13.勇者は覚悟を決める
「リリアさん、火炎魔法をお願いします!」
「ここでいいんですか? まだ魔法柱まで大分あるんですよね?」
「私が責任をとります! さあ、早く!!」
「わかりました!」
リリアが剣を天にかざすと、炎がまとわりつくように刀身にみなぎり、やがて巨大な柱となった。
「おおすごい! さすがは勇者の中でも最強と謳われた炎の勇者だ!」
と、テオドアは叫んだが、これは本来のリリアの魔力の半分以下でしかないのだ。
――これじゃ足りない! もっと! もっと!!
リリアは魔力を体の隅々から振り絞るようにして、剣先へと解き放つ。この一撃で1頭でも多くのレッドガルムを倒さねば、それだけ多くの兵が犠牲となる。
“暗黒の十年”でリリアも大勢の大切な人を失くした。その中にはよく遊んでくれた兄のような存在の幼馴染もいたし、いつもお菓子をくれる隣人のおばあさんもいた。そして、最愛の父と母も。
一人の人間が死ぬということは、それだけで計り知れない悲しみを生むということをリリアは知っている。すでに砦では百人以上が犠牲になっているようだ。ガレリアを包み込む悲しみはどれほどのものになるだろう。
そして、それが癒されるのにどれほどの時間がかかるだろう。現に“暗黒の十年”から三年過ぎた今でも、人の心に立ち込める暗雲は晴れないままだ。表面上は穏やかな生活があっても、油断すれば夜の闇に心が迷いこむ。
そんな風の強い日の綱渡りのような危うさの中で、日々、人々は暮らしているのをリリアは嫌という程知っている。自分も同じだから――。
――それにしても、なんで私?
勇者なんて、なりたくてなったわけではない。むしろ、なりたくなんてなかった。
――私だって、恋人と甘い時間を過ごして、結婚して子供を産んで……大切な家族に囲まれて……そんな夢を見たっていいじゃない? 自分の幸せを考えたっていいじゃない?
しかし、自分は勇者なのだ。その一点において、なにものにも優先される絶大なる責任が生まれる。
理不尽な自分の人生を考えると、リリアは笑うことしかできない。すうっと潮が引いていく時のように心が穏やかになるのを感じた。怖いものなどない気がした。
振りかざした剣をゆっくりと下げていき、胸の前に持ってきた。リリアの瞳に炎が赤く映り込んでいる。そして、微かに笑った。
「いけません! リリアさん!」
テオドアの声をかき消すように、轟々と炎が勢いを増した。リリアの髪の毛先が燃え、三日月の痣が浮き立つ。
テオドアは這いつくばってリリアの元に行こうとするが、風圧で吹き飛ばされそうになるのをこらえるのがやっとで、近づくことができない。
「リリアさーん!!」
「テディさん!! 炎耐性のカーボネイト魔法は使えますよね?」
「はい、もちろんですとも」
「よかったあ。テディさん、自分に使ってくださいね」
「なんですと? 私は自分の身を守る魔法を使うために同行したのではありません! 少しでも火炎魔法の火力を増すために……」
「申し訳ありませんが、私の使う火炎魔法はダイナグールド。あなたのレベルではほとんど意味をなしません!! だから……お願いです!」
「くっ……」
テオドアは言葉がでなかった。鬼神の如くと遍く謳われた自分が、何の助けにもならないどころか、足手まといになっている現実がそこにはあった。
目の前でリリアの体が炎に包まれていくのをテオドアは見ていることしかできなかった。
リリアは炎が宿る柱を剣ではなく自らの身体にして、完全ではない魔力を補うことにしたのだ。自らの生命力をも燃やし尽くすことで、魔法の効力を増大させる勇者特有のスキルだ。
それは当然、命の危険を伴う。剣を持つ手の表面がただれ、熱を帯びた鎧が皮膚を焼く。それでもリリアは微動だにしない。唇を真一文字に結び、力が満ちるのをただひたすらに待った。
そして――
「炎の柱よ、天を衝いて己の姿となれ!そして、我が身もろとも森を焼き尽くせ‼︎」
リリアが叫ぶと同時に炎の柱が方々に散っていった。そして、空を駆ける龍のように巨木の間を駆け巡り、一瞬にして森全体が炎に包まれた。
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