16.勇者は心底驚いた
深夜になっても酒場の喧騒はとどまることを知らない。すでに主人公はいないというのに。
どこに行ったのかというと……
「うわ、誰かゲロ吐いてる!ちょー最悪。踏んだかな? よかったー。ギリセーフ!」
リリアがいるのは酒場の勝手口から出たところの狭い路地裏だ。店の中はお祭り騒ぎでうっかり油断すると胴上げされかねない勢いだから、イザベラと話ができないのだ。
「ごめん、ごめん、リリア。お待たへ〜ひまひたー」
勝手口が開いてイザベラが顔をのぞかせた。珍しく完全にデキ上がっている。
「イザベラ、なんでそんなに飲んじゃうの? あなた、仕事中でしょ?」
「ふぇ? 私のおひごとは、酔っ払いー!あはははは」
「だいじょぶかなあ」
「ふぇ?」
「あー、ゲロ踏んでるじゃん! もう、こっち来て!」
イザベラは一旦興に乗ってしまうと必ず記憶をなくすほど激しい飲み方をする。プライベートだろうが、仕事中だろうがお構いなしに。いつもはクールだが、酔っぱらうと、色々ポンコツになる。元々、吟遊詩人として気ままな生活を送って来たこともあるのだろう。本当に“自由”な女だ。
普段ならイザベラがこんな状態になったら置いて帰るのだが、今日は目的がある。
「ね、イザベラ。覚えてる? さっきの話」
「最初のキスでベロを自分から入れちゃっていいかどうかって?」
「誰もそんなこと聞いてない」
「感じてなくても声出した方がいいかって? でも、声出しすぎるとビッチ風になっちゃうし、その加減がわかんないぃいいいって? うふふ」
「違う!……ま、気にはなるんだけど」
「ええ? で、リリアちゅわーん。今夜は誰をお持ち帰りぃい? ウフフ」
「持ち帰りません!」
「今日はおっさんばっかじゃかったでしょお? 若いのもいたじゃないのぉ? ウフフ」
「そうだっけ? 別に興味ないし」
「あ! わかったー。やっぱりリトちゃんがいいんだねー。やっぱお似合いか!リトちゃんもアンタに会いたいっていってたしぃー」
「リトちゃん? それって、べ、リトヴィエノフさんのこと?」
「そ」
「!」
まだ本調子ではないリリアの体に電気が走った。皮膚を焼いた炎よりも激しく、体の芯まで揺らぎそうなほど重く。その名を聞いただけでこんな反応をしてしまう自分に、リリアはたいそう驚いた。
「会いたいって……それって本当? ホントなの!?」
「あー信用してない目だあ。フフ、でもね、ホントのこと」
「そんなわけないよ! だって私、嘘ついちゃったもん」
「確かにびっくりしたって言ってたよ、アンタが勇者で。お花屋さんだと思ってたんだってさ」
「そりゃそうだよ。私がそう言ったもの。うわああああーなんでそんなバカみたいな嘘ついたのー! 私のバカバカ!」
「アンタにとって可愛らしい女の子っていうと、お花屋さんっていうイメージなのね、フフ」
「そうだよ! 悪い? それにリアルにお花好きだし、私」
「ウブなものねえ、リリア。でも、リトちゃんも同じレベルだから安心して」
「……どういうこと?」
「ずっとアンタのファンだったみたいよ」
「はぁ?」
「それもキモオタっぽいのー。ハハ。あのね、セメラキントの田舎町でね、ピルロマルク決戦の紙芝居やってたんだって。それを見てから、炎の勇者がリトちゃんのアイドルになったって。夢にも出てくるほどにね。とにかく、その紙芝居に出てくるリリアの絵柄が可愛かったみたいなのー。あははは」
「それって私じゃないじゃん!」
「まさか、アンタがその張本人だなんてねー。けっさくー。ドッキリもいいところだよねー」
「私が炎の勇者だって知ってどう思ったんだろ? ガッカリだよね……、こんなで」
「そんな感じでもないと思うけど、あの様子じゃ」
「っていうか、なんでイザベラはそんなこと分かるの?」
「リトちゃんとしゃべったから」
「いつ?」
「おととい」
「嘘だぁ、今はリューベルとの交易ストップでリトヴィエノフさんは来られないでしょ!」
「だっているもん」
「どこに?」
「あそこ」
「ええええええええ!」
イザベラが指差したのは酒場の地下へと続く階段。そこは普段は酒蔵として使われている場所だった。
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