20.勇者は初めて……
ダーマルの街を貫くラプタ川。そこに集まるホタルを一緒に見た男女は終生離れることなく結ばれる。そんな言い伝えがこの街にはある。
遠い昔、大雨でラプタ川が氾濫し、多くの人が流されたという。ある青年が思いを寄せていた女もその一人だった。青年は来る日も来る日も女を探し続けた。一週間が経ち、一ヶ月が経った。誰もが諦め捜索から身を引く中、青年だけは諦めなかった。
するとある晩、青年はラプタ川のほとりで不思議な光が集まっているのを見つけた。近づいてみるとそれはホタルで、そのすぐ下には探し続けていた女が横たわっているではないか。男が女を抱き起こすと、女は目を開けてこう言ったという。
「あなたと私は、結婚して幸せに暮らしていた。でも、あなたは流行病で突然死んだ。悲しくて涙に明け暮れた私は、あなたの後を追って川に身を投げた。そしたら、ここで目覚めてあなたと再会できた。きっとあなたに会いたいと言う気持ちが奇跡を呼んだのだ」と。
男と女は結ばれ、一生幸せに暮らしたそうだ。以来、ラプタ川ではたくさんのホタルが見られるようになったという。
この奇妙な伝説は、実際に起きた出来事だと言う人も少なくない。女は無意識のうちに時空転移魔法を使っていたのだと唱える学者もいる。ホタルが女の体に群がっていたのはその魔力に引き寄せられたからだと。時空転移魔法により、女の精神が未来から過去にタイムリープして死にかけた肉体に宿ったというのだ。
もっとも、時空転移魔法というもの自体が、未だその存在が確認されていないオカルト的扱いのものなのだが。
「リリアさんは、このお話をどう思いますか?」
一通り解説したあと、テオドアはリリアの方を向いて言った。
「どう思うって、きっと本当に起きたことだと思いますよ。だってとってもロマンチックじゃないですかぁ」
リリアはその手の話が大好きだった。そういうところは普通の女の子だから。
二人は今、ラプタ川のほとりを歩いている。小さなランプの灯りがあちらこちらで揺らめいている。たくさんのカップルがホタルの登場を今か今かと待ち望んでいるのだ。
この地域のホタルは気温がある一定の温度まで下がると現れるそうだ。日暮れから考えるとそろそろいい時間だ。だいぶ肌寒くなってきたのをリリアは感じていた。
「でも、テディさん。時空転移魔法って本当にあるんですかねえ?」
「わかりません。もし存在するとしたらリリアさんは使ってみたいですか?」
「うーん……それは人生をやり直したいかと私に聞いてるんですか?」
「まあ、そういうことになりますか……」
「やり直したいことは星の数ほどあるんですけど、っていうかやり直したいことしかないって言うレベルですけどね、私は使おうとは思いません」
「なぜですか?」
「それが私の運命だから」
「運命?」
「あ、別に悲劇のヒロインぶってるわけじゃないですよ。起きたことを悔やみ続けるよりは運命だと割り切って前を向く方がいいじゃないですか? そう言う風に考えて行動を起こすと、私の人生は私にプラスの力をくれる気がするんですよ」
「なるほど。勇者であるあなたがおっしゃると言葉に重みありますね」
「ハハ、そんな偉そうなものじゃないですよー。でも私はそうやって生きてきたし、そうやらないと生きてこれなかったんだと思います。テディさんは?」
「私は時空転移魔法を使う機会があれば迷いなく使います」
「へえー、なんのために?」
「自分が守れなかった人々を守るためです。私は理不尽に死んだ仲間や友人や家族のことを“運命”という言葉で片付けることはできません」
テオドアは立ち止まり、川の方を見た。泣いているのかもしれないとリリアは思った。
「テディさん」
「アハハ、すみません。何だか辛気臭い話になってしまって」
「あなたは全て背負っているんですね。少しだけ、わかる気がします。私も昔は多少背負うものがありましたから」
「全世界の民衆の思いを、ですよね?」
「その言い方は大げさですけどね。まあ、多分そんな感じのものを。でも、それじゃ自分が潰れてしまうと思ったんです。だから、全部、運命のせいにした。運命だから仕方ないやーって、ハハ……テディさん、人には限界があると思います。自分の限界を知らず、自分の限界を決められない人は不幸になると私は思うんです」
「それは……私のことですか?」
「いいえ。でも、どうか無理をしないでください」
「無理などしておりませんよ、私は……」
「こうやって私の世話を焼いてくれるのも、何て言うか、責任を感じてくれているからでしょう? あ、別に変な意味じゃなくて。本当に、本当に感謝しています。ゴルテン草もケプラの実も毎日届けてくれて。テディさんのことだからきっと自分のためには一切使ってないんでしょう? 本当は自分だってそれが必要な体なのに。だから私、ありがた過ぎて申し訳なくなるんです」
「そんなことは全くありません!」
「今回のことだって、せっかくの休暇を私なんかに付き合わなくたってねー。王都でゆっくりされていればいいのに、なーんて思っちゃうんですよ」
「リリアさん、あなたのおっしゃっていることは全て間違っています。私はあなたに対して何の責任も感じてはおりません」
「え?」
「私はただ、あなたのことを愛しているだけなのです」
その言葉は一瞬のうちに、リリアの心から何かを奪い去って言った。あまりにも唐突で非現実的な世界が目の前に広がっている。彼女はただ魂が抜けたように、突っ立ってテオドアの顔を見ているだけだった。
その瞬間、あたりから歓声が上がった。
無数のホタルが七色の光をたたえて川面を彩る。それは、まさに幻想的という言葉がふさわしい光景だった。
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