17.勇者は強がってみせる
「会ってく?」
「え? あ、いや……ちょっと待って! ていうか、なんでリトヴィエノフさんがここにいるの? 意味わかんなすぎるよー、そんなの」
「リトちゃんねえ、ドン臭いじゃない? 交易停止になったなんて知らないで普通に宿屋に泊まってたんだって。ほら、今はもうリューベルとの国境は通れないじゃない? 帰れないっていうから、ウチの酒蔵に泊めてあげてるわけ」
「なんで酒蔵なんかに。宿屋に泊まればいいのに」
「そんな何日も平気で泊まれるほどお金持ちに見える?」
「……見えないね」
「それにね、ガレリアとリューベルの関係が何だかキナ臭いじゃない? もし、戦争にでもなったらさ、リトちゃん敵性国民になっちゃうわけだから。あんまり目立たない方がいいって」
「戦争になったら、リトヴィエノフさんにも被害が及ぶの? そんなことってありえる?」
「そうならないとも限らないわけよ。実際、ベクラフトなんかじゃ、過激派が周辺の国から出稼ぎにきてた人たちを虐殺した事件だってあったんだし。用心するに越したことはない」
小声で話すイザベラはすっかり酔いが覚めてしまったようだ。さっきまで目がとろんとしていたのに、いつの間にか鋭い眼光が蘇っている。吟遊詩人にしては珍しい、修羅場をくぐり抜けてきた者の顔つきだ。
リリアは妙に説得力のあるイザベラの言葉に背筋が凍る思いがした。リトヴィエノフの身にもしものことがあったら、自分は……
「ねえ、イザベラ。酒蔵は安全?」
「そりゃ安全さ。私とアンタしか知らないもの。どっちかがリトちゃんを裏切らない限りはねえ、アハハ」
「……でも、リトヴィエノフさん、ちゃんと食べられてるのかなあ?」
「心配ないよ。私が持って行ってあげてる。店の残りもんだけど」
「そっか。ありがと」
「なんでリリアがお礼言う? 彼女でもないのにぃ」
「うっかり言っちゃっただけ! 意地悪言わないでよ」
「で、会ってくの?」
「……やめとこうかな」
「え? なんで!? 会っていけばいいじゃない? 向こうだって会いたがってるんだし」
「こんな姿を見せたら、逆に心配かけるだけだよ……」
リリアがフードをとると首筋には痛々しいケロイド状の火傷痕。さらに、髪をかき上げると右の側頭部は髪が焼けてなくなり皮膚が黒く焦げ付いていた。
今あらわになった部分だけで、この有り様だ。服の下がどれほど酷い状態なのか、イザベラには容易に想像できた。
「リリア……」
「ごめんね、こんなの見せちゃって。顔に火傷をおわなかったから、まだいいんだけどさ。ねえ、イザベラ。フード被ってたら、あんま分かんないでしょ? そう!けっこう奇跡的って感じだよね? ラッキーなの、私。フフ……アハハ」
わざと強がって見せたリリアをイザベラは抱きしめた。
「バカ! 私の前で変に取り繕ったりしないでいいんだ! 自分が感じてることをそのまま言えばいいんだ! 悲しけりゃ悲しい。ショックを受けてるならそう私に言ってよ」
「へいき。平気なの、私」
「本気で言ってる? それ?」
「だって私、勇者だもん。仕方ないじゃない?」
「仕方ないって。リリア、そんな言葉を吐いたくらいで、自分の気持ちがおさまるの?」
「おさまるっていうか、馴染むの。ずっと私そうだったから。別に無理なんてしてないよ。ちーっとも」
「……そう。そこまで言うなら私は何も言わない。じゃ、会っていきな。リトちゃんに」
「それとこれとは別、フフ」
「勇者だって好きな男の前くらいは、弱み見せていいんだよ」
「そう言うの私、苦手だからさー。あ!でも手紙書くよ。リトヴィエノフさんに謝らないとだし。イザベラから渡してもらっていいかな?」
「わかった」
「ありがとう」
「リリアに必要なのは、慰めや励ましの言葉よりも、実際によく効く薬だね。あなたの白くてきれいな肌をちゃんと元に戻してくれる、ね」
「あ、そうそう。それが本題。それを聞きに来たんだから」
「薬ってわけじゃないんだけどね。ボルゴーニュ山脈の麓の洞窟のことは知ってる?」
「うん。行ったことはないんだけど、なんとなく場所の見当はつくかな」
「その奥にね、温泉が湧いてるんだって」
「へー、初耳」
「その温泉の効能がね……」
「お肌に効く?」
「お肌に効くどころじゃないの。それは奇跡の域に達するものと言われてる。伝説じゃ100歳を過ぎた魔法使いの老婆が温泉につかって二十歳の娘の肌になったとか」
「すごい! すごいけど、私の年だったら赤ちゃんになっちゃわない?」
「そんなの私だってわからないよ。自分でいろいろやって加減してみなよ。っていうか別に赤ちゃんの肌でも構わないと思うけど。むしろ良かったり」
「でもさ、イザベラ。そんなすごい場所なら何でみんな行かないの? 観光ツアー組んだら、絶対おばさんたち、行きたがると思うんだけど」
「物騒な場所だからよ」
「魔物がいるの?」
「巣窟だっていう話ね、あそこは」
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