12.勇者はちょっとドキドキした
森へ入るといち早く夜の帳が下りたようだった。勇者のスキルとして多少夜目がきくリリアですら、足元が覚束ないほど闇が深い。
まだ薄暮の時間帯であるはずなのに、覆い茂った巨木に阻まれて空は見えないのだ。
先を歩くテオドアは器用に巨木の間や薮を避けて、迷いなく歩いて行く。二人が歩いているのは道なき道。目印や標識などあるはずもないのに。
「テディさん、夜目のきく魔法でも使っているんですか?」
「え? そんな魔法あるんですか?」
「私は知りませんけど。っていうか、テディさん、こんな暗いのにスイスイ歩くから」
「ああ。これは厳密には魔法と言える代物ではありません。自分の魔力を前に飛ばして障害物を察知しているのです。何かにぶつかればわずかな波動を感じますから。虫の触覚のようなものですかね」
「へえ、魔力にもそんな使い方があるんですね。知らなかったなあ」
「これは、我がガレリア騎士団に属するものなら誰でもできます。みな、先輩騎士のやっているのを見て自然と覚えるんです。誰から教わるわけでもなく」
「ふーん、伝統の奥義ってことなんですねえ。で、目的地は?」
「あと30分ほどでしょうか」
「30分か……結構、深いところですね」
テオドアの予想通り、レッドガルムは3つの群れだった。森の中を駆けていった兵たちが場所を確認し、火炎魔法を発動する場所の座標が決まったらしい。
リリアにはそのやり方がよく分からなかったが、簡単に言うと3つの群れを見つけた兵たちが、それぞれの場所で魔法柱を空に向かって打ち上げる。それを空間魔法の得意な兵が演算し、魔法柱を結んだ三角形の中心に同じような魔法柱を出現させたということらしい。
今、二人は魔法柱の魔力に導かれながら進んでいる。森に入って1時間、早くしないとレッドガルムが目覚めてしまう。
――まるで、綱渡りだわ。でも、これしかない。
リリアは走ることのできない自分をもどかしく思った。作戦の成否は最初の火炎魔法でどれだけレッドガルムの数を減らせるかにかかっている。なるべく早く目的地へと着かなくては……。
と、リリアは何かに躓き、体勢を崩した。すかさず機敏な動きでテオドアがリリアの体を抱きとめる。はからずも二人の顔が急接近した。お互いの吐息がかかる距離だ。
「リリアさん、大丈夫ですか?」
「は、はい。っていうか、あの……」
「はい?」
「テディさん、今私のこと、リリアさんって……」
「あーーーー!失礼しました!勇者殿。うっかり、つい、私としたことがあああ!申し訳ありません!軽々しくお名前を呼ぶなどと。このテオドア、一生の不覚にございます!」
「い、いえ、別にいいんです。あ、そうですね、リリアって呼んでください。勇者殿はちょっと堅苦しすぎますもんねー、ハハ」
「いいのですか? 私ごときがお名前でお呼びしていいのですか?」
「はい。別にー。イヤじゃないですし」
「では、り、りりり、り、りり、リリアさん」
「はい」
「ムヒョー!!!! リリアさんが返事した。返事したーーー!俺が呼んだら返事したーああああ」
「?」
そんなくだらないやりとりをしている間も、ずっとテオドアの腕はリリアの腰に回ったまま、その華奢な体を大事に抱きとめていた。普通ならすぐに振りほどきそうなリリアだが、なぜか心地よく感じていた。
――ダメっ。暗くて顔が見えないからって、こんなことでドキドキするなんて! ホント、私は男に免疫ないなあ
テオドアの腕を振りほどこうとした瞬間、突如として森の中に咆哮が響いた。リリアは一瞬にしてレッドガルムたちが目覚めたことを理解した。
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