18.勇者は温泉を目指す
イザベラから温泉の話を聞いて三日後の早朝、リリアはガレリアの門をくぐった。ボルゴーニュ山脈を目指し、北へと進む。
すぐにでも出発したかったのだが、勇者が私用で王都を出る時には届け出が必要になる。その承認に時間がかかったのだ。
温泉があるという洞窟までは馬を使えば二日ほどで行けるのだが、経済的余裕のないリリアは馬を借りる金もない。先日のレッドガルム討伐の報奨金は、鎧の修理とパン屋の床の張替え(間違えて火炎魔法で焼いた)で全部なくなった。
やむをえず歩いていくことにした。下手したら一週間くらいかかるかもしれない。道中には街がいくつか存在するので、宿には困らないのだが……
――三日は野宿かな。いや、さすがにお風呂入んないと臭うし、二日か。食事はボルドーおじさんに作ってもらった乾パンがあるから多分だいじょうぶ。最悪、きのことか山菜とか現地調達で……
リリアは貧乏旅行の節約計画を考えながら歩いていた。魔王を倒すまでは、教会などから活動支援金が十分に支払われていたから、お金の心配など一度もしたことはなかった。
しかし、世界が平和になってからというもの、リリアは常にお金という現実を突きつけられる。
同じ勇者でもクライファーとロクサーヌ夫婦の羽振りのいい生活とは大違いだ。なぜならば彼らは魔王を倒した後、貴族の位を与えられ、今ではベクラフト連合王国の政治にも参加している。
リリアも貴族の位を得ることはできたのだが、「性に合わないから」と言って断ってしまった。
――あーあ、やっぱり貴族になってれば良かったかなあ。
とも思うが
――でも、やっぱり無理。あんな堅苦しい生活をするくらいなら貧乏の方がましかなあ……でもなあ……。
と、煮え切らないままだ。
歩き始めて二時間。木立ちの中を歩いていると、背後から馬の蹄の音が聞こえてきた。振り返ってみると馬車が近づいて来ている。リリアは道を譲ろうと木立ちの中へ一歩身を引いた。
すると――
「リリアさん! やっと見つけましたぞ!」
よく見ると馬車の御者はテオドアだった。
「テディさん」
「さあ、リリアさん。乗ってください」
「乗ってくださいって。これ、どうしたんですか?」
「あなたのために用意したに決まっています」
「あの、私お金ないんで。せっかくですが」
「何をおっしゃる! お金などかかりませんよ。これは騎士団所有の馬車です。あなたが外出届けを提出したと聞きして、恐らく療養に行かれるのだろうと。それならば足と護衛が必要だろうと」
「護衛ってまさか」
「この私です」
「そんな、悪いですよ。お忙しいでしょうし」
「だいじょぶ。大丈夫なんです! 私も療養休暇をいただきましたので」
確かにテオドアもレッドガルム討伐で大火傷を負っているから、休暇をもらうことは可能だろう。見た目にもまだ、その壮絶な体験の痕が伺える。しかし、どうしてテオドアが自分にこれほど構うのか、リリアには分からなかった。
「で、どちらへ?」
「本当に私と一緒に来るつもりですかあ?」
「そうですが、なにか?」
「なにかってなんですか!?」
押し問答が三十分続いたあと、結局リリアは馬車に乗っていた。隣でテオドアが手綱を握っている。
「なるほど、伝説の温泉ですか……。私も風の噂程度には耳にしたことがあります。本当にそうした効能があるといいのですが」
「教えてくれた友達はすっごい情報通なんですよ。だから、きっと大丈夫な気がします。それに、ダメ元みたいなものですから。何にもしないよりは、行動を起こした方がましでしょ? 家にいるだけじゃ、気持ちが塞ぎ込んじゃうだけだし。だから、ダメならダメでもいいんです」
「そうですか……あなたは強いお人だ」
「ハハ、ありがとうございます」
「今日はダーマルの街で宿をとりましょう。行ったことはありますか?」
「ないですけど」
「小さな街ですけどね、けっこう風情があるんですよ。真ん中に大きな川が流れていて、今の時期はホタルが集まって来るんです。観光客も多くて川に沿って個性豊かなお店が並んでいて、夜は屋台もたくさん出るんです。そして川の支流が水路のように街中に張り巡らされていて、そこを小さな小舟に乗って遊覧できたり、とにかく色んな楽しみがある街です」
「へぇ。テディさん、詳しいんですね」
「私の生まれ故郷ですから」
「そうなんですか!?」
「はい。ですから今日は私の実家に泊まってください」
「え?」
――恋人でもない男の実家に行くなんてありえない!
「父は他界しましたので、母しかおりませんが、息子の私が言うのも何ですが料理上手でね、きっとお気に召されることかと思います」
――おいしいものは食べたいけど。だけど……
「それに、今は観光シーズンですから宿屋も高くつきますのでね」
「はい! お世話になります」リリアは即答した。
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