14.勇者は療養中
洗い立てのシーツの匂いがする。体を折りたたむようにしてリリアは自室のベッドの上で寝ていた。陽光が眩しい。眩しすぎる。まだ目を覚ましたくないのに。
――おじさんが起こしにくるまで。まだ寝てよ。
カーテンを閉めようと手を伸ばしてリリアはギョッとした。自分の腕が包帯グルグル巻きになっているのだ。
そして、よく見るとそれは腕だけではなかった。足先から顔まで全身が包帯に包まれてミイラ男のようになっていたのだ。
寝ぼけた頭にチェスカの森での出来事がフラッシュバックする。
――そうだ。私はレッドガルムの群れを倒すために火炎魔法を森に放ったんだ。そして、火力を増すために自爆の危険を伴う勇者のスキルをつかった。だからこのザマか……
リリアはこの状況を感謝していいのか、悲嘆にくれるべきなのか分からなかった。
あの時、確かに死を覚悟した。命と引き換えに勇者の使命を全うしようと思った。しかし、自分は生き残ってしまったのだ。
いっそのこと死んでしまった方が良かったと思うほどの絶望がこの包帯の内側に隠されているような気がした。醜く焼けただけれた己の皮膚、人々から笑われ、後ろ指をさされ、人目を忍んで生きる人生。リリアがたまに見る悪夢の光景そのものだ。
窓からの日差しを浴びて、気持ちがいいと感じる体。しかし、その体はもう……
――コンコン
絶望の螺旋階段を降りかけていたリリアをノックの音が呼び戻した。
「はーい」
「ようやく目を覚ましたんだね、リリア」
叔父のボルドーが巨躯を揺らしながら入ってきてベッドの横の椅子に腰掛けた。
「良かった。本当に良かった。今度こそもうダメかと」
「私、何日くらい寝てた?」
「三日間だよ。テオドア団長が意識のないリリアをここまで運んでくれたんだ。大事そうに抱きかかえてね」
「テディさんが……」
「彼も全身に大火傷を負っていたよ。焦げ付いた鎧を着てね。顔なんて真っ黒になっていて、最初誰だか分からなかったくらいだ」
「レッドガルムは……。砦は? 騎士団のみんなは??」
「レッドガルムは殲滅したそうだ。お前の火炎魔法でほとんどを焼き殺せたのが良かったらしい。騎士団の犠牲は砦の駐屯兵200、援軍が50だそうだ。街の連中は奇跡だと大騒ぎさ」
「奇跡? だって250人もの兵が死んでるじゃない? 私は……、それが……」
「お前は英雄だ。英雄なんだよ。レッドガルム30頭は、一国を滅ぼしかねない。チェスカ砦で止めなければ被害はやがてこの王都にも及んだことだろう。だから、お前がこの街を救ったんだ」
「……死んだ兵たちの弔いは?」
「昨日、宮殿で合同葬儀が行われたよ」
「そっか……」
「リリア、階下でパンを食べないか? もう三日も飲まず食わずだ。お腹すいただろう?」
「そうだね、もう少ししたら」
ボルドーは包帯グルグル巻きでリリアの表情が見えないことが心配だった。声はそれほど落ち込んではいないように聞こえるが……
ドサッ。
階下から大きな物音がした。
「あ、テオドア団長だな」
「え? 団長????」
「テオドア団長は毎朝、ゴルテン草とケプラの実を大量に摘んで持ってきてくれるんだ。自分も安静にしてないとダメな体なのに」
ゴルテン草は湿布にすれば火傷に効き、ケプラの実はすりつぶして軟膏にすると皮膚の再生を促すものだ。しかし、万物が集まる交易の中心地として栄える王都ガレリアでもなかなか出回らないほど希少価値が高い。
リリアはテオドアが一体どこから集めてくるのか、皆目見当もつかなかった。しかし、相当な苦労をしていることだけは確かだ。
「包帯をルルおばさんが交換する時に、団長が持ってきてくれる薬を塗るんだよ。今日もおばさんが手が空いた時にやってくれるさ」
「ねえ、おじさん」
「なんだい?」
「テディ、いやテオドア団長に伝えて。あなたが責任を感じることはないって。私が自分の意思でやったことだから、私に気を使わないでって。本当は自分の口で伝えた方がいいんだろうけど、こんな姿じゃ返って失礼だし」
「リリア、それは違うよ」
「は?」
「『ありがとうございます』……だろ? こんな時は」
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