15.勇者は気を取り直す
リリアが目覚めて二週間が経った。相変わらずテオドアは毎朝ゴルテン草とケプラの実をもってやってくる。
リリアはテオドアの前に姿を見せずにいた。ただ毎朝、階下からテオドアの声が聴こえてくる度に、心の中で「テディさん、ありがとね」と感謝の気持ちを言葉にした。
――いつか、しっかり顔を見てお礼を言おう。でも、またあのつながり眉毛に笑っちゃいそうだけど。
リリアの火傷は、リリア自身が思っていたよりもずっと軽かった。胸から腹、そして背中からお尻にかけて皮膚がただれているが、不幸中の幸いというべきか、顔は三日月の痣が広がることもなく、無事だった。
おそらく、テオドアが炎耐性のカーボネイト魔法で自身の体を包み、身を呈して守ってくれたのだろう。リリアは容易にその光景が想像できた。そうでなかったら、全身黒焦げになっているし、命もなかったはずだ。
テオドアの持ってくる薬草のおかげで痛みはほとんどない。魔力もだいぶ回復してきて、自然治癒力も上がってきた。もう一週間もすれば、問題なく日常生活を送れるだろう。
しかし、リリアの心は荒れていた。
――この体じゃ、いざって言う時も脱げないよー。絶対引かれるもん! はあああああ。どうしよおー。こんなんじゃ、また彼氏できないよぉおお。ボディラインにはちょっとだけっていうか、けっこう自信あったのにーーー。リトヴィエノフさんもイヤだよね、こんな女。っていうかリトヴィエノフさんは、それ以前の問題だったんだあああ。ウソついちゃったし……。まあ、すぐにそういう関係になりそうな相手もいないから、至急の対応が求められる訳ではないけど。だけど……この傷、治るのかな? 治らなかったら私、一生処女? それはいやーーーー。
痛みが消えるにつれ、リリアの恋愛脳は復活してきた。何度も絶望の淵から蘇ってきた勇者であり、持ち前の切り替えの早さが武器の女だ。
皮膚の再生を促すというケプラの実も、その薬効は確かだが、リリアが求めるほどの劇的な効果は期待できないだろう。
――何か行動を起こさなければ
夜、階下でボルドーとルルが寝静まるのを待って外へと出た。
リリアが向かったのは酒場だ。国家の命運を握る重大な情報からゴシップまで、ここでは日々、玉石混交の内容が入り乱れて飛び交う。
そこの主人であるイザベラに聞けば、何かしら得るものはあるだろうとリリアは考えたのだ。眉唾な話だって、すがりつくものがあるだけ心も軽くなるというもの。そして、その中に“本物”だってあるかもしれないのだ。
いつもの鎧スタイルとは違い、地味な麻の服と木綿のスカート、フードですっぽり顔を隠すと、酔っ払いたちは誰もリリアに気づかなかった。
しかし、さすがにイザベラはリリアの入店を見逃さなかったようだ。カウンターまでやってくると、いきなり飛び出して抱きついてきた。
「はああ。心配したよお。良かったねえ、無事で」
「ま、なんとかね」
「よくやった、あんた凄いよ!勇者さま! よしよし」
イザベラはリリアを抱いたまま、頭を撫で始めた。完全に注目の的だ。せっかくバレていなかったのに、店中の客が一斉にリリアを見た。
――あーあ、また色々陰口たたかれるんだろうな。ま、いいけど。いいんだけど、今日は割と弱ってるし、ちょっと勘弁してほしかったりするんだけどな……
いつものくせで右足を後ろに引いた。リリアは魔物と戦うわけでもないのに戦闘態勢をとって酔っ払いたちの視線を受け止めた。
しかし……
「勇者さま! ありがとう!」
「いろいろ聞いたぜ、武勇伝を。最高だな、勇者さんよ」
「勇者さまに乾杯だ!」
「は?」
リリアは完全に面食らっていた。耳元でイザベラが囁く。
「客の中にね、騎士団の奴らが何人かいてね、アンタと一緒に砦まで出かけて行ってレッドガルムと戦ったんだってさ。最近は酒場がずっとその話で持ちきりでね。アンタが身を犠牲にしてこの街を守ったこと、みんな知ってるのさ」
「そんな褒められるようなことなの?」
「そりゃそうよ。アンタにしかできないことをやってのけたんだもの」
「だって、勇者だし……割と当たり前っていうか……」
照れ臭さに身悶えしているリリアを尻目に、イザベラはテーブルの上によじ登って叫んだ。
「アンタたち! 炎の勇者リリア様にたんまりと酒をおごってやんな!」
「おう!」という掛け声と共に、酒場は一気にカオス状態に。
リリアはたくさんの男たちに囲まれ、酒を勧められた。勇者と呼ばれるようになってから、これほどまでに他人が自分の近くに気安くやってくるシチュエーションを味わったことはない。
「勇者さんよ、アンタ近くで見ると結構可愛いじゃねえか」
「え? そうですか? そんなことないですよー」
「いやいや、笑うと可愛いんだよ。今までいつも機嫌悪そうな顔してたのにな」
「そうそう。勇者さまにはずっと笑っていてほしいものですなあ」
「才色兼備とは、まさにあなたのためにある言葉さ」
酔っ払いたちのお世辞を100パーセント鵜呑みにするほど、リリアはウブではなかったが、悪い気分はしなかった。みんなが自分を労おうとしてくれているのが伝わってきたから。
――案外、こういうのも楽しいかも。ちょっと、おっさん達、口臭いけど
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