22.勇者は温泉につかる
洞窟の中は意外と明るかった。外よりも見通しがきくくらいだ。
その理由にリリアはすぐに気づいた。高さ10メートルはあろうかという壁面全体が黄緑色に輝いている。
──スレンチンひかりごけだ。
スレンチンひかりごけとは普通のひかりごけと違い、自ら発光体を持っている希少種だ。魔物の多いピルロマルク周辺にしか生息しないと言われている。ガレリア領内にも存在していたとは……。
──これだけ明るいのなら、たいまつは消して行こう。
イザベラはこの場所のことを魔物の巣窟だと言った。ならば、目立たないように行動した方がいいだろう。
しかし、どれだけ歩いても魔物の気配は皆無だった。一応、リリアは世界最強の一角を担う勇者だ。勇者から身を隠しきれるほどのランクの魔物がここにいるとは思えない。
──な〜んだ。全然大丈夫じゃない。イザベラは大袈裟だなあ。
いつしか、リリアは完全に気を抜いていた。そして抜いていた剣は鞘に収めた。
ゴツゴツとした岩場を辿っていくと、あっけなくお目当ての場所に着いた。そこは広い泉だった。洞窟の奥深く、どこまでも続いている。ただの泉でないことは立ち上る湯気で分かった。
──温泉だぁ! さっそく入ろう……ってさすがに脱がなきゃダメだよね。ま、こんなとこ、誰も来ないか。来ないよね……ちょっとまって。ほんとに来ないかな? 実は意外と来たりするんじゃない? どうしよう……
一瞬、躊躇はしたものの、リリアは鎧を脱ぎ、そして下に来ていた花柄のブラウスとスカートを脱いだ。ここまで来て温泉につからないという選択肢はどう考えてもありえなかった。
体中に巻かれた包帯をゆっくりと丁寧に剥がしていく。
背中から尻にかけて、そして左胸から右脇腹を通って太ももまで、紫色に変色したケロイド状の傷跡が、ひかりごけに照らされて生々しく浮かび上がった。
足の先をちょんと湯につけてみる。
──うわ、いい湯加減!
その後は、ジャバーンっと一気に温泉に入り、肩までつかった。
──きっもちいいー!疲れがとれるわあー。お肌の方はどうかな? そんなすぐには効き目なんてないか、アハハ……アハハ……えええー! なにこれええええええ!!
すでに効き目はあった。というか、リリアの体は傷跡一つない真っさらな状態になっていた。レッドガルムとの戦いの前よりもきれいな肌……いや、多分これはそんなレベルではない。全身の皮膚が新しく生まれ変わっていた。
リリアは思わず立ち上がって、自分のカラダを隅々まで見た。自分のカラダではない気がしたが、紛れもなく自分のカラダだ。
──ちょっとまって! こんなに効くって聞いてないけど。いや、聞いたか。イザベラは確かにすごいこと言ってたけど……でも、普通そんなわけないだろって思うよね。またまた〜みたいな。大袈裟なこと言って人をおちょくろうったってそうはいかないんだからね、みたいな。
リリアは目の前の事態にただただ驚くばかりで、なかなか信じられなかった。しかし、人間どんな状況にも次第に慣れてくるもので……
──マジで私のカラダいけてるんじゃない? ボディラインには割と自信あったんだけど、こんな柔肌を手に入れちゃったら、鬼に金棒、いや、勇者にエクスカリバーだわ! これでリトヴィエノフさんに会っても……
そこで、リリアは気づいた。まだ顔の痣には試していないことを。
お湯をすくった手のひらでおそるおそる顔を撫でてみた。
しばらく待つ。
……しかし、いくら待っても何も起きなかった。手で触るとただれの凸凹が消えていないのが分かった。そして、水面に映る自分の顔も、変化はなかった。さすがにこの温泉の効能も魔王の呪いに打ち勝つことはできないということか。
──まあ、これ以上を望んだらバチあたりよね。これで十分。本当に来てよかったぁ。イザベラに感謝しないと。それにしても、テディさんはどこに行ったのかなあ。洞窟の中には入っていなかったのかな。
と、泉の奥の方で影が動いた。
「テ、テディさん?」
リリアは慌てて胸を腕で抱え込むようにして隠した。
「すみません、お邪魔でしたね」
若い男の声だった。テオドアのものではないことは確かだ。
──ど、ど、ど、どうしよう! 知らない男の人と二人でお風呂なんて。私、裸だし! 嫁入り前だし!
リリアは一気に顔が真っ赤に染まった。当然、温泉にのぼせた訳ではなかった。
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