコリ笑っている。一糸まとわぬ裸体を隠そうともせずに。そして、洞窟の奥からは温泉の中を通って、次から次へと裸の男女がリリアの方へと押し寄せてきた。その数は数百……いや、数千か。
「!」その異様な光景にリリアは絶句した。
「僕たちは仲間だ」若い男はそう言うと、温泉から出て岩場へと足を踏み出した。すると……
戦士の彫像のように逞しく見惚れるような男の身体に斑点ができ始めた。そしてそれは、いつしか大きな黒い波紋となり、男の身体を駆け巡った。美しい肌はただれ、朽ちて、溶けていった。露わになったのは、金属のように怪しげな光を放つ“骨”だった。かろうじて人の形を留めた骨格をネバネバの液体が伝っていた。
男の正体はアンデッドだった。
「炎の刃よ、闇を切り裂き、邪な者どもを焼き尽くせ!!」リリアは叫んだ。リリアが伸ばした指先から炎がほとばしる。轟音が洞窟の中に響き渡った。最大火力の火炎魔法だ。
しかし……
その骨の塊は、カタカタ音をさせながら平然と歩いて来た。炎がネバネバの液体を焼き尽くしたため、骨の光沢が増している。焼け焦げた匂いだけがあたりに充満していた。
アンデッドの顎の骨が上下に動き、ギィギィと剥き出しの歯が擦れる音が聞こえる。まるでリリアを嘲笑っているかのようだ。
リリアは忘れていた。アンデッドには火炎魔法は効き目がないのだ。それはそうだ。火炎魔法が焼き尽くすのは“肉体”を持ったものだけ。“肉”を持たない“骨”はいくら焼いても“骨”であるままなのだ。
魔王との戦いに明け暮れていたあの頃、アンデッドの軍だけはリリアたち勇者(炎・氷・雷)が相手をすることはなく、教会から派遣された武装僧侶団の担当だった。魔法攻撃は神々の加護を受け、聖なる光を司る者が解き放つものでないと効果がなく、一体一体、剣で薙ぎ倒すしかなくなる。さらにアンデッド軍はほとんどの場合、万単位となる大軍勢を成すため、いくら勇者ほど剣術に秀でた者でも、剣だけで太刀打ちするのは無謀と言っていい。
──骨人間はキラい! 一番苦手なのにぃいいい!!
リリアが思考停止していた間も事態は悪化の一途を辿っていた。温泉に集結した無数の裸の男女が次々とアンデッドと化していったのだ。
アンデッドは元々、人間だ。死しても邪教の呪いによってこの世に禍々しい形で留められ、肉体が朽ち果てた後も彷徨うのだ。恐らくこのアンデッドたちはガレリア騎士団の戦死者や近隣の村で亡くなった人々だ。
かつて人間だったころの姿を懐かしみ、渇望してこの泉に集まっていたのだろう。温泉につかり、ヒトの形を保っている間は心も穏やかに、生前の“心”を思い出すのかもしれない。
先ほどまで穏やかに話をしていた男は確かに人間だった。言葉に血が通っていた。現にリリアも会話を楽しんでいたのだ。しかし、言葉を持たぬ異形の者と化した今は……。
目の前のもの全てを破壊し、殺戮し、滅さんとするだけの邪悪な存在だ。
──戦うしかない! いや、ここは空間が狭いから囲まれたらおしまいね。とりあえず逃げないと……
リリアがアンデッドの群れに背を向けて後退しようとすると、目の前で上から無数のアンデッドたちが降ってきた。地面に落ちて一旦バラバラになりながらも、身体を復元させている。中には復元に失敗して、あらぬところに腕や足が生えたり、股関節に頭蓋骨がくっついたり、肋骨がまるでムカデの足のようになって進む異形の化け物もいる。
リリアは前も後ろもガイコツ集団に包囲されてしまったのだ。
──気持ち悪すぎるでしょ! 私は美容のために温泉に来たのに、なんでこんな目に遭わなきゃいけないのよ!!
リリアは自分の不運を嘆いたが、勇者らしく1秒でキリッと闘気を呼び覚まし、剣を構えた。大事なところを隠していた服は足元に落ちた。つまり、素っ裸で剣を構えることになってしまった。しかし、そんなことを気にしている余裕はない。
──病み上がりで体力も回復してないんだけどなぁ……
数千のガイコツが一斉に動く音は雪崩のようだった。その雪崩が一気にリリアに押し寄せる。
リリアは意外に素早いアンデッドたちの攻撃を、次々にかわしていった。その身のこなしは“軽やか”とは言い難く、“痛々しい”と形容するのが相応しいだろう。身体を動かすたびに、火傷が疼き、筋肉が悲鳴を上げていた。
アンデッドの弱点は“あたま”だ。頭蓋骨を割れば、その骨格は砂のように崩れてしまう。
リリアはアンデッドの脳天めがけて、斬撃を加えていった。しかし、ここは洞窟の中。天井が低いためジャンプすることができない。そのため剣に十分な力を加えられず、なかなか一撃で砕くことができない。
──いつまで続くのよ!
戦いが始まってすでに30分は経過しただろうか。リリアはすでに数百のアンデッドを倒していた。しかし、焼け石に水だった。
アンデッドはどこからともなく次々と湧いてきて、リリアはむしろ数が増えている気さえした。
そして、ついにアンデッドの攻撃がリリアの腕をとらえた。鋼の剣で叩かれたような衝撃だった。
──しまった!
リリアは剣を落としてしまった。完全に丸腰のリリア。
裸の勇者に邪教の戦士たちの手が迫っていた。
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