11.勇者は少し見直した
小高い丘の上に立つと、巨木の立ち並ぶ森の向こうに赤く染まったチェスカ砦が見えた。もう陽は沈みかけている。
その光景を見てリリアは不吉な予感を禁じ得なかった。砦を襲ったレッドガルムの毛色はまさにそんな燃え立つような赤だから。
先発隊として砦まで偵察にむかった兵が戻って来て、テオドアに報告を始めた。
「チェスカ砦は壊滅状態。数名の生存者は確認できましたが、恐らく地下壕に大半が隠れていると思われます。しかし、状況からして半数が生き延びていればいい方かと」
「そうか……レッドガルムの姿は確認できたのか?」
「いえ。しかし、生存者の話では、30頭は下らないだろうとのこと」
「30頭だと!」
テオドアが驚くのも無理ない。30頭のレッドガルムの群れなど前代未聞のことだ。
「多分、一つの群れではないでしょう」
リリアが口を挟んだ。
「勇者殿。私も同じ考えです。レッドガルムの群れは10頭、昔からそう相場が決まっております。つまり……」
「砦を囲んでいるのは三つの群れ」
「ということになりますな、勇者殿」
「テオド…いや、テディさん。どうしますか?」
「レッドガルムは夜行性。今は森の中で寝ているはずだ。叩くなら今でしょう」
「森の中で戦うんですか? それはやめた方がいいですよ! だって……」
「承知しております。レッドガルムの得意な空中戦には持ち込みたくありませんからね」
さすがに軍事大国ガレリアの実力組織の長だけあって、危機的状況の中でも冷静を失わない。先ほどまでのぎこちない男とは別人がそこにいた。
――ふーん、なかなかいい感じじゃない。
リリアは、テオドアのつながった眉毛が急に頼もしく思えてきた。
「勇者殿、お力を貸していただけますか?」
「もちろんです!」
「森の中央から、火炎魔法で森に火を放って下さい。レッドガルムを焼き殺すんです」
「はぁ? 無理ですよ!私の今の魔力ではこの森を一気に焼き尽くせないですもん」
「アッハッハ、ご安心ください。勇者殿にレッドガルムを全部倒してほしいなどとは言っておりません。恐らく半数は森から逃げおおせるでしょう。そこで、全軍を森の周囲に配置し、炎から逃れてきた魔物を討ちます。幸い群れは3つ。お互いに牽制し合って、それほど近い場所には寝ぐらをつくっていないでしょう。3つの群れの場所を確認し、それを結んだ三角形の真ん中から火炎魔法を発動させれば、レッドガルムの群れはそのまま三方向に逃げていく。つまり分散させたまま我々は相手ができるということです」
テオドアの言葉の途中で、周囲にいた側近たちの姿が次々と消えていった。恐らく、今テオドアが言った戦術を実行するために動き始めたのだ。
リリアはその指揮系統の見事さに驚いた。そしてそれは、組織を束ねているトップの有能さを示していた。
「な〜るほど! 見事な作戦ですね、テディさん。見直しました! 私」
「ありがとうございます!勇者殿。しかし、“見直した”ということは、つまり……私のことを」
「別に見下してた訳じゃないですよ、ハイ。エヘヘ」
本当のことを言えば、リリアは完全にテオドアのことをナメていたのだが……
「それで、テディさんはどちらで指揮されるんです?」
「指揮は各大隊長に任せております。私は勇者殿と共に参ります」
「え?」
「実は、私も火炎魔法に関しては多少、腕に覚えがあるもので」
「は、はぁ……」
「お任せください、勇者殿」
「あのう、もしかして、私とテディさんだけだったり?」
「はい。そうですが、何か?」
そう言い放ったテオドアの表情は軍人のそれではなかった。喜びのあまり、完全に弛緩したナマズ面をリリアに向けていた。
「他に火炎魔法の使い手は?」
「ああ、いると言えばいますが……使いものにはなりません」
「三千人もいれば、あと一人くらい……」
「いません! 絶対にいません‼︎」
テオドアという誠実で実直な武人は、この時、生まれて初めて公私混同をした。
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