23.勇者は裸で会話する
「後ろを向いてますから、ゆっくりして行ってください」若い男が言った。
「いえ、あ、あ、あの……も、もう帰るところですから」あからさまに動揺しているリリアが赤面して答えた。
「ほ、ほ、本当にこっちを向かないでくださいね、約束ですよ、ゆびきりですよ」
「はい。怖がらせてしまったようですね。では、もうちょっと離れましょう」
若い男は立ち上がって壁際まで歩いて行った。リリアはチラリとその後ろ姿を見てしまった。
──なに、あの引き締まったカラダ! お尻なんて最高じゃない!
男を怖がるどころか、興味津々になってしまったリリアだった。
「お一人でいらっしゃったんですか?」男が訊いてきた。よく聞くと声も爽やかだ。吐息からはミントの香りがしそうだ。
「はい」とりあえずテオドアのことは説明が面倒なので黙っておいた。
「やはり肌が治ると聞きつけて来られたんですか?」
「あ、はい。ではあなたもそうなんですか?」
「そうですよ。僕はガレリアの兵士でして、戦いでだいぶ傷ついてしまいましてね。この温泉は本当によく効くでしょう?」
「びっくりですよ。どんな薬だってどんな魔法だって治せなかったのに。ここに来てお湯に入った瞬間に傷が消えてしまうなんて、本当に夢のよう。一体、何ががどうなってるんだか……」
「この泉の秘密をお教えしましょうか?」
「ぜひ」
「隕石ですよ」
「いんせき?」
「そう。このボルゴーニュ山脈にはどういうわけか隕石がよく降ってくるんですよ。山腹にはゴロゴロしてますし、山の奥深く温泉が湧き出す場所にもたくさんある。そこから染み出してくる成分が温泉に溶け込んで皮膚を再生してくれるらしいんです。つまり宇宙由来の不思議な力、というわけです」
「へぇー。宇宙の力なんですね。宇宙のことなんて考えたことなかったけど、すごいんですねー」
リリアはいつの間にかリラックスして会話を楽しんでいた。語り口がスマートで好感が持てるし、知的な感じもいい。リトヴィエノフの朴訥さも好きだが、また別の魅力がある。
「ガレリアの兵士の方だったら、テオドア団長のことはご存じでしょう? 私、知り合いなんですけどね、あんな怖い顔してるのに愛嬌があるっていうか。面白い人ですよね?」
「テオドア団長……今の団長はテオドアさんというんですか……」爽やかさが失われ、生温かい湿った空気が流れてくるような声だった。それはリリアの耳にまとわりつくように余韻を残した。
──変だ。ガレリアの兵士でテディさんのことを知らないわけがない。
リリアの心に警戒心が戻って来た。しかし、いかんせん素っ裸だった。いろんな意味で無防備極まりない。
「じゃ、私そろそろ帰ります。お先に」リリアは立ち上がった。すると……
「ちょっと待って!」
若い男は振り返った。
「わ、わわわ! こっち見ないでぇ! 見ないでよ! なんなのよ!」
「もう少しここで夢を見ていくといい。さあ」男はゆっくりと近づいてくる。
「近寄らないで!」リリアは裸のままゴツゴツした岩場を駆け上がった。そして、そこに脱ぎ捨ててあった鎧で大事な部分を隠した。
「ずぅっとここで僕らと一緒にいよう」
「ぼくら?」
ふと泉の向こうを見ると、何十人もの人間がお湯の中を歩いて来ていた。男も女もみんな裸だ。そして、みんな声を上げてキャッキャしながら戯れている。
──なにこれ? ひょっとしてこれ、乱行パーティってやつ? 王都の一部の貴族がそんないかがわしいことを夜な夜なやってるってイザベラが言ってたけど。
「あなたのためなんだ。分かっただろう?ここは楽園なんだよ」男が言った。
「楽園? こんなの楽園なんかじゃないわ。私は乱行パーティなんか絶対イヤ! 初めては普通がいいの! このど変態!!」
「ど変態? あなたは何か勘違いしているようだ。僕らは破廉恥なことなど何もしていない」
「じゃ、何をしてるっていうの? みんな裸でキャッキャしてるじゃない?」
「きれいな肌を見せ合っているんだよ。綺麗な肌は自分を肯定してくれる。生きている実感を与えてくれる。素晴らしいだろう?」男は手をいっぱいに広げてアピールした。生きている喜びを全身で表現しているようだった。
が、リリアには伝わらなかった。
──気持ちわるっ! 邪教の一種かしら。
「さあ、そろそろ温泉の中に戻りなさい。でないと……」
「は? でないと、って何よ……あれ? あれれ?」
リリアの濡れていた体はいつしか乾き始めていた。そして、乾いたところから皮膚が元に戻っていく。白く美しかった肌がドス黒い紫色に、そしてケロイド状になっていった。
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